デイヴィッド・シルヴィアン インタヴュー

『intoxicate』Vol.60(2006年2月)およびVol.61(2006年4月)

 デイヴィッド・シルヴィアンが生前の武満徹と交流があったという事実は少なからず知られていることだろう。シルヴィアンが最初のソロ・アルバム『ブリリアント・トゥリーズ』(一九八四)で武満の曲をサンプリングしていたのが、ある共通の友人を介して武満に伝わり、それをきっかけに九〇年に東京で行なわれたラッセル・ミルズとの展覧会においてこの二人は出会うことになった。後日、そのインスタレーションの音源は写真集とともにCD化され、武満はそこにコメントを寄せている。シルヴィアンは、武満の音楽に七〇年代の終わりころから親しんでおり、その音楽を「雅楽や和楽器とオーケストラの作品などは、英国に住んでいた僕にとってはとてもエキゾチックで新鮮に響いた。ドビュッシーの印象主義にも似た、情景が目に浮かんでくるような、とても魅力的な音楽だ」と言う。そして、ふたりはコラボレーションの機会を話しあうまでになった。
 「武満さんとはいつも会うたびになにかコラボレートしようという話をしていた。彼が作った曲に歌をいれてくれないかとか、ホーム・レコーディングした曲のテープを送るので参加してくれないかという話をしてくれていたんだけど、その曲をついに聴くことはできなかったし、具体的な形になったものもないんだ。もし、という話にしても、実際にはほんとうにコラボレーションが実現することはなかったし、それは難しかったと思う。何度も会っては話をしていたけれど、だから具体的な可能性や結果を想い描いたことはないんだ」。
 前作『ブレミッシュ』は、醒めたエモーションを凝縮したかのような、非常に静謐な印象を持った作品だった。
 「あの作品では混乱した精神状態、たとえば、怒り、悲しみ、憎しみ、といった多くの非常にネガティヴな感情を扱っている。ただ、そういう感情をそのまま感情的に表現するのではなく、それを抑制して均衡のとれた音響的環境を使って表現をしようと試みたんだ」。
 武満は、「私は沈黙と測りあえるほどに強い、一つの音に至りたい。私の小さな個性などが気にならないような。」と書いたが、この作品を聴いていると、音がないということが「静けさ」なのではない、ということを思わされる。感情の表出を押し殺したある種の「静けさ」。「音が無に等しい状態にたち還っていくという認識」と武満が言ったことをシルヴィアンは知っていたのか。
 「音というものは静寂から生まれて、静寂に帰っていく。言葉には出さなくても頭の中では思考がめぐっているように、やはり完全な沈黙というものは大変「まれ」なものだ。すべては振動しており、また、あらゆる創造はヴァイブレーションから生まれる」。
 それは、ジョン・ケージにインスピレーションを与えた映像作家オスカー・フィッシンガーが、「あらゆるものにはスピリットが宿っており、それを解放させるには振動を起こせばよい」と言ったことを思い出させた。


 ナイン・ホーセズは、シルヴィアンのツアーにも同行していたスティーヴ・ジャンセン、『ブレミッシュ』のリミックスに参加しているバーント・フリードマン、といった彼が信頼を置くミュージシャンたちによるプロジェクトである。
 「パーマネントな活動としては考えていないけれど、このアルバムは、これまで行なってきたものとは違う制作環境や制作方法によるプロセスをへて完成されている。たとえば、フリードマンとは一度も顔を合わせて一緒に演奏をしたことがなく、ファイルをやりとりすることで制作されている、というように二作目を作るにあたっても、ふたりのメンバーと話し合って今回とは違うやり方を試すかもしれない。いずれにしても、同じ状況が繰り返されることはないと思う。どうなるかは予想できないけれども、少なくとも今回だけで終わらせないで次へ展開させてみたい、長い時間をかけられるプロジェクトとして考えている」。
 前作『ブレミッシュ』が、実験性に貫かれたものだとすれば、この『スノー・ボーン・ソロウ』には、よりポップ・ミュージックに接近した、彼の初期のソロ作品を想起させるような仕上がりになっているのが興味深い。収録された曲は『ブレミッシュ』以前にジャンセンとともに作曲が始められていたが、それは前作の即興の要素を取り入れた実験的なアプローチを追究すべく中断されていた。そして、ツアー中にフリードマンと出会ったことでプロジェクトが再開されることになった。「もし彼と出会わなければ、このアルバムも完成していたかどうかわからない」という。
 これまでも、シルヴィアンのソロ作にはさまざまなゲスト・ミュージシャンが参加してきたが、彼はミュージシャンの特性を見抜き、作品が欲する音を正確に引き出すことにかけて驚くべきセンスを持っており、つねに彼の音楽を共に作り上げるべき最適任者と仕事をしてきたといえよう。ある曲は、さまざまな音楽家との相互作用によってあたかも化学反応を起こすように、最終的には彼の欲する音へと昇華し、オリジナルなサウンドに結晶しているように聴こえる。
 「今回はバーントから提供された素材をもとにしてアレンジを完成させていったりした。曲のアイデアが浮かんだ時点では、はっきりした完成形がイメージされているわけではないけれど、基本的な枠組みというものは作っておきながら、細部を決め込まずにスタジオの中で試行錯誤しながら作り上げていく」。
 「即興的に作品を作るということにおいて、一番大切なのは人選だ。自分のやりたいことを表現してくれるミュージシャンを経験的、直感的に見極めることが大事で、それさえ決まれば後は彼らの感覚や表現を信頼して録音していけばいいという状況ができるし、そうあるべきだと思う」。
 ソロとしては、今後も『ブレミッシュ』で試みた実験的な方向性を追究していきたいという。それは、また新たな音楽的達成を目指すものにちがいない。

ナイン・ホーセス『スノー・ボーン・ソロウ』(WHDエンタテインメント IECP-10002)二〇〇六年

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