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「悲劇喜劇判定」 Pana

(以下は2021年12月03日の金原のブログからの転載です)

 創作表現論Ⅱの秀作です。テーマは「シェイクスピアにからめて」。
 今回はPanaさん。発想といい文体といい、とても現代的でおもしろく、1週間で、よくこんなものを書くなあと驚いてしまいました。

「悲劇喜劇判定」 Pana

「は? 恋愛相談?」
「そう。頼む、聞いてくれよ、蓮! 好きな子、出来ちゃったんだよ」
 私の耳元に口を寄せ、そう囁く董二の顔面を力一杯ぶん殴りたい衝動に駆られた。直ぐ側に董二の顔が来たからって変に意識して動揺している自分にもむかつく。全部わざわざ人が賑わう昼休みの屋上で、わざわざ小声で変なことを告白してくる董二のせいだ。聞かれたくないならもっと別の場所で言え、勝手に悩んでろ! そう心の中で叫び、擦り寄ってくる董二を無視したら、思いっきり焼きそばパンにかぶりついた。最悪だ、なんの味もしない。

 ――肌寒くなり始めた10月下旬。夏服から冬服に衣替えをし、日によっては分厚いセーターを着る者も多くなってきた。今日は恐らく分厚いセーターを着るべき日だ。けれど、そんな寒い日でもスカートの下は生足だという人間はまだまだ沢山いる――まぁ寒さに弱い私はそんなこと耐えられないので、衣替えと共に学校指定のズボンを履くようになったが。そしてその「冬でも生足」と同じくらい、わざわざ温かい室内を避けて肌寒い屋上で昼ご飯を食べる人間だってこの学校には沢山存在するのだ。
「えっ、なんで無視すんだよ。なんか機嫌悪くね?」
「うるせー、しね」
「は? えっ、なになに、怖い。唐突過ぎない? なに怒ってんの」
 意味が分からない! と大袈裟に手を振り、顔を覗き込んでくる董二の顔面を片手で押しのけると、変わらず騒ぎ立てる彼に構わずまた焼きそばパンを食べ続けた。意味が分からないのはこっちだ。好きな人が出来たなんて急に言われても困る。しかも、恋愛“相談”とか……もっと意味が分からない。お前、特定の子は作らないって言ってたよね。いつも告白されたら、好きじゃなくてもその時フリーだったら付き合っちゃうようなクズ中のクズ男だったよね。そんな奴が言う「好きな子、出来ちゃった」はこの世で1番罪深いの、わかっているのだろうか。誰よりも近くにいて、他の人間みたいにチョロくなければ、ワンチャン董二の1番になれるかもって思っていた自分が馬鹿みたいだ。
「ね、お願い。蓮~。蓮みたいにスマートでクールな人に恋愛相談に乗ってもらいたいんだよ」
「っ、お前ほんと……、ふざけるのもいい加減にしろよ。それでまた純粋にお前のことを好きな子を弄ぶとかだったら……」
「ちげぇって。今回はガチ。本当に好き」
 真剣な顔でそう言う董二に思わずクラっと来る。こいつのふざけている時と真剣な顔をしている時のギャップは私を含め、多くの人を虜にして――犠牲にしてきた。それなら好きな子にも同じことをすればいいんじゃないの? なんて。そんなの、私より董二の方が得意なはずだ。
「うるせー、馬鹿。……あぁ、もう! 男? 女? どっち!」
「ふふん。なんだかんだ言って結局相談に乗ってくれんだよなぁ、蓮は……って痛い! 殴るなって! 女の子だよ、女の子!」
 にやにやとした笑みを浮かべる董二の顔面を思いっきり殴ると、眉を八の字に下げ、ほんの少し目尻に涙を浮かばせてそう訴えてきた。そんな表情さえ可愛いと思う私も重症か。
「年下? 同い年? それとも……」
「同い年。なんなら蓮と同じクラスの子」
「えっ……」
