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「透明少年少女」 菊川華

(以下は2021年6月17日の金原のブログからの転載です)

創作表現論、またいい作品が上がってきたので、ご紹介します。
今回のテーマは「縦と横」です。最近の大学生の文章、どうぞ楽しんでください。

「透明少年少女」 菊川華

 俺たちは、学校の屋上で夜空を眺めていた。
「流れ星ってさー、何で横に流れるんだと思う?」
「……考えたことない」
 「あーはいはい。ミハル君はそーゆー人でしたぁー」
 「じゃあ質問変えまーす」彼女はくるりとその場で回った。
 「流れ星が、下に流れてくことが無いのはなんで?」
 「……どういうこと?」
 「だーかーらー、目で見てさ、流れ星ってヒュンって横向きに流れるじゃん?」
 「……斜めじゃね」
 「細かいことはいーの! 横じゃん! ちょっと顔傾けたら横になるじゃん!」
 「あーはいはい、で?」
 「もう……流れ星って縦に流れることないじゃん!?」
 「……まぁ、んん? いや、でも……」
 「なに?」
 「デンマークで、垂直に落ちる流れ星が見れたらしいぜ? これってお前が言う、縦に流れるってことだろ? ほら」俺はそう言って彼女にスマホの画面に映る写真を見せた。
 「えぇ、うそぉー!! すごーい!」彼女はすごくはしゃいでいる。小さな子どものように。彼女とは1年前、ここ、学校の屋上で出会った。クラスに上手くなじめなかった俺は昼飯を食べようと、屋上に向かった。すると、そこに倒れていたのが――彼女だった。俺はびっくりして、すぐ駆け寄った。おい、大丈夫か? と言うと、彼女はパチッと目を開いて、すごく嬉しそうに「私が見えるの!?」と言ったのだった。こいつ、幽霊なのか? と疑問に思ったが、彼女が話をそらしたので、「私が見えるの」という言葉の真意は未だ謎のままだ。

 屋上で夜空を見たあの日から1週間経った。その日、ニュースや新聞は1つのある話題で持ちきりだった。今夜、日本に数えきれないくらいの星が落ちるらしい。そのうちの一部は、大気圏で燃え尽きずにそのまま落下するそうだ。日本が大惨事になる可能性もあるらしい。あるらしい、というのは、どうも最新の科学をもってしても、その星たちの軌道が読めず、どこに落ちるかわからないため、何の対策もできない、というのだ。この街どころか、日本中が大騒ぎだ。学校も休講になった。僕は仕方なく、何もすることがないため、街に出た。街に出る時、焦った表情をしたクラスメイトがどこかへ走っていくのを見かけた。どうやら、どこからの情報なのか、この街では俺たちの高校が安全とされているらしく、皆急いでそこに向かっているらしい。もうすっかり暗くなり、みんな懐中電灯やらスマホの光やらを頼りに走っていく。俺は、その人たちとは逆方向に歩いていった。なるべく人のいないところに行こう。そう思って、俺は街の大きな駅に足を進めた。

 「あ、やっほー! ミハルくーん! 奇遇だねぇ~?」
 そこには、ニコニコした笑顔で手を振る彼女がいた。
 「なんでここに、お前がいるんだよ……」と俺は答える。
 「えー? 逆に聞くけど、なんでミハル君がここにー? まぁ、来ると思ったけど! お母さんとかお父さんは?」
「……何となく。父さんはだいぶ前に死んだ。母さんは……しばらく見てない。メシの金は置いてってくれるけど」
 「ふーん、そうなんだ。なんかごめんね……」
 「いーよ、別に。気にしてないし。そういうお前は? なんで一人でここにいるんだよ? たしか、大家族って言ってなかったか? いいのか逃げなくて。うちの高校が安全らしいぞ」
 俺は、カシュッとここに来る途中に買った缶コーヒーを開けた。
 「ううん行かなーい」
 「なんでだよ。もしかしたら、ここに星が落ちて来るかもしれないぞ」
 「じゃあ、そーゆーミハル君はどうして高校そこに逃げなかったの?」
 「それは……」と俺が口ごもっていると、ふふふと彼女が笑った。
 「何がおかしいんだよ」少しイラっとして聞くと、彼女はガードレールの上に、トンッと乗ってこう言った。
 「ミハル君さぁ、クラスのみんなと仲良くないでしょ」
 「……」
 「あ、図星ィ?」
 確かに、俺はクラスメイトと仲良くない。仲良くない、というか……

