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4『神曲 地獄編』

 法政大学の授業「創作表現論」で学生が書いた作品の中から秀作を紹介します。第4回のお題は『神曲 地獄編』です。

「創作表現論」についてはこちらのページをご覧ください。

「しあわせは偶然じゃない」 とろろ

 17歳の秋、警察にしょっ引かれた。児童相談所の保護施設に送られた後、少年院に。あの子に会えると思っていたのに、会えなかった。友達……だったのかな、あの子がああなっちゃったのはアタシのせいでもあった。
 少年院、ちょーつまんないよ。話しちゃだめだし、テレビも夜の8時から9時までしか見れないし、スマホもないし。社会復帰のためかしらないけど、新聞紙ひたすら折ったり、レース編みしたりって、どんな仕事に役立てるんだよ! そんな仕事ねーよ! マジでヒマすぎて、本を読むしかやることなかった。本は好きだった。小っちゃいころから親に殴られたりしてたから、いつも近所にある図書館に逃げ込んでいた。本を読むと、自分が自分じゃなくなって、気持ちよかった。魔女にもゾロリにもアリスにもエジソンにもなれた。アタシは、その時だけ安藤夢佳じゃなくなった気がした。少年院にある本の中で、興味があるものをちょこちょこ借りる。13歳のハローワーク。17歳でも間に合うのかな。アタシ、13歳のハローワークを読んで感動して、未来に期待できるような人になりたかったな。虐待の心理学の本。親も親で追い詰められてたのかなって思ったけど、このままだと親のこと諦められないから、読むのをやめた。でもやっぱり気になって、自分に気づく心理学を読んで泣いた。アタシは、できるだけ長い本を探すようになったんだ。あまりにヒマすぎて、すぐ読み終わっちゃうから。
 ぶ厚めの本を探しているときに見つけた、神曲 地獄篇。天国の話なんて読みたくないし、もう一冊の本は題名が読めなかった。火に東みたいな字のやつと獄。後で調べたら煉獄(れんごく)って読むらしい。練習の練じゃダメなんか! 漢字ってめんどくさい。アタシって絶対地獄行きだろうなーって思ってたけど、地獄って罪によって場所とか罰せられる方法が違うらしい。ただエンマ様に舌抜かれるだけかと思ってた。時々読めない字もあるし、分からない表現もあるけど、面白かったよ。天国がシャバだとしたら、地獄は刑務所。少年院は煉獄かなあって思った。なんとなくだけど。読み進めていくと、地獄容赦なさすぎて笑えてきた。アタシって援交してたし風俗やってたし、第三の圏谷かなーって思ったの。でもすぐお金使ってたから第四の圏谷かも。てかそもそもキリスト教信じてないから、第六!? 百均でテキトーに買ったパンツを自分のパンツだって売ってたし、第八か。ウケる。アタシ相当やばくね? 一番重い第九の圏谷は、肉親を裏切った者の墜ちる第一円のカイーナがある。子どもを裏切った親は一番重いところに落ちないんだね。この世で、親を殺す割合と、子を殺す割合どっちが多いんだろう。子どもを殺すほうが多いと思うよ。そもそもセックスが子どもを創る方法にしたのが良くない。神様、聞いてるー? 男と女のセックスが子どもを創るんだったら、最初から性別分けなければいいじゃん。なんで二人いないと成立しない設定にしたんだろう。アタシだったら、無性生殖にするのに。望んで妊娠してもその後次第でダメになるってわかって無いやつ多すぎるし、ふたりの愛の結晶とやらが子どもであることって何のメリットがあるわけ? それに、女だけが妊娠するの理不尽すぎ。子ども欲しいんだったら、自分でリスク背負って分裂させたほうがよっぽど良くない? その方が子どもを愛せると思うよ。しかも、たとえ親に愛されなくても、幸せだと思うんだ。親の分身なんだって、今より簡単に受け入れられるでしょ。
 普通10か月で出てこれる少年院を、たっぷり満期の2年かけて出所した19歳の秋。これから何しようか悩み中。キャバ嬢にでもなるかな。アタシみたいなやつが生きていくのに稼げるのは、風俗だけだし。同情するなら金をくれよな。そんでもって、地獄にいるあの子に手紙でも書こうか。許されたら面会も行こう。差し入れにこの本を渡したら、あの子はどんなことを思うだろう。罪は死んでも消えないらしいし、うちらはこの世でもあの世でも一生犯罪者。あーあ。免罪符、復活しないかな。そしたらこの世を諦めない子が増えるし、地獄もすっきりすると思うよ。アタシは、いつまで、いつまでお金で買えないものに苦しめられるんだろう。一緒に笑い飛ばしてくれるよね、この本を。つーかそもそも、神の愛が動かすらしい星って、宇宙のゴミなんだからさ。