 董二の好きな奴は一体どこのどいつだと、見知らぬ人間――しかも私と同性の人間――よりも知っている人間の方がいいと思って聞いたことだが、意外と自分の身近な人間で思わず動揺してしまう。私と董二は登下校も一緒であるし、昼休みもこうやって集まる仲だ。それでもクラスは違うから、当たり前だとは思うがお互いのクラスの人間には疎かったりする。だからこそ、今打ち明けるまで好きな人が出来たそぶりも見せなかった董二の好きな人は、彼のクラスメイトなのではないかと考えていた。けれどそんな私の予想も外れていたようだ。確かに、董二は誰にでもいい顔をするし、交友関係も広い。私の知らない間に私のクラスメイトといい感じになっていたのは癪に障るが……それでも、納得はできる。
「……誰?」
「誰だと思う?」
「うわっ、ウザ……相談しといてそれ……?」
「ねぇ、本当に口悪い。……いやごめんて、流石に今のは俺が悪かった。……三森さん、って子いるでしょ? 」
「……鈴葉か」
「そ、俺、三森さんのこと好き」
「……」
 その言葉を聞いて一気に心が落ち込む。ほんの少し照れくさそうに笑う董二に、「今回は本気だ」と確信してしまって尚更苦しくなる。今まで董二が付き合ってきた女の子のタイプと、全然違うじゃん。
――三森鈴葉、特別親しいわけではないが、誰にでも優しい彼女に私は好印象を持っていた。ショートカットでぱっとみると男性にも見える、口の悪い私とは違って、彼女はふわふわとカールした長い髪で、穏やかで優しい雰囲気を纏う可愛らしい子。
私とは、正反対の同性だ。
「ふーん……。どこで、知り合ったの? 1年の時は私達と違うクラスだったよね」
 私と董二は2年の今こそ別々のクラスだが、1年の頃は同じクラスだった。というか、仮に1年の時に別々のクラスであればここまで仲良くなんてならなかったはずだ。こんなに拗ねらせることだって、きっとなかっただろう。そして1年の頃、その三森鈴葉と私達は別々のクラスだった。
「ついこの前、暇すぎて適当に入った図書館で運命的な出会いをしたんですよ」
「なにそれ……」
 無性に腹が立つドヤ顔で「ドラマみたいだろ?」と笑う董二をまたぶん殴って黙らせたくなるが、必死に耐える。もういいからさっさと続きを話せ。
「単に三森さんが持っていたノートとか筆箱を床に落としちゃって、それを俺が拾ってあげた時に話しかけたってだけなんだけどね。その後何回か廊下ですれ違うことがあって、その時に挨拶したり、色々話したりして……」
 やや伏し目になりながら、優しい笑みを浮かべてそう話す董二のことを私はじっと見つめた。先程まで大勢の人が騒いだり昼食を食べていた屋上、そこに今は私と董二の2人だけ。ちらりとスマホで時間を見る。それはそうだ、午後の授業が始まるまであと3分なのだから。でも、あと少し、あともう少しだけ。昼時らしく高い位置で嫌気が差すほどさんさんと輝く太陽に照らされた董二のまつ毛と、可愛らしく弧を描く口元をもう少しだけ見ていたい。私の方は見なくてもいい、だからせめて今だけでも董二のことを側で見つめさせて欲しかった。
「……ガチで好きなんだ」
「だからさっきから言ってんじゃん。今回は本気」
 その言葉を零して直ぐ、董二の穏やかな微笑みにほんの少しだけ切なさが滲みだした。なんだか怒るにも怒れなくなって、協力してやるか、なんて気持ちが芽生え出した自分に驚く。自分は想像以上に彼に惚れていたらしい。クズ中のクズ男だというのに、ここまで惚れ込んでしまった原因はなんであるのか。私も私だ、好きな人の恋を応援しようとしているなんて――好きになった方の負けとはよく言ったものだと思う。
「……まずは鈴葉のことをよく知るべきなんじゃないの。アプローチするにも、あの子の好きなものとかを知っておいて損はないでしょ」
 自分の口からふっと出た董二の背中を押すような言葉に、自分自身で傷付いた。もう後戻りは出来ないかもしれない。親友ではあってもそれ以上にはなれない私が董二に「好きだ」という言葉を言うのは無理難題に等しいことなのだから。
「あっ、俺ひとつだけ自信を持って言えるものがある、三森さんが好きなもの! というか、人?」
「人? 鈴葉、好きな人いるの? もう無理じゃん、お疲れ」
「ちっげぇよ! そうじゃなくて……三森さん、好きなんだって。シェイクスピア」
「……シェイクスピア?」

