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1回目から6回目の感想

 1回目は立川志の輔の落語「はんどたおる」をきいて、それにからめて何か作品を書くという課題でした。
 まず最初に、いいなあと思ったのは北川穂高さんの作品です。エッセイ風の掌編なのですが、リサイクルショップに毎日やってくる老人の描写が際立っています。ごく日常的な世界にぽつんと置かれた非日常的な老人がグロテスクに、しかし切なく迫ってきます。そしてお母さんのイアリングのエピソードをへて、最後の部分へ。
 西島周佑さんの「はんどたおる」は、サブカル能力を持つ佐久比詩郎を主人公にした作品。なぜ寄席が若者のデートスポットにならないかという理由、中年女性の会話などを枕にして、主人公のサブカル能力という噺に入るところなど、立派です。そのあとは、志の輔の落語をきいた人には必ず受けそうな展開になっています。
 Nさんの「怖い親友」は発想も展開も、「俺の親友は怖い」というオチもよくできています。いったい、どこからこんな発想を得たのかききたいところです。
 金子実央さんの「鏡」はミステリタッチの短編で、設定もラストも、ある意味、テンプレ的な感じがしますが、精一杯書いている感じが読んでいて快いし、主人公と彼女の描き方もうまくて、勉強になりました。
 魚取ゆきさんの2編はとても小説的で、小説の書き方をよく知っている人だなと思いました。現代作家が、ふっと力を抜いて書いてみた佳作といわれても、ああ、そうかと納得できそうです。

 2回目はギリシア悲劇『オイディプス王』がテーマ。
 まずは、田村元さんの「石鹸」。僕とお母さんのやりとりがおかしい。たとえば、

「ちっちげえよバカ! 清美のことなんて全然好きじゃねえよ! 水も飲まない!」
 意外にも母が言い返してきたので、さらに僕も言い返してしまう。いけない、このままじゃ。
「それもそうよね! 清美ちゃんだって、あんたのこと汗臭いって言ってたもの。だからきっと石鹸をくれたのよ! もしあんたが清美ちゃんのことを好きだったら、あんたがかわいそうなくらいよ! 水は飲みなさい! 」
 待て。衝撃的な事実を言わなかったか。
「あ…汗臭い?」

 とか。いいセンスしてます。
 松嶌ひな菜さんの「エディプス・コンプレックスの刺し合い」にはやられました。主人公の女の子の気持ちがうまく描かれているし、物語の作り方もうまい。さらにテーマをしっかり飲みこんでいるうえに、めちゃくちゃうまい。何より最後の展開がすごい。
 岡本夏実さんの「流転」も、すさまじい話です。

 最後にはすべての真実を知って絶望するという所まで、彼の人生はいつも同じ道を辿った。それどころか、むしろその一部分をこそ、彼は毎度味わうことになった。そしてその絶望の中でかすかに、だが確信をもって、かつての生を思い出した。すべての始まりである、テバイの王にまでなったあの人生を。何度もこうしてオイディプスであり続けていて、未だにかつて受けたあの神託から逃れられていなかったのだということを。

 つまり、くり返し同じ運命を生きるオイディプス王を描いていくのですが、それが幻想小説風に展開していっていきます。それにしても、よくこんな話を思いつくなあと感心しました。そして筆力もあります。この手の大上段振りかぶった文章で書こうとするとまず失敗するのですが、ぎりぎりセーフ……だと、ぼくは思います。
 ふたたび、魚取ゆきさんの登場です。今回、「中国の、北朝鮮との国境にある朝鮮族自治区の延吉という街」を舞台にした演劇をからめた作品、落ち着いた文体がとても快く、最後まで安心して、しかしある種の心のざわつきを感じつつ、読み終えました。

 3回目は三遊亭圓朝の『怪談牡丹灯籠』の半分(お露と新三郎の物語)にからめて、という課題です。
 魚取ゆきさんの2編、今回も印象に残りました。ミステリっぽい「ぼくの三枝子」は練り直して書きなおすと立派な短編になると思います。また、「わたしは三枝子」のほうはストーリーらしいストーリーはないけれど、女の子の口調がいい。とくに最後のほうで、「なんで折句なん? しかも、それ、後朝の文やん」というところ、笑ってしまいました。ただ、「後朝」にはルビを振った方がいいでしょう。
 岡部桜子さんの「ハムスター」は文体が抜群。無理のない語りの文体で、「住野さんは柔らかな笑みを浮かべたまま、ぐいぐい話しかけてくる」の「ぐいぐい」とか、ふたりのユーモラスな会話とか、楽しく読み終えました。
 魚取さんも岡部さんも、よくこれを1週間で書きましたね。

 4回目はダンテの『神曲 地獄編』。現在まで日本で出版されている『神曲』では「地獄篇」と訳されているのですが、集英社の『世界文学事典』などでは「地獄編」という表記もかなりあって、わかりやすくこちらの表記を採用しています。
 そういえば、ある年、このテーマである学生が書いてきた課題が、なんか変で、どう読んでもダンテとも『神曲』とも関係ない。次の授業のとき、その学生に理由をきこうとしたら、学生のほうから、「すいません、間違えました」といってきた。「芥川の「地獄変」だとばっかり思ってて」。
 坂井実紅さんの「TDL」、東京ディズニーランドではなく、東京デストピアランドでの地獄、天国、煉獄巡りをすべて渋谷でやってしまうという構成が、じつにうまく使われています。全体のバランスもいいし。
 とろろさんの「しあわせは偶然じゃない」、少年院にいる現代の女の子の視点と文体がぴったりで、短いながらもしっかり読ませます。ぜひ、続きを書いてください。