 この作品は、戦慄かなのというアイドルがテレビ等で言っていたことを参考にしています。『テレビも夜の8時から9時までしか見れないし、スマホもないし。社会復帰のためかしらないけど、新聞紙ひたすら折ったり、レース編みしたり』の部分や『自分に気づく心理学を読んで泣いた』や『百均でテキトーに買ったパンツを自分のパンツだって売ってた』、『普通10か月で出てこれる少年院を、たっぷり満期の2年かけて出所した』の4点です。

「TDL」 坂井実紅

 金曜日。月明かりに照らされて家路につくその足取りは心なしか軽い。静かな住宅街に一定のリズムを刻むヒールの音が響く。駅から10分ほど歩くと、グレーのタイル張りのワンルームマンションが見えてくる。我が家である。
 数日ぶりにポストを開けてみた。数枚のチラシがパラパラと舞い落ちた。ため息をつきながら屈んでチラシをかき集める。ポストの中身は案の定、どうでもいいダイレクトメールばかり。私はいつものようにそれをガバリと取って、見向きもしないまま捨てるつもりだった──が、今日はちがった。
「ん? なにこれ」
 たまたま目についたのは、細長い黒い封筒。そこには白のゴシック体で『おめでとうございます! TDLにご招待』と印字されている。思わず息を飲んだ。そういえば先月、雑誌のプレゼント企画か何かに応募した気がする。そう、私は見事、某夢の国のチケットを当ててしまったのだ。
 ちょうど今週末は予定がなにもない。近頃は仕事のことで頭がいっぱいだった。久しぶりに夢の国へ行って思いっきり楽しみたい。わくわくを抑えられず、エレベーターの中で勢いよく封筒を開けた。
「えっ」
 封筒の中身を覗き込む。そこに入っていたのは、一枚の紙切れ。
『こちらがチケット引換券(1名様のみ)となります。ご来園をご希望の日にこちらを持って下記の場所にお越しください』
 指定された場所は舞浜ではなく、渋谷センター街のなかにある商業ビル。謎だ。というか、普通こういうチケットはペアでプレゼントするものじゃないのか。本当に謎だ。
 さては1枚だけプレゼントして、連れの分のチケットは買わせるという魂胆だろうか。それならば、その手には乗らない。最近は仕事が忙しくて足が遠のいてしまったけれど、学生時代は年間パスポートを買うほどの“ガチ勢”だった。年パス持ちは少しでも時間があれば散歩がてらふらりと入園する。ガチ勢を舐めないでほしい。ひとりで夢の国を楽しむ術は知り尽くしているのだ。
 私は妙な意地を張って、ひとりで渋谷へ向かうことにした。しかし、到着してから激しい後悔に苛まれることになってしまった。

