カールステン・ニコライ オラフ・ベンダー  ラスターノートン インタヴュー

『STUDIO VOICE』 2009年3月号

フランク・ブレットシュナイダー、オラフ・ベンダー、カールステン・ニコライの3人が1996年にスタートしたふたつのレーベル。エレクトロニック・ミュージックに特化したraster musicと、そのサブ・レーベルとしてニコライの運営するサウンド・アートや実験的傾向の作品をリリースするためのnotonが、99年に合併したのが現在のラスターノートンである。

レーベルを立ち上げる以前の80年代後半、彼らが多大な影響を受けた音楽は、スロッビング・グリッスルやアインシュツルツェンデ・ノイバウテンなどの英国、旧西ドイツのノイズやニュー・ウェーヴのグループだった。それは、音楽的な素養や楽器の熟達とは関係なく音楽を作る方法を実践していたパンク以降のオルタナティヴ・ミュージックである。もちろん、それらは当時「西側の音楽」であり、情報が完全に統制されていた彼らには普通には聴くすべがなかったが、そうした音楽を聴く唯一のメディアは、西ドイツの実験的な音楽を放送するラジオ番組だった。彼らの住む街では、西ドイツからの電波を受信することができ、ラジオから音楽を録音するとカセット・テープにダビングして、アンダーグラウンドなものに興味を持つ仲間と情報交換をしていたという。そのカセット・テープのトレードのエピソードは、80年代のノイズ・ミュージックを支えていたのが、メール・アートによる流通だったということを思い出させるが、検閲される恐れがあるため郵便は使用できなかったそうだ。

このような、独自のやり方で音楽の制作や流通の方法を考え出さなければいけなかった、ある意味不自由な80年代後半という時代が、現在の彼らの活動の独自性を築いたともいえる。

「あの頃の自分たちの経験の重要性は後になって気付いた。音楽の作り方や、どのようなやり方をするか、どのようにディストリビューションしていくのか、ということまでも当時の経験から影響を受けているし、かつての、自分たちで集まって作った小さい集団で共同作業して、人とのつながりによって情報を得ていたやり方が基礎になっている」(ニコライ)

学生時代より16mmフィルムを使った実験映像を制作していたというベンダーは、88年に当時の東ドイツで活動するアンダーグラウンドのバンドに誘われ映像を担当するうち、自身も音楽へと関心を移していった。それまでメディアもマーケットもなかったに等しい旧東ドイツのアンダーグラウンド・シーンだが、89年にベルリンの壁が崩壊し、90年にドイツが再統一され、かつての西側の音楽やレーベルの方法などを知るようになった。彼らにとってドイツの再統一がもたらしたものは、楽器やコンピュータやCDが手に入りやすくなり、スタジオがなくても録音できるようになった、というように政治的な変化だけではない大きな変化だったという。そうして、音楽流通の仕事をしながら、コンピュータなどが安価になり、デザインも自分でできるようになったことから、ベンダー自身も音楽制作と、ファクトリーやミュートといった80年代に彼らが影響を受けた英国のインディーズ・レーベルにならった小さなサークルによるレーベルの設立のアイデアを得ることになる。

「当時はレコードは本当に貴重なものだったし、レコードを手に入れることが重要だった。だから、手で触って感じられるものを作品として残すことが重要だと思っているし、今後もそういうものはなくならないと思う」(ニコライ)

聴きたいものが手に入らないということが、自分自身で音楽やレーベルを作るきっかけとなった彼らにとって、音楽を届けるパッケージは重要な要素となっている。ラスターノートンのCDやアナログ盤は、パッケージのデザインの秀逸さもさることながら、ディスクそのものも音楽を包むパッケージであるかのように、細部まで意識された一貫したデザインがなされている。このような、音楽とデザインが不可分な関係を持つ、トータル・プロダクションとしての完成度の高さと独自性は、レーベルの個性として設立当初から際立つものであった。

「レーベルの初期には、デザインに一貫したコンセプトを与えていたけれど、今ではそれぞれのアーティストに自由度を与えている。レーベルにはビジネスの問題もある。もし、レーベルとしてのコンセプトを前面に打ち出したプロダクトを作るなら、特別なエディションを出すようなことを考えるだろうね」(ベンダー)

 かつて彼らが影響を受けたインディーズ・レーベルの多くが、当時の理想とした活動を継続しえていない中で彼らはどのように活動を展開していくのだろうか。

「特に「時代精神」のようなものを意識しているわけではないけれど、無意識に表れているのかもしれないし、自分ではよくわからない。音楽というものは何年も聴き続けられるものだと思う。自分のレーベルを「アーカイヴ」(音と非音のためのアーカイヴ)と名付けたのもそういうことなんです」(ニコライ)

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