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「大きな怪我には気を付けろ」 沼上晴省

(以下は2021年11月20日の金原のブログからの転載です)

 創作表現論IIの秀作をひとつ。
 今回のテーマは『マクベス』。ストレートなショートショートながら、一気に読ませます。なんといっても『マクベス』との落差が素晴しい。

「大きな怪我には気を付けろ」 沼上晴省

 ある男が、自分の住む国からは遠く離れた王国の、最北端に位置する洞窟の中にいた。男の目的は、この洞窟に住み着いているという「予言の魔女」に出会い、自分の行く末を見てもらうこと。数分、洞窟の中で待っていると、「予言の魔女」が姿を現した。
「ヨクキタナ、オトコヨ」
 魔女は片言の人間語を話し始めた。
「スマナイ、フダンハ、“マジョゴ”ヲツカッテイルユエ、“ニンゲンゴ”ハ、カタコトダ」
「いえいえ、滅相もありません。本日は私のために姿を見せてくれてありがとうございます」
「ナニヲミテホシイ?」
「私の行く末を見て欲しいと存じます。私はある王国の国王なのですが、多くの恨みを買っており、命を狙われています。というのも、私は元々第二王子だったのですが、次期国王の座を第一王子である兄から奪うため、彼を殺害したのです。もちろん極秘に行い、不幸な事故として処理しましたが、家臣の中には私を疑う者もいます。今後私はどのように立ち回っていけば、安全に生活することができるのでしょうか?」
「オマエハ、ナニモシンパイスルコトハ、ナイ。ケッキョク、ダレモ、オマエガハンニンダトイウショウコハ、ミツケラレナイダロウ」
「本当ですか?」
「アア。オマエハ、タダフツウニスゴシテイレバヨイ。ユイイツ、チュウイスルトスレバ……」
「注意するとすれば?」
「オオキナケガニハ、キヲツケロ」
「大きな怪我には気を付けろ……はい! 分かりました。なるべく戦線には立たないようにします」
 男は洞窟を抜けると、自分の国に帰って行った。
 その後、確かに予言の通り、男の生活は順風満帆だった。第一王子の死後すぐは自分が疑われていたものの、誰もその証拠を掴むことはできず、家臣たちの中にも「やはり第一王子は本当に事故で死んだのではないか」という空気が流れ始めていた。
 また、男は特に怪我に気をつけて生活した。移動する際には膝や肘にプロテクターを装着し、転んでも絶対大丈夫な状態で生活していた。
 この日も男は、全身防護を徹底し、自分の部屋がある3階から食事の間がある1階へと歩を進めた。食事の間に到着し、椅子に腰掛ける。卓上には豪華絢爛な食事が並んでいた。
「では、いただこう」
 男と、彼に仕える有力な家臣たちが食事を開始した。このような豪華な食事を食べることができるのは、彼らの特権である。
 男と家臣たちが、優雅に食事をしていた、その最中だった。
「うっ!」
 突然男が喉元を押さえてその場で倒れ込んだ。男の身体は痙攣を始めている。
「ど、どういうことだ!」
 突然のことに、家臣たちも動揺を隠せない。
「まさか、食事に毒が盛られていたのでは?」
「そんなまさか……」
「とにかく、早く医者を!」
 食事の間は一瞬にして大パニックに陥った。男の元にすぐさま医者が飛んでくる。
「むむ、これは……」
「やはり、毒ですか?」
 家臣たちは息を飲んでその返答を待った。もし毒が盛られていたとしたら、王国を揺るがす大事件になる。しかし、医者の口から返ってきた答えは意外なものだった。
「いや、アナフィラキシーショックじゃ。アレルギー反応を起こしている」
「あ、アレルギー?」
「彼が食べた食事は?」
 家臣たちは一斉に卓上の食器に目をやった。食器の上には大きな蟹が乗せられている。
「蟹です」
「そうじゃ、蟹じゃよ。これにアレルギー反応を起こしておる」
 薄れゆく意識の中、男は医者の声を聞いて、真っ先にあの魔女の言葉を思い出した。「オオキナケガニハ、キヲツケロ」。
「大きな毛蟹は気を付けろかい!!」
 男は最後の力を振り絞ってそう叫ぶと、そのままゆっくりと目を閉じた。