「ようこそ、東京デストピアランドへ!」
 月桂樹の葉で作られた冠を被り、白い布のようなものを身に纏う日本人の男。いわゆるソース顔というやつで、若干古代ローマ人に見えないこともない。いや、問題はそこじゃない。
「ちょっと待って、なんですか!? ここは!」
「ですから、東京デストピアランドです。私は案内人のウェルギリウス」
 設定を律儀に守るキャストの姿勢だけは夢の国のそれだ。
「えっと、私は夢の国に行きたいだけで、デストピアに行きたいなんて言った覚えはないです」
「しかし、お客様が持っていらっしゃるのは当園のパークチケット引換券ですよね」
 キャスト、もとい、ウェルギリウスは濃い眉を顰める。そんなことはないと思い、手元に視線を落としたところで気づいた。東京デストピアランド、略してTDL。
「……まじか」
「ここ、東京デストピアランドは最新鋭のVRゴーグルを使って地獄巡りが楽しめる場所です」
 茫然とする私をよそに、ウェルギリウスが説明を始める。
「いやいや、コンセプトがおかしい。それに、地獄巡りとかダンテの『神曲』のつもりですか?」
「お! お客様、ダンテをご存知でしたか。そうなんですよ、『神曲』の地獄篇をオマージュしております」
 ウェルギリウスはそう言いながら嬉しそうに手を叩いた。なにがオマージュだ、ただのパクリでしょと内心思いつつ、私はこの胡散臭いTDLのことが妙に気になってしまう。SNSではすでに話題になっている施設らしく、カップルや家族連れで訪れている人も多い。
「たしか、『神曲』だと地獄には何段階かあって、下に行けば行くほど重い罪を犯した人がいるんですよね」
「そうですね。でも、こちらでは現代の日本人に共感していただきやすいよう地獄に多少のアレンジを加えております。すでに『神曲』を読んだことがある人でも楽しんでいただけるかと」
 地獄にアレンジを加えるというパワーワードに困惑しながらも、結局、私はTDLに入園してみることにした。
 施設の中は、カラオケボックスのように個室に分けられている。私が案内された部屋は奥の方だった。別の部屋の前を通るたびに、何やらリアクションをしているお客さんの声が微かに聞こえてくる。
 何もない殺風景な部屋に着くと、ヘッドフォンとVRゴーグルを取り付けられる。「では、ごゆっくりお楽しみください」と言ってウェルギリウスは部屋を後にした。

