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何かを大きく変える時

上記写真は昨日(9月20日敬老の日)行われた中学生の硬式野球チームの秋の大会の試合結果です。対戦相手の江東ライオンズは昨年のポニー全日本大会で優勝した絶対王者。毎年毎年最強のチームを作り上げてくるテームです。そのチーム相手にこの試合は上出来???だと思います。相手は総勢60名超。こちらは僅か15名。

野球の話から始まりましたが、今回は野球の話ではありません。僅か15名のチームでもこのくらいの試合が出来る秘訣でもありません(そんな偉そうな状態には至っていません)。が話の内容は近からず遠からずです。

以前は私も練習や試合に参加してあれやこれや口を出していました。やれ気合いが足りないの、やれ打ち方が悪いの。。。。。ただそれをやっても強くならない事に気付いたのが約5年前。そこから何をしたかと言うと、社会人もやっている目標の立て方や実現の仕方、チームワークの作り方、技術と精神の重要性などチームを構成する一人一人に大事なことと、その一人一人が集まって構成されるチームという組織に大事な事を教える様になりました。そのフレームワークを基にしてどうしたら目標通りのチームになれるのかは選手自身が考え工夫する。

名選手、名監督にあらずと言う言葉があります。会社でも名営業マン名リーダーにあらずは正しい様です。自分でやる事は人一倍できるが、もっと大きくならないといけない時や、進化して自分が別の領域で活躍しないといけないときなどは、いかに優秀な人間でも一人では限界があります。その時に必要なのが、やはり自分がやっていた事を誰かにやってもらうと言う事。自分一人ではどうやっても倍の成果しか上げられなくても、自分と同じ事が出来る人を増やしていけば、その人が100%同じパフォーマンスを発揮できなかったしても、7掛け8掛けだったとしても確実にパフォーマンスは高まります。

また、部下が永遠に自分が中心の仕事の歯車でしかないと、部下は一生成長や進化ができず、同じステージのままです。子供達の勉強も同じで、ずっと教わっていると教わった範囲の事しか出来ません。でもやり方や考え方、目的などを教わった子は自分でどんんどん先に進んだり、世界を広げたり出来るのです。学校の中も同じ。いじめはいけませんと言いきかされるだけなのと、いじめがいけない理由を自分達で考えるのと、その差は歴然です。野球も同じで、バッティングの仕方や守備の仕方を教わる事でしか吸収しないのと、自分で考えて工夫をする仕方を教わった子では、どっちが成長しかつ楽しいでしょうか?

人はとかく慣れ親しんだ方法や環境から脱却するのを恐れます。居心地はいいに決まっています。やり易いに決まっています。自分でやってきた事を誰かに教えるのは大変です。自分でやってしまった方が楽です。でもそれでは一生自分一人の領域を出られませんし、時代は教え込んで出来る様にしてあげる事から、自分で考えて実行させてあげる方向へとシフトしています。

自分がずっとそこにいて指示を出してやらせる。この方法で手詰まり感を感じている人は、部下や生徒が目標を描いてそれが実現できる様な仕組みにシフトして見る事をお勧めします。そうすると、自分自身の世界も大きく広がるはずです。

まだまだ一人ではできないだろう!そう思って限界を決めつけているのは、もしかすると指導者自身かも知れません。