 今から何十年前だろうか、現在は認められている――というより、“問題”となってわざわざ話題になることがないほどには当たり前の事柄となっている――同性婚と夫婦別姓が日本で法的に認められた。「制度が想定していなかった事柄だから」という盾を破り、異性愛が当たり前だと勝手に決めつけられる世界が終わりを告げたのだ。日本史の教科書によれば、同性婚と夫婦別姓を認める際にはタイの性別分けが参考にされたらしい。「女性」と「男性」の枠組みだけには収まらない性別が存在することはちゃんとした制度として認められ、定められたのだ。当たり前となってしまった世界で生きる私にはそれが何故認められなかったのかさっぱりわからない。けれどその“名残”として、同性婚と夫婦別姓が認められて何十年も経った今でも、多くの人がイメージする「男性像」と「女性像」というものが存在することは身に染みて感じられていた。私は大きな枠組みで言えば女性だが、中性的な顔立ちと平均より少し高い身長と、男勝りな性格のせいで“男らしい”とされる人間だろう。――それに比べて、三森鈴葉はその真逆だ。“女性らしい”を体現したような人間であった。同性であり、正反対、だからこそ私は“私”と“董二の好きな人”の差を見せつけられたような気分になるのだ。

「シェイクスピアって……いや、もう何もわかんないわ……」
 廊下のど真ん中でそう独り言を呟いて直ぐにハッとする。辺りを見回して誰もいないことを確認すると、私はほっと胸を撫でおろした。仮にこの意味のわからない独り言を誰かに聞かれていたら、その恥ずかしさを董二への消化しきれない思いと一緒に物理的にぶつけてやろうと考えていたことだろう。簡単に言うと董二に八つ当たりする、という方法で。
あの後、授業の始まりを告げるチャイムを聞いてそれぞれのクラスに帰ろうとした際に董二に言われた言葉を思い出す。
「やっぱり女子同士の方が色々話しやすいと思うしさ、蓮の方から三森さんの好きなタイプとか聞き出してみてよ」
「はぁ? いや、いやいや、私別に全く話さないわけではないけど……よく一緒につるむ仲でもないんだからね? そんないきなり恋バナとか……」
「いやそこをなんとか! なぁ? 頼むよ、蓮~……頼れる奴お前しかいないんだって」
 そう言ってまた眉を八の字に下げ、ほんの少し目尻に涙を浮かばせて……。私が「董二のこの顔に弱いこと」を彼がわかっているということを、私はわかっている。それでもそれに抗えないのだから、やっぱり好きになった方が負けだということは確からしい。とりあえず彼から得た「シェイクスピアが好き」という情報から何かしら掴めないか考えていたのだが……そもそも、私にシェイクスピアの知識は皆無といっていいほどない。勿論シェイクスピアという存在は知っている、有名な『ロミオとジュリエット』だって。ただ、元々芸術分野には疎い人間であるためにそれ以上のことは全く知らないのだ。いきなり「シェイクスピアが好き」らしいと言われても……という感じである。あぁ、まわりまわって董二への怒りがふつふつと湧いてきた。世の中の恋する人々はこんなにも頻繁に恋煩った相手にイライラするものなのだろうか。
(いや、私だけだな……)
廊下のど真ん中で立ち止まったまま、ガラにも合わずうんうんと唸っていると、セーターの裾を弱い力で引っ張られていることに気付く。
「……あっ、蓮ちゃん! あの……」