 目の前に真っ暗な無音の世界が広がる。しばらくすると、ぼんやりとした光が見えてきた。
「ここは……」
 視界がはっきりとして見えてきた景色は、見慣れた高層ビルにスクランブル交差点。もしかしてと思い周囲をぐるりと見渡すと、ハチ公像が見える。
「えっ、渋谷じゃん」
 拍子抜けしている私に、VRの世界のウェルギリウスが笑顔で首を振る。
「いえ、ここは地獄です」
「それはないでしょ。一体これのどこが地獄なんですか」
「まあまあ、とりあえず散策してみましょうか。周囲の様子をよくご覧になってくださいね」
 地獄といえば、もっと過酷な環境のはず。渋谷のような人とモノで溢れた豊かな街が地獄であるはずがない。納得がいかないまま、仕方なく足踏みをする。すると、足を動かした通りに周囲の景色が変わってゆく。認めたくないがTDLのVRの技術は最新鋭というだけあって、なかなか素晴らしい。
 しばらく街を歩いていると、妙な違和感を抱いた。街を歩く人達の年齢層がやけに高い。それに、誰ひとりとして笑顔ではないのだ。野外広告のタレントですら死んだ魚のような目をしている。
「普通、休日の渋谷って楽しそうにショッピングをする若者で溢れていますよね。でも、みんなひとりで俯いて歩いてる……」
 珍しく20代ほどの女性とすれ違ったかと思えば、彼女は涙を浮かべていた。バッグを持たずにとぼとぼと歩く彼女の腕には痛々しい青あざがあった。
「ですから言ったでしょう。ここは渋谷じゃなくて地獄なんですってば」
 私は歩みを止めて、周囲の様子をもう一度見渡す。たまたま目についた70代ほどの白髪まじりの男性は、風貌に似合わない女性物の赤いバッグを持っている。彼はその中から財布を取り出すと、バッグを車道に投げ捨てた。「ひったくり犯だ」と、私は先ほどの女性が歩いていった方向を見つめながら小声で呟いた。
 渋谷センター街に足を踏み入れると、道にはゴミが無秩序に転がっているせいで生ゴミの臭いが鼻を突く。スプレーの落書きがぎっしりと埋め尽くされている壁やシャッターの数々。まるで海外のスラム街のような光景に、言葉を失った。
 路上には、ぐったりと倒れている人や、明らかに怪しい白い粉を売っている人。万引きをして店員に追いかけられている人を横目に、スペイン坂方面へ歩いていく。すると、突然近くでお年寄りの叫び声が聞こえてきた。
「えっ、今度は一体なにごと……?」
 そう尋ねる私の声は震えた。ウェルギリウスは無言でファミリーレストランを指差した。そっと店内の様子を覗くと、なにやら数人のお年寄りが殴り合いの喧嘩をしていた。
「だ、大丈夫なんですか、あれ」
「まあ、一応、地獄って一度死んだ人がいる場所ですから、殴られようが刺されようが死にはしないです。死ぬと体の衰えも無かったことになるので、高齢者も平気で暴れ回ってしまうんですよ」
 大丈夫だとわかっていても、目の前で繰り広げられている痛々しい光景に思わず目を瞑った。
「もう嫌です。こんな世界。こんなところ、来るんじゃなかった」
 レストランのガラスに反射して、私の背後に痩せこけた年齢不詳の男性が歩いているのが見えた。そのときちょうど、彼のジーンズのポケットから財布がするりと落ちた。あっと思って振り返ったときにはすでに、腰の曲がったおばあさんがものすごいスピードで財布を拾って逃げていった。一瞬の出来事に、呆れを通り越してため息すら出なかった。
「実は、ここTDLはお帰りの際には皆さんにハッピーになってもらえるよう、地獄を巡ったあとは、天国巡りもできるようになっています」
 俯く私に、ウェルギリウスがそっと笑いかけた。
「お願いします! 早く天国に移動させてください」
 藁にもすがる思いで頭を下げると、再び目の前が真っ暗になった。
「ここは?」
 視界が明るくなる。目に飛び込んできたのは、やはり、見慣れた高層ビルにスクランブル交差点。もちろんハチ公像も見える。
「いや、また渋谷じゃん! さっきと何も変わってないんですけど」
「いえ、ここは天国です」
 意味がわからない。地獄も天国も同じような場所だなんてありえない。私は、やれやれと首を振りながら周囲の様子を見た。
「ん?」
 今度は、先ほどとは別の違和感を覚えた。腕を組みながら楽しそうに歩く80代ほどのおしどり夫婦に、ぬいぐるみのようにふわふわのトイプードルを連れてスキップをする小柄なおばあさん。街を歩く人の年齢層こそ先ほどと同様に高いものの、歩いている人がみんな決まって笑顔なのだ。
「なにがあったんです? なんでみんなこんな楽しそうなんですか?」
 一見すると天国も地獄もどちらも同じ渋谷の街で、何も変わりはないはずなのに、なぜか天国にいる人たちは幸せそうである。ウェルギリウスは、「さあ、それはご自分で考えてみてください」と私の質問を軽く流し、渋谷センター街のほうへ案内する。
 センター街もやはり、スラム街とは大違いだった。塵ひとつ落ちていない整然とした街並み。あちらこちらから、買い物を楽しむ人達の笑い声が聞こえてくる。念のため、先ほどのファミリーレストランの中も覗いてみた。レストランの中では、大勢のお年寄りがお茶会をしている最中だった。
「天国も地獄も用意された環境とか場所は、何も変わらない……」
 フルーツパフェを口いっぱいに頬張るおじいさんを見ながら、私は呟く。
「でも、天国には良い人が集まるから自ずと幸せな世界になって、地獄は悪い人が集まるから不幸せな世界になっている。そういうことだったんですね」
 私の言葉に、ウェルギリウスがゆっくりと頷いた。そのとき、レストランのガラスに反射して、私の背後に小さな赤ちゃんを抱いた若い女性が歩いているのが見えた。もしかして、と思い振り返ると、母親らしき女性のスカートのポケットから財布が落ちた。ちょうどその後ろを歩いていた、腰の曲がったおばあさんが財布を拾い上げた。
「落ちましたよ」
「あっ! ありがとうございます」
 若い女性はおばあさんに何度も頭を下げてお礼を言った。
「いいんだよ、いいんだよ。それよりかわいいねえ。何ヶ月かい?」
 女性の腕の中の赤ちゃんを見て、おばあさんは優しく微笑む。その様子を見て、私の心はぽかぽかと温かくなってゆく。そしてそのまま、だんだんと視界が暗くなった。

