コーネリアス インタヴュー Mellow Waves to Ripple Waves コーネリアスの現在

『intoxicate』Vol.135(2018年8月)

 近年のコーネリアスの活動で特に際立っているのは、展覧会におけるプレゼンテーションである。このところ、東京オペラシティアートギャラリーでの「谷川俊太郎展」、日本科学未来館での「デザインあ展」、21_21 DESIGN SIGHT での「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」など、断続的に発表されている。それは、マルチ・チャンネルのオーディオ・ヴィジュアル・インスタレーションだったり、コーネリアスの楽曲を複数の映像作家がヴィジュアライズするものだったり、展覧会の音楽ディレクターを務め、サウンド・デザインを行なったりなど、通常のCDのリスニングとは異なるプレゼンテーションが特徴だ。もともとコーネリアスは、CDの聴取体験にとどまらないさまざまな実験を行なってきた。映像とのシンクロやサラウンドミックスなど、コンサートやミュージックヴィデオにおいても、音楽制作に付随した先鋭的な試みによって高く評価されてきたアーティストである。

 コーネリアスは、昨年、11年ぶりとなるオリジナル・アルバム「Mellow Waves」の発表から、ツアーとともにさまざまなプロジェクトに精力的に取り組んでいる。オリジナル・アルバムということでは、たとえば11年という年月を待たねばならないのに対して、リスナーにとって、こうしたプロジェクトはコーネリアスから届けられるコーネリアスの活動におけるもうひとつの楽しみであるだろう。

 東京・六本木、21_21 DESIGN SIGHTで開催中(10月14日まで)の「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」は、ウェブ、インターフェース、映像の分野で先進的な表現を展開し続けている中村勇吾が展覧会ディレクターを務め、稲垣哲朗、梅田宏明、大西景太、折笠良、辻川幸一郎(GLASSLOFT)×バスキュール×北千住デザイン、勅使河原一雅、水尻自子、UCNV、ユーフラテス(石川将也)+阿部舜の8組のアーティストが、コーネリアスによる書き下ろし新曲《AUDIO ARCHITECTURE》をそれぞれ独自に解釈した映像作品を制作している。音楽を、「音色や音域、音量、リズムといった様々な要素によって緻密にデザインされた構造物(アーキテクチャ)」ととらえ、日常においてはあまり意識されることのない音楽の構造を見出そうとする試みである。

 「音のアーキテクチャ展」の会場構成は、冒頭のコーネリアスのライヴ演奏映像からはじまり、次の映像が壁面と床面のL字型をなす回廊状の広大な投影空間(Wonderwall 片山正通による)へと続く。その空間で9組+オムニバスの映像が次々に上映されるのだが、ひとつの楽曲を基軸として、展覧会のほかのすべての映像がそれに同期している。複数の映像作品は次々に繰り返し上映されるので、つまり、楽曲も同様に繰り返し再生されることになり、展覧会をすべて見終わった時には、都合10回以上立て続けに《AUDIO ARCHITECTURE》を聴き続けたことになる。新手の洗脳か、しかも、会場出口には《AUDIO ARCHITECTURE》の7インチが販売されているので、家でも何回でも聴くことができる。しかし、それは音を使った作品の展示における問題点を克服するためのひとつの方法であると感心させられるものでもあった。なによりもサウンド・アートの展覧会の問題とは別々な作品の音の干渉であり、展覧会場で各作品の音を完全に遮断することの困難であると言えるのだから。ゆえに、サウンド・アートの展覧会は、出品アーティスト同士のコラボレーションにならざるを得ない、というアーティストもいた。もちろん、音楽家がひとり、その楽曲をモチーフにした映像作品が多数ある、という構成の展覧会だからこそ可能になったものではあるだろう。映像は9人9様の解釈の仕方で表現されており、同じ楽曲を使用したものでありながら、すべてが異なる個性を持っていて、まったく飽きることがない。みな映像表現を行なうアーティストではあるが、MV、美術、アニメーション、グラフィック、広告、ダンス、インタラクション・デザイン、プログラミングなどそれぞれの基盤となっている領域が異なっているのが妙味となっているのだろう。

「それまで1曲で展覧会が持つわけないなと思って、けっこう不安だったんですよ(笑)。前日に内覧会があってそこで初めて(完成された展示を)見て、これなら全然大丈夫だと思った」

 《AUDIO ARCHITECTURE》では、中村勇吾が作詞を担当し、「Time / Space」「Sound / Silence」「Body / Soul」「Loud / Quiet」「Mellow / Sharp」といった、対になった単語の組み合わせが、コーネリアスの楽曲として違和感なく耳に入ってくる。

「あれは(楽曲提供を)頼まれたときに勇吾さんがコンセプトを説明してくれて、「AUDIO ARCHITECTURE」っていうタイトルはもらっていたんだけど、具体的に像を結べなかった、それで、キーワードをくださいって言っていくつかもらったものです。ああいう言葉の対比だったり、ほかにもいくつかキーワードをもらったんですけど、それを僕が楽曲に合わせて構成して歌詞にした感じなんです。対比の部分はもっとたくさん例があって、そのなかから僕が数とか歌いやすさとかを考えて構成していきました。勇吾さんも僕のやり方をわかっていたと思うし、それに合わせて使いやすいようにああいう感じで言葉をくれたんだと思います」