「うわぁっ! えっ……え? 鈴葉? なに、どうしたの?」
 振り返ってみて真っ先に目に入ってきたのは私より10cmほど小さな体――董二が思いを寄せている人、三森鈴葉だった。丁度思い悩んでいた原因がやって来て動揺する。なんとか顔には出さないようにポーカーフェイスを貫くが、内心バクバクだ。こんな偶然ってある? 身長差があるために、彼女は自然と私を見上げる形となっており、相も変わらず小動物のようなその感じはとても可愛らしい。董二の好きな子だと知った今では私にはないその可愛さが酷く羨ましく、なんだかもやもやとした良くない感情が生まれてくるような感じがした。
「今、シェイクスピアのことを何もわからない……的なことを言っていなかった?」
「え、あぁ……もしかして今の独り言、聞こえてた?」
「うん、ばっちり……」
明日、董二を殴ることが確定した。
「勝手に聞いてごめんね、丁度飲み物でも買いに行こうとそこから出てきた時に聞こえて……」
 鈴葉は気まずそうに私から目を逸らしながら後方にある扉を指差した。図書館だ。董二が彼女と出会ったのも図書館だったということだし、彼女はよくここに来るのだろう。本が好きなのだろうか……もしかして、シェイクスピア関連の本?
「いや、全然。私が気を抜いて呟いた言葉なんだし、鈴葉はマジで何も気にしないでいいから……あ、てか、鈴葉は図書館で何してたの? 探しもの?」
「あっ、うん、まぁそんな感じかな。たまに放課後ここに来て本を読むのが好きで……人も少ないし、なんか落ち着くから」
 鈴葉はカールした髪をゆらゆらと揺らしながら嬉しそうに微笑んだ。以前、髪が癖毛で困ると彼女が言っていたのを通りすがりに聞いたことがある。私は天然物でこんなにも綺麗にカールしているのなら、羨ましい以外の何物でもないと思うが……なんというか、撫でたくなるような、ふわふわ毛なのだ。
「……蓮ちゃん?」
「ん?」
「あ、いや……そんなにじっと見られたら照れるというか……」
 鈴葉はそう言いながら照れくさそうに目を伏せて、優しく微笑む。あれ、なんだかこの表情……デジャヴ?
「あ、ごめん! 綺麗な髪だから、なんか、撫でたくなるなぁって」
「な、撫で? なで……そ、そっか……」
 鈴葉は目をまん丸にしてそう言った後、直ぐにあわあわと目を泳がせながら俯いてしまう。私も私でどうすればいいのかがわからなくて――嫌いではないし、むしろ好きだが、そこまで親しくないために――、行き場のない手でとりあえず頬をかいた。
「あー、あっ、じゃあ私もう行くね。また明日……」
 その場に居続けるのも気まずくなり、そう言って立ち去ろうとする……と、今度は強い力で服の裾を引っ張られた。
「え?」
「あ、あの……! 良かったら私が教えようか!」
「は、はい? 何を……?」
「あ、あの、だからシェイクスピアを……。さっき何もわからないって悩んでたみたいだから……。私、シェイクスピアの作品が大好きで! 少しでも力になれたらいいなぁ、と」
 そこまで聞いて絶好のチャンスだと強く思う。本人から直々に好きなものについての話を聞けるのなら乗らない手はない。これを聞いて、鈴葉と董二が上手くいくための何かを見つけて、本当に上手くいったらきっと私は苦しむだろうけれど……それ以上に、好きな人の好きな人のことを何も知らないという状況の方が嫌な気がした。
「……じゃあ、お願いしようかな」

