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愛って相槌かもしれないね

このタイトルは、「相槌」って打とうとしたら、愛が変換の最初にきてしまって打たさっただけなのだけれど、その瞬間、この相槌についてのテーマと愛がリンクしているな、それに韻も踏んでいるやんというよくわからないハイに入ってしまい、こんなタイトルになった。ここまで読んで、「おもしれぇ人間」と頭の中の道明寺司に言わせられる人はこの先も読んでみていただきたい。

自分のなかで頑なに閉じこめてしまって言えないと思っていたことでも、ポツリポツリと話していたら、なんだか形になっていく。自分でも、あぁこのモヤモヤはこういう形だったんだ、と気が付いてくる。
言語化する作業はとてもエネルギーが必要でしんどくて腰が重くなる。
そんなとき、ただ話を、腰を折らずに、やさしく聴いてくれる存在はすごく貴重だし、大事にしたいと思う。
大事にするには、自分から相手を信じきることを、まずは練習していこうと思う。

#相槌

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