「お疲れさまでした!」
 いつの間にか部屋に入ってきていたウェルギリウスの声で一気に現実へと引き戻される。私はボーッとしたままVRゴーグルとヘッドフォンを外した。遠い旅から帰ってきたかのような気分だ。
「いかがでしたか? 最新鋭のVRは人工知能のウェルギリウスと対話までできちゃうんですよ。すごいでしょう」
「……いや、あの、天国の余韻に浸ってるんで。そんな現実的なこと言わないでもらえます? 夢が壊れるじゃないですか──って、そもそもここは夢の国じゃないんだった」
 そうツッコミを入れると、ウェルギリウスが少し決まり悪そうに笑った。
「ところで。『神曲』には地獄篇と天国篇の他にもうひとつ、煉獄篇がありますよね? 煉獄篇のVRは無いんですか?」
「お客様、察しがよろしい! 今から煉獄篇にもご案内しますよ」
 ウェルギリウスは個室のドアを勢いよく開け、エレベーターへ案内する。わけがわからないままついていくと、エレベーターの扉は1階で開いた。
「煉獄篇にはVRゴーグルもヘッドフォンも必要ありません。天国に行けるかどうかはあなた次第! では、思う存分、お楽しみください」
 目の前には大きな鉄の扉。私は首を傾げながら、その扉をゆっくりと開けた。
「えっ?」
 扉の向こうに広がっていたのは、これまた見慣れた高層ビルにスクランブル交差点。当然のことながらハチ公像も見える。
 今度はなんだろうと思い、周囲を見渡す。眉間にシワを寄せながら歩く人もいれば、友達と笑いながら歩く人もいる。年齢層は若者が多い印象だ。スクランブル交差点には、物珍しそうに写真を撮る外国人観光客の姿。今度は、何も違和感を感じない、ただの渋谷だった。
 疑心暗鬼になりながら渋谷センター街を歩き、例のファミリーレストランを覗いてみる。レストランの中には、お茶会をするお年寄りグループもいれば、ドリンクバーのグラスを片手に話し合いをする学生たち、家族連れで食事をする人もいる。なかには、店員にしつこくクレームを言う人もいた。
「もしかして」
 そう呟いたときに、ちょうどレストランのガラスに反射して、私の背後にスーツ姿の男性が歩いているのが見えた。私はすぐさま振り返る。男性のポケットから財布が落ちたのだ。
 はっとして辺りを見渡すと、道ゆく人は誰も男性の落とした財布に気がついていないようだった。私は拳をぎゅっと握り、うなずく。そして、男性の落とした財布を拾い上げて叫んだ。
「あの! 落としましたよ!!」
 センター街のど真ん中で大声を上げてしまい、周囲の冷ややかな視線を感じた。財布を落とした男性が私の方を振り返る。男性は一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、私の手の中の財布を見るとすぐに恥ずかしそうに笑った。
 私が生きるこの世界はVRではなく、たしかに現実の世界であり、煉獄とそっくりな世界だった。


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