渋谷慶一郎の存在表明

『musée』Vol.45(2003年9月)

 渋谷慶一郎が動き出した。
 彼のことが語られる際にたびたび目にするのは、彼が東京芸大を卒業した作曲家であるということだ。しかし、最近の活動にはむしろそうした彼のバックグラウンドを意識しながら、そこからの遠心力によってより表現および活動の領域を拡げていこうとする、野心家的気質がいい意味で作用しているようだ。また、彼ほど率直に他のアーティストへの関心やアーティストからの影響を隠さないアーティストも珍しい。
 「作曲家の素養があることを否定的には考えていません。逆にシーンのなかで見れば珍しいわけだから、面白いことだと思っていてその間を揺れ動いている感じです。ただ、いわゆる〈音楽〉じゃないものを作りたいと思っていてその時に音楽的なものがこぼれてしまうのは、特質としてあっていいんじゃないかと思います」。
 「たとえば何人かのサウンド・アーティストには音楽を作るという意識がそれほどないことに刺激を受けました。なかなか捨てられないですから、音楽教育を受けた人というのは。僕は捨てられますけど」。
 昨年末に活動を開始した自身のレーベルATAK(http://atak.jp)は、モデルでありラップトップ・ミュージシャンでもあるマリアとのユニットslipped disk(『ATAK001』)、高橋悠治とのデュオ(『ATAK002』)、六十人のアーティストがそれぞれ一分の作品を提供したコンピレーション『60 sound artists protest the war』と、すでに三枚のCDを発表している。
 「(レーベルを立ち上げた理由は)僕はこれまで依頼があって曲をつくるというスタンスだったんですが、依頼が面白くないことが増えてきたんです。それは音楽の状況とすごく関係があると思うんですが、自分が発信しているものでサイクルができていて、そのうえで依頼があって取捨選択ができるようじゃないとまずいなと思って自分のプラットフォームみたいなものが欲しいと思ったんです。ただ、その頃の僕のテンションがいままでやっていた音楽、それこそクラシックとか現代音楽の方法論とは逆のベクトルに向かっていて、従来の音楽の作り方に興味がなかった。で、まわりの音楽をやっている友だちはもっと〈音楽〉に向かってたし、これはパーソナル・テクノロジーを使った音楽の全般的な傾向でもあった。その頃レーベルのデザインをしてくれている李明喜とか音楽以外の人と一緒にいることが多かったんですね。それでレーベルをやりたいと言ったら、一緒にやろうと言ってくれて始まったんです」。
 このように、レーベルの構成メンバーとしてデザイナー、映像作家などが名を連ねており、リリースされた作品は、音とそれにおとらず斬新なジャケットが印象的である。
 「よくジャケットが凝っていると言われますけれど、ジャケットと中身(音)を分けて考えるのはおかしいと思います。常にあるメディアやフォーマットにとって例外的なことをやりたい。ファッションとコラボレーションするという話も進んでいますが、胸に「ATAK」とか書いてあるだけみたいなのは絶対ダメで(笑)、Tシャツなら生地から作ってダメージとか色々加工して三十枚だけ作ってマヤン・ペジョスキー(ビョークの白鳥のドレスを作ったデザイナー)のパリとロンドンのお店と僕たちが一緒にやっているデザイナーの代官山のお店で十枚ずつだけ売るとか(これはコスト考えると一枚三万円くらいになっちゃうんですが)、CDのジャケットだったらありがちなグラフィックによるデザインに頼らないでパッケージの機能や意味から検討したり。あるメディアに対して例外的なアプローチを批判的な検証に基づいてやるというのは表現の強度にとって重要だと思います」。
 これまでの三枚のCDは、ユニット、コラボレーション、コンピレーションといずれも彼のソロでのフル・アルバムは含まれていない。そこには、このレーベルが渋谷慶一郎というアーティストの実験場のようなものとして機能するという面が含まれているようにも見える。また、アーティストの個人レーベルとして、通常のレーベル運営を超えた活動形態を目論むものでもあるだろう。
 「じつはこれから出るんですが、『ATAK000』というのがあって、それが僕のソロアルバムです。あと『60 sound artists 〜』をやってから、ATAKでリリースしたいというオファーも結構きていて、そもそも僕たちが頼んだ人たちって言うのは、僕もマリアもファンだから、そう言ってもらえると嬉しい。スティルアップステイパが次のアルバムをATAKで出したいと言っていて今作ってるみたいです」。
 「これから先クオリティの問題を突き詰めていくと、年に一枚ということもありえる。そう考えるとATAKのコンセプトと合致する人、作品だったら(他のアーティストの作品を)リリースしてもいいんじゃないかと思っています」。
 「kimkenというATAKのCDをマスタリングしてくれているエンジニアが音楽も作っていて、マスタリング・エンジニアがそのスキルを総動員した作品を作るというのも面白いと思っています」。
 コンピレーションCD『60 sound artists〜』は、アーティストからのステートメントである。ただし、それは単に戦争に反対するということを一義的に表明するものではない。むしろ個の存在表明のようなものを、それを抹殺しようとする力に抗う力として提示するものだ。
 「よく反戦CDって書かれたりするんですけど、これは反戦CDではないと思うんですね。というのもたとえば反戦歌というのは戦いに対して団結して抵抗するわけだから、ある意味では戦いに対して戦っているわけです。でもこの場合はそうじゃなくて、こういう侵略というか蛮行の先に個であることとか、多様であるということが難しくなってたとえば僕がやっているような音楽どころじゃなくなるという状況は考えられると思う。だから、その前に行動したいと思ったわけでひとり一分という枠はあるけど、バラバラなものがバラバラに存在しているCDというのは多様性のモデルとして可能なんじゃないかと。ただ結果的に出来たものを聴いてみるとある傾向というのが見えてきてそれは時代だなーと思いました」。
 「ただ、こういうCDでよくある集めて並べてプレスしただけみたいなのは絶対にやめようと。マスタリングも六十曲分全部行なって一枚で作品として聴けるものをつくるということは最初に考えました」。
 「もちろん多様性とか個人が失われるという危機感は、個々の問題としては失われるわけがないんだけど、自分の音楽がやりにくくなるような状況で音楽をやるのはいやだということをきちんと主張したいという生理的な欲求です」。
 これらの活動の全てが渋谷慶一郎の存在表明であることは、もちろん言うまでもないだろう。


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