 「まるでそこに自分がいない感覚」

 そう言った彼女の顔は、街頭の光で逆光になり、上手く見えなかった。 彼女は続ける。
 「自分一人だけ、置いてかれているような感覚。そうかな?」
 さっきまでの能天気な感じとは全く違う彼女がそこにはいた。
 「ど、どういう意味だ」
 「ミハル君」彼女がトンッと地面に降り立つ。
「私たちは、“タテビト”なんだ」
「……タテビト? なんだそれ。また変なこと言っ……」
「縦の人と書いて、タテビト。私たちの存在感、生きているエネルギーは縦方向に広がる」
 彼女は、スイスイと指を動かして説明し出した。
「な、なに訳の分からないことを」
「時間が無い。聞いてほしい」いつになく真剣な彼女の口調に思わず、身構える。
俺が黙ると、彼女はありがとう、と言って話し始めた。
「それに対して、“ヨコビト”という人たちが居る。クラスメイトのみんなとかね。その人たちの存在感、生きているエネルギーは、横に広がっていく。」
「それって……」
「勘の鋭い、私の自慢の友達はもう気が付いたみたいだね?」
俺は彼女の次の言葉を待つ。
「そう、私たちがタテビトである限り、ヨコビトの人たちは私たちの存在感を感じない」
「……」
 俺は突然の情報で混乱する頭の中をなんとか整理しようとする。
「彼らの存在感や生命のエネルギーは横に広がるから、私たちタテビトにも当たる。だから、私たちは彼らの存在に気づくことが出来る」
「……だけど、俺たちのは縦にしか広がらないから……誰も……気づかない……ってことか……」
 「うん。私たち透明人間みたいだね」
 「……お前は、なんでそれを知ってるんだ?」
 「おじいちゃんから教えてもらったの……お母さんとお父さんは早くに死んじゃってるし、兄弟はみんなヨコビトだったけど……おじいちゃんはタテビトだったから」
 「そう……なのか」
 「私のことを心配したおじいちゃんが教えてくれたの」
 「ん? なんでおじいさんはタテビトのお前が分かるんだ? その……タテビト同士もその仕組みじゃお互いに気づけないよな?」
 「ほぼ私が生まれた時から一緒にいるからねぇ、一緒に居る時間が長ければ長いほど、気づきやすくなるの」
 「ふぅん……ん? なんで俺はお前に気づいたんだ? ずっと一緒に居たわけでもないのに」
 「私も最初驚いたよ。思わず『私が見えるの!?』って言っちゃたもん」
 「ああ、そういや言ってたな……」
 「勿論、君が言う通り、タテビト同士でも他人だと、普通は気づけないよ。さっきも言ったように、私たちのエネルギーは縦にしか広がらないから。なのに、ミハル君は私に気づいてくれた。その仕組みは……んん、分からないなぁ」彼女は頬に手を当て考える。すると、彼女はパッと見上げてこう言った。
 「でも、すっごくうれしかったよ! 見つけてくれてありがとうね」
 「え……いや……」満面の笑みを向ける彼女に少し恥ずかしくなり、俺は目をそらす。
 「でも……今日でお別れかぁ」
 「?」
 「1000年に1度の大規模流星群……。スィナディスィ流星群。その日にある願いことをするとタテビトはヨコビトとなる。むかーしからの言い伝えだよ。おじいちゃんが言ってた」
 彼女はスッと片手を夜空にかざす。
 「私も、最初は信じてなかった。だけど……今回の一連のニュースを見て、もしかしたらって思うんだ」
 「俺たちが……ヨコビト……普通の人間になれるってことか?」
「確率論だけどね。でもやってみる価値はあると思わないかい?」にやりと彼女は微笑む。
「じゃあ2人で――」俺がそう言いかけると、彼女は人差し指でそれを制止した。
 「ある願いごとっていうのはね、1人のタテビトがもう1人のタテビトの名前を呼ぶことなんだ」
 「……え」ドクンと心臓が鳴る。
 「だから、私が君の名前を呼ぶよ。ミハル君」
 「お、お前はどうなるんだ?」
 「なんで片方だけかって言うとね、まだ見つけられていないタテビトを探すた……」
 「そんなことは聞いてない!!!」自分でも驚くほどの大きな声が出た。
 「君からも……見えなくなるかもね」
 音が消えた。何も感じない。耐えがたいほどの虚無感。見えなくなる……? こいつが? まさか、そんな――。ありえないと考えれば考えるほど、目の前にいる人が消える未来が俺の中で現実味を帯びていく。身体が冷たくなってくるのが分かる。コイツが消える――? どうすればいい、俺に何ができる――……

