「寡男」 菊川華
(以下は2021年6月26日の金原のブログからの転載です)
さて、「創作表現論I」の秀作、4つめです。テーマは『春琴抄』。
「寡男」 菊川華
この世界は、好きでも嫌いでもありません。私がいてもいなくても特に変わることはないでしょう。そんなことないよ、あなたはかけがえのない大切な人だよと、今あなたが言ったのも、建前なのでしょう。私の存在意義を原稿用紙5枚にまとめることはできますか。あなたの存在意義を原稿用紙5枚にまとめることはできますか。そんなの、言葉で語るようなものではない、と言いますか。では、どうして読書感想文は書けて、自分の存在意義は書けないのですか。同じじゃあないですか。1つの本を読んで感想や意見を書くように、あなたというこれまでの人生を振り返り、感想や意見を書けばいいんです。あれ、手が止まっていますよ。これまでのあなたの人生はそんなに何もないような人生だったんですか。嬉しかった朝も、悲しかった夜も、後悔の雨も、努力の花も、何もなかったんですか。あったとしても、それらがあなたの存在意義にはならないものでしたか。難しいですね、生きるって。偉そうに演説している生徒会立候補者も、未来は明るいと豪語する古びた教師も、君は世の中を分かってないと鼻をならす上司も、しっかりしなさいよしか言えない曖昧な親も、こんなひがみばかり述べている心底腐った私も、今何も書けないでいるあなたも、みんなみーんな、○○○○○ばいいのになぁ。
高校生で肉体関係を結んで、子どもを授かるのは無責任ですか。これまで育ててくれた恩を返すのは当たり前ですか。スーパーでたかが10円のガムをポケットに入れて走っていった小さな痩せた男の子は悪い子ですか。感謝の言葉は大切ですか。言葉にしないと伝わりませんか。反抗的な音楽ばっか聴いてると思考は偏りますか。男の子が好きな男の子はおかしいですか。女の子が好きな女の子はおかしいですか。男の子が好きな女の子は健全ですか。女の子が好きな男の子は健全ですか。大学で知り合った友達は一生の友達になりますか。何をやっても中途半端に終わるのは何が足りないんですか。Twitterで意見をのべてふんぞり返ってる奴らは何なんですか。人が失敗しているのを見て楽しいのは最低ですか。人は「死ねよ」の魔法で死にますか。それは弱者にしか利かない魔法ですか。今、あの子の机の上に枯れた花束を置いたあいつにその魔法は利きませんか。朝、電車が止まりました。原因は、飛び込み自殺でした。どこからか聞こえてきた「死ぬなら1人で死ねよ」は、新しい呪いかなんかですか。誰に向かって言っているんですか。その人は1人で死んだんじゃないんですか。何万人の足を止めようが、その人は1人で死んでいったんじゃあないんですか。ラッキーじゃないですか。そんなに早く会社に行きたいですか。いつも会社行きたくないとほざいてる奴らが、何言っているんですか。
今話したことは、ここ数年私が感じていたことです。あなたの意見を聞かせてもらえませんか。私は知りたくて知りたくて仕方がないんです。何が正しいんでしょうか。何がいけないことなんでしょうか。4歳下の少年を叩いた少女はいけない子ですか。里子に出された子は、不幸せな子になるんでしょうか。敬愛する人の酷い姿を見ないがために自分の眼玉をつぶすのはイカれていますか。何をすべきで何をしないべきだったんでしょうか。
真相を語るのは、大切ですか。隠しておいた方がいいことはありませんか。ここまでこんな話をしてきたわけですが、別に私は病んでいるわけではありません。ただ、気になっただけです。私はここからいなくなりたいわけではないので、今日もここにいようと思います。ただ、ここにいたいという欲望に忠実に過ごしています。「欲望」という仕事の社畜です。先ほど、あなたの意見を聞けていないので、話すのもあれなのですが、私の意見を言いましょうか。極論、本人がしたいんだったらすればいいのだと思います。それが良いことであろうが、悪いことであろうが。そんなに驚いた顔をしないでください。私の一意見ですから。別に、犯罪を推奨したつもりはありませんが、人によってはそのように聞こえてしまうかもしれませんね。それはそれで致し方ないことでしょう。別にそのことに責任を取ろうとも思いません。私は、あなたにこのことを伝えたいから伝えた、ただそれだけです。……まぁ、最初にも述べましたが、この世界は私がいてもいなくても変わらない世界です。だから、何を言っても良いでしょう。散々我慢してきたのだから。誰も私の声に耳を傾けはしないのだから。
今、あなたは私の身体を通りぬけて、出かけていきました。もうあなたに触れることができなくなって3年ですか。時間が経つのは早いですね。線香の良いにおいがします。いつも、忘れずに焚いてくれてありがとう。
今日、私は何がしたいんだろう。今日、あなたは何がしたいんだろう。正解なんてないかもしれないから、あなたの思う通りに。あなたがしたいように。今日もいってらっしゃい。