「なるほど、『リア王』、『ハムレット』……この辺は聞いたことあるな」
「本当? この辺は日本でも有名だしね。『ハムレット』、『オセロ』、『リア王』、『マクベス』はシェイクスピアの四大悲劇と言われているんだ。あ、ロミジュリも悲劇だね」
「へぇ……、シェイクスピアは悲劇的な作品ばかり書いてたの?」
「ううん、ちゃんと喜劇とかも書いてたよ。例えば……『夏至の夜の夢』とか」
「えっ、なんかその文字列、ゲームかなんかで聞いたことがあるんだけど! 『真夏の夜の夢』みたいな……」
 大きな声を出して直ぐに我に返り、慌てて自分の口を塞ぐ。私たち以外に人はいないけれど、仮にも図書館。静かにしないと。
 そんな私の様子を見て、鈴葉はくすくすと笑う。
「あれかな、シェイクスピアも作品もそれ自体が有名だから、何かしらの作品で応用されているとかはあるかもね。本来は『夏至の夜の夢』が作品の正しい翻訳なんだけど、ほとんどはとっつきやすいように『夏の夜の夢』って翻訳されてるかも。『真夏の夜の夢』はその流れで呼ばれているものだと思うな」
「あっ、そうなんだ! 確かに『夏の夜の夢』の方が聞き馴染みがある気がする」
「ふふ。夏至の日の夜はね、異世界と人間界の境界が曖昧になって、妖精たちが人間界に入り込んでくる……って言い伝えがあるんだ。『夏至の夜の夢』はそれをもとにした作品なの。今はもう冬に入る時期だから、少し季節感がズレてる話だけど」
「なるほどねぇ」
 図書館の中に入ると、私達は図書館の中央部に位置する大きなテーブルの席に隣り合って座った。鈴葉がおすすめしてくれた本を見たり、インターネットで検索をかけたりしながら少しずつシェイクスピアについての知識を得ていく。……なんというか、鈴葉のことを知るための時間というより、シェイクスピアのことを知るための時間みたいだ。
「鈴葉はシェイクスピアの作品の……映画とか? 舞台? を見に行くのが好きなの?」
「うん! 好き。……ふふ」
「ん?」
「あっ、いや、身近でこんな風に好きなことを話せる人がいないから、今こうやって話せるのが嬉しくて……」
 照れくさそうに顔を少し隠しながら鈴葉がそう言う。別の目的があって彼女に色々と教えてもらっているだけの私に、何とも言えない罪悪感が襲ってくる。前々から思っていたが、鈴葉は本当にいい子だ。董二が好きになるのもよくわかる、恋敵であるはずなのに私まで絆されてしまいそう。加えて趣味まで素敵ときている……こんな私など、敵うはずがないのだ。
「鈴葉は素敵だね、趣味もお洒落だし」
「へっ? お、お洒落? そ、そうかな……なんか照れる」
 動揺した鈴葉が手に持っていたペンを落とす。顔の前で手を振りながら慌てて拾うその姿を見つめ、私はけらけらと笑った。窓から差し込む夕陽のせいか、それとも照れ故か、鈴葉の耳が真っ赤に染まっているのを見て何故か更に笑いが止まらなくなる。
「な、なんで笑うの~!」
「いやなんか面白くて、ごめんて」
 少し不機嫌そうな顔をし始めた鈴葉を見て慌てて生理的に出てきた涙を拭いながら笑うのを止める。あぁ、この子なら董二を任せてもいいかもしれない。そんな思いがほんの少しの切なさや痛みと共にふっと湧き上がった。
「……そんなこと言ったら、蓮ちゃんの方が素敵だよ」
「え?」
 真剣な声音で発せられたその言葉に反応して顔を上げれば、目に飛び込んできたのはそれまた真剣な鈴葉の顔。僅かに切なさと愛しさと優しさが混じるようなそんな顔に、思わず動揺する。
「二重がくっきりしていてまつ毛が長くて、眉毛もスッとしていて美人さんだし……スタイルもいいし……それに勉強も出来ちゃって、運動神経もいいし……なんというか……」

王子様みたい。

 その瞬間、自分の周りの時間全てが止まってしまったかのような感覚に陥った。
(あ、これ、デジャヴどころの話じゃない。これ、この表情――)
 私は鈴葉を見て思わず目を見開く。そこで、やっと気付いた。やや伏し目になりながら、優しい笑みを浮かべて、私のことを褒める鈴葉……紛れもなく、鈴葉のことを話す時の董二と同じ表情だ。ちょっと待って? いつから? どこから? いや――
「そんなこと、ある?」
 本当に小さく呟いた言葉は、私を褒め続ける鈴葉の耳には届いていなかったようだ。いや、そもそも音になって口の外に出て行ったのかどうかも、もうわからない。
 鈴葉の伏し目と、弧を描く口元がぐらりと歪んで見えた。
(さい、あく……?)
いや、最高なのか?

かの有名なシェイクスピア様なら、このお話を悲劇と喜劇、どちらにするのだろうか?