 5回目は「日本語が英語になっていたら」というテーマ。
 ほぼ常連の魚取ゆきさん、限られた時間で、よくこんなものを書きましたね、という驚きの1作。英文科でもないのに。息子が母親のために鯉をとってくる話、中国の説話かなにかにありましたね。英語+地方語の組み合わせがうまく生きています。最後のところで「時間切れで……」としめてあるのもまた、ひとつの演出としておもしろいと思います。たぶん、実際、そうだったのでしょうが。
 堀尾奏さんの「言葉の外へ」は、言葉によって失われてしまう世界についての語り、もっと端的にいえば、言葉への不信感の表出です。それ自体、そう目新しいことでもないし、文章も粗く、構成もずさんといえばずさんです。が、それを言葉を駆使して熱く語る文体が、ぼくにはとても魅力的でした。たとえば、「言葉の外に海がある! 沸騰する瀑布がある! 海とは言葉によって表現することのできない個人のあるいは世界の悲しみである」といった表現のできる人はなかなかいません。
 岡本夏実さんの「雪出し入れして死んだのは銃騎士」もおもしろい。わけのわからない言葉に付きまとわれる主人公の焦燥感がしつこく描写されていきます。「どうやら怪異の声らしいこれは、どうにか人の言葉を話そうとして努力した結果こうなっているように思われるが、結果として、全く意味のわからない文と成り果ててしまっている。だがそれでも、文だと、言葉だと認識してしまうのだ。」という設定はユニークだし、それをこんなふうに書かれると、驚くと同時に、感心してしまいます。

「お前はいくつかの目を見る」
「お前、来い」
「何男それチゾク両方振る欲しい」
「マット死にすぎたそれバイバイテヤル起こした」
 
 こんな意味不明の言葉を差しはさみながらどこまでもふくらんでいくナンセンスな展開を引き受けるエンディングの2行にもまた感心してしまいます。

 6回目は『アーサーの死』『アーサー王物語』がテーマ。
 まずは、松嶌ひな菜さんの「浮いた心は国をも滅ぼす」。オムライスを作りながら、浮気相手の男と「浮気」の話をする女性の気持ちがうまく表現されています。たとえば、

「気持ちが浮ついたら、浮気だよ。読んで字のごとくだよ」
 そういいながら、鶏肉を一口大に切る。なんとなく、包丁を握る手に力がこもってしまって、ぐにゅ、と鶏肉が身をよじる。

 とか。
 しかし、何より最後の1行がすごい。これは書けそうで書けない。
 岡本夏実さんが、また変な作品を書いてきてくれました。「君と二人、空想の旅」。なんともありきたりのタイトルで、出だしが「ねえ、あなた、そろそろご飯が出来るわよ」という妻のありきたりな言葉……なのですが、読んでいくうちに、このふたりは異星人で、その異星人は地球人を滅ぼした連中で、夫のほうは地球に埋もれていた文章を翻訳していて、その話が「緯度50度辺りにあった島国の王様とその騎士たちの話らしい」という展開。岡本さんならではの世界が展開します。
 西島周佑さんは毎週、「佐久比詩郎のサブカル日記」を書いてきてくれるのですが、今回は「~『アーサー王の死』編~」。まるで法政大学の多摩キャンパスのようなところで、佐久比詩郎が、石の塚に刺さった剣をみつけるのですが、それは演劇部の大道具として作られていたもので、それを作った男と話しこみ、やがて、アーサー王の物語に思いをはせるうち、自分をみつめることになる……という流れが無理なく書かれています。
 藤田海碧さんの「少年の戦い」は、様々な手段を駆使して必死に剣を抜こうとする少年が主人公のショートショート。手を使ったり、足を使ったり、〇〇を使ったりしたあげく、石を壊してしまえというところまでいくところが楽しい。オチも楽しい。
 酒粕さんの「アーサー次期生徒会長物語」は、社会科準備室の引き戸の間にB5ほどの大きさの黒いビニール袋が挟まっていて(エロ本らしい)、それを引き抜いた者が次期生徒会長になるという噂が流れて、偏差値75の高校生男子たちがそれに挑む……という、どうしようもない発想と展開のショートショートなのですが、ユーモラスな語り口と、あちこちにちりばめられたエリート高らしさの演出がうまい。
 堀尾奏さんの「消えた王」は、またまた堀尾さんならではの作品で、読み応えがあります。「私の中には処刑台がある。私は父の代わりに処刑台の前に立ち続けているのだ。私は幻のレンガを積み重ね時を無為にしてきた」と始まり、すべてに終止符を打つことにした王の物語が進んでいきます。相変わらず、読みづらく、自己満足過多のような文章と思われそうなのですが、ぼくには読み応えのある1編でした。とくに、カフカの『城』と荘子の胡蝶の夢のエピソードを折衷した段落はうまくできています。


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