 最初の部屋で、コーネリアスのライヴ映像が大きく投影されているのとともに、ディスプレイでPro Toolsの画面が映されており、楽曲《AUDIO ARCHITECTURE》を構成する音の要素がトラックごとに波形として表示されていた。展覧会のタイトルどおり、コーネリアスの楽曲がさまざまな個々の音からなる構造体(アーキテクチャ)として意識させられる。現在の音楽制作では欠かせない存在にもなっているソフトウェアだが、最終的にミックスされた音源からは見えない音楽の設計図とも言える情報である。

「あれこそ構造体だから。でも普通の人は興味ないし、見ないよね。でも、ああいうのを見ると意外と細かいことがわかるんですよ。音楽がどういう風に作られてるかとか。このタイミングでこう音が出てるんだみたいな」

 Pro Toolsの画面では、時間軸にそって各トラックの音がどのように配置されているのかを視覚的に見ることができるし、全体としての音楽の構造を一望することもできる。それはいわば映像の原型でもあるだろうし、アーティストたちはそのタイムラインをどのように読み解いて映像に置き換えるのかを行なったとも言えるだろう。タイムラインのグリッドに整然と配置された音と沈黙のバランスがこれまでのコーネリアス・サウンドの特徴となっていたと言ってもよい。「Mellow Waves」では、そのグリッドをやめようとしたと言われていたが、今回は映像作品とのコラボレーションということもあってか、グリッドが強調されているように感じる。映像は共同作業ではなく、その表現はまったくアーティストたちに委ねられているという。「何が出てくるか全然わからない」という状態で、しかし、それぞれの解釈はどれも秀逸なものだ。特に楽曲の中から脱グリッドの要素を読みとった水尻自子の作品は気に入っているという。

「水尻(自子)さんのアニメーションは素晴らしかったですね。割とテクノっぽいオプティカルな感じのものになりがちなんだけど、あれが出てくるとちょっとホッとするっていうか。拾ってくるところがやわらかい音ばっかりなんです。お寿司とか。モチーフの選び方とかも(いい意味で)変態的で。あとダンサーの梅田(宏明)さんの作品は会場で観るとすごくいい」

 梅田宏明の作品では、楽曲とシンクロした光の線条が横長のスクリーンをすばやく横切り、投影空間を効果的に使用していた。床の投影面には観客が入ることができるので、そうした作品では映像と音の中に没入している感覚を得ることができる。その中で梅田のダンスが行なわれる時もある。また、楽曲の中の音の要素を視覚化する大西景太の作品や動画ファイルのソース・コードを壊して映像にエラーを生じさせるUCNVなど、映像表現はヴァラエティに富んでいる。

「今回みんなおもしろかったんですが、あのひたすら音を追う大西(景太)さん。あれは音の追い方が極めてる感じがしました。あれはすべての音を追っていると思います。UCNVさんは上を歩くとすごい酔うんですよね。ループしたり止まったりするから感覚がおかしくなります」

 昨今では、自作の理想的な聴取環境をインスタレーションに求める傾向がある。今回の展示では、サウンドシステム的にはシンプルなステレオだったが、生演奏や再生装置による擬似的な音響空間とは異なる、オリジナルな体験としてのサウンド・インスタレーションという形態にも関心を寄せている。

「今回の展示もライヴでもないしCDでもない、それらと違う音楽の発表の仕方として、坂本(龍一)さんのインスタレーション(設置音楽)がそうなように、たとえば新しいアルバムを発表して何週間かそこでインスタレーションとして体験できるとか、ライヴでもCDでもなくインスタレーションで作品を発表するみたいなかたちもおもしろいなって思いますね」

 そして、9月には「Mellow Waves」以降の音源を中心にコンパイルされたアルバム「Ripple Waves」が発表される。細野晴臣、坂本龍一をはじめ、ビーチ・フォッシルズ、80〜90年代にフェルトやデニムといったバンドで活動したローレンスらがそれぞれ「Mellow Waves」の収録曲を再解釈(リワーク)したトラック、Drakeのカヴァー、CDには未収録だった7インチシングルのB面曲、ライヴ演奏、そして、先にあげた「音のアーキテクチャ展」のために制作された《AUDIO ARCHITECTURE》などの未発表曲や新曲が収められている。当初は、アメリカのレーベルから「Mellow Waves」をSpotifyなどで宣伝するためのリミックスの依頼だった。

「ビーチ・フォッシルズがすごいよかった。この人たちはブルックリンの若いバンドなんだけど。ジャンルもめちゃくちゃで世代もめちゃくちゃで人種もめちゃくちゃな感じで、(リワークは)単純に僕が聴いて好きだった人、やってもらったらおもしろいかなっていう人にリクエストした感じですね。これが縁でビーチ・フォッシルズには去年会ったりしました。あと、フェルトっていうバンドをやってたローレンスが1曲やってくれてるんですけど、それはほんとに、全く違うものになってるよね。リワークのほかにちょいちょい録音してたものとか、テクニクスのオーディオテスト用の音源をもとにした「Audio Check」とか。「Mellow Waves」周辺で作っていたいろんな曲が溜まってきたんで1回まとめたいなと思って」

 10月から行なわれるツアーでは、ヴィジュアルとライトワークに加えてプラスの演出を考えてもいるという。前回演奏されなかった曲などを含む、「Mellow Waves」ツアーの集大成的なもので、ライヴハウスではなくホールでゆっくり体験できるものになる(観客の高年齢化に伴い?)。アルバムともども期待して待ちたい。


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