「君は悪くないよ」と彼女が言った。そして、ちらりと俺を見る。そして続けた。
「ミハル君はさ、私の名前知ってる?」悲しそうに彼女は笑う。
「――っ……知らない」
「うん、だよねぇ。だって、私教えなかったもん。逆に知ってたら怖いよぉ」
「っでも、転校してきた時に、自己紹介してるはずだろ……――クソッ、何で思い出せないんだっ!!」
「してないよ。自己紹介。みんなヨコビトだから、する必要無いんだ。どうせこっちには気づいていないしね。まぁ、まさか同じタテビトがもう1人いるとは思わなかったけど」
「!!」
「そんなー悲しそうな顔しないでよぉ。これは自分で決めたことだから」
「っ俺には何ができる!? 何をしたら良い? 俺は――」
「ごちゃごちゃうるさぁあああああああい!!!」彼女が叫ぶ。その顔は笑っていた。
俺は驚いて、彼女を見る。
「これは私が決めたこと! 良い? 君は私に希望をくれたの!」
「え……」
「ほらっ! もう忘れたの?? 同じタテビトでも他のタテビトを見つけるのは難しいんだよ?」彼女はニッと笑う。
「私は君に最初で最後の賭けをした! ……君なら、ヨコビトになってもいつか私を見つけてくれるかもしれない」
「そんなの、本当に確証の無い……もしかしたら、ずっと1人かも……」
「大丈夫! 君なら! ミハル君なら。屋上で私を見つけてくれた時みたいにさ、また見つけてよね」
ドオォオオオン!!!!と突然、大きな音と、ものすごい地響きが起きた。
「始まったね」彼女は音のした方を見る。燃え切らなかった星が落ちたのだ。そして、また俺の方を向いて、言った。
「まず! 生き残れよぉ! どこに落ちるか分からんらしいし!」
「やっぱ、俺……」お前を見つけるなんて無理かもしれない、と言おうとすると、彼女の手が俺の頬に触れた。温かかった。
「だーいじょうぶ! その証拠に、ほら」
今度は、彼女が僕の手を握る。
「君と私は出逢えた」
俺は彼女の瞳を見つめる。
「君はもう一人じゃない」
遠くでまた星が落ちた音がする。
「さあさあ、一世一代のショーの始まりだ!」彼女が空を見上げる。
つられて俺も見上げる。夜空には信じられないくらいの数の星が瞬いていた。綺麗だった。
ぎゅっと、彼女が俺の手を握る。俺も強く握り返す。本当は怖くて怖くて仕方が無い。でも、それはこいつも同じだ。俺は彼女にこう言った。
「見つけたら、まず、名前聞くからな!」
彼女は一瞬驚いた顔をして、うん! と目に涙をためて言った。

 空がキラッと光った気がした。その瞬間――

 「いりあいはる
 ――久しぶりに名前を呼ばれた気がする……いや、あいつは呼んでくれてたか。絶対、絶対見つけるから――……



…………!!
………晴!!
(――誰だ? 誰かが何か言ってる――?)
「見晴!!」
俺はハッと目を覚ました。
ガバッと起き上がる。そこにはクラスメイトがいた。
「良かったぁー起きて……。マジで心配したんだからな!」と安堵の表情で話す彼は確か……。
「れ、れん……わりぃ……」俺は答える。心臓がバクバクいっている。
「本当だよ、マジで! 駅前通りかかったら、お前が倒れてるんだもんほんとビビったわ」
「それは、ごめん……でも、ここは……」
「学校だよ、俺、お前担いでここまで来たんだからな、まっじで疲れた」ハハハと蓮は笑う。
「……ありがとう」俺のことが見えているのか……。
急にガバッと肩を掴まれた。驚いて振り向くと、そこには他のクラスメイトがいた。
「無事じゃん! まじで、良かったなぁ」
「これは蓮に感謝だな……」
「お! 見晴! 倒れてたんだってね、大丈夫?」
うす 隼人はやと倉本くらもとあきなる……。俺、本当にヨコビトになったのか……と思っていると、何かが頬を伝るのを感じた。俺、泣いてるのか――?
 「えぇ、ちょっと見晴大丈夫!? どこか痛むのか?」と秋。
 「わ、あれじゃない? 蓮の担ぎ方が悪くてどこか痛めたんじゃね?」と秋が茶化す。
 「は!? 俺!? え、すまん! 見晴……どこが痛い!?」と慌てる蓮。
 「あーあーうるせー」と耳をふさぐ隼人。
 何気ないこの会話が、とても幸せに感じる。これを、まだあいつは味わったことが無い――。ずっと1人のまま……。

 俺は夜空をキッと睨んだ。絶対に見つけてみせる――……!透明だった俺に色を付けてくれたあいつを――必ず。
 いくつもの星が横に流れていく。その中で1つ、縦に流れていくものがあった。以前、彼女に見せた写真のように。それは、他とは違う線を描きながらも、必死に輝いていた。その姿は、いつか、どこかで誰かと交わるのを求めているようだった。