『NO NEW YORK』覚書

『NO WAVE——ジェームス・チャンスとポストNYパンク』エスクァイア・マガジン・ジャパン、2005年

 『NO NEW YORK』よりも先にコントーションズの『BUY』を聴いたような気がする。もちろんリアルタイムではない。フリクションのレックやチコ・ヒゲといった日本のミュージシャンがメンバーだったバンドということやブライアン・イーノのプロデュースということで、すでに伝説の一枚として僕の中で位置づけられていた『NO NEW YORK』は、しばらく手に入れることはできなかったが、『BUY』の方は一九八〇年代中頃、渋谷界隈の中古屋ではなぜか五〇〇円未満という値段で投げ売られていた。変テコなデザインのビキニを着たサングラスの女性の写真に、バンド名よりも大きく「買え(BUY)」という文字があしらわれたどこか胡散臭いそのジャケットを裏返すと、ライヴの写真がある。テディ・ボーイよろしく挑発的なガンをとばすジェームズ・チャンスが、いまにも殴りかからんとするような形相の客と睨み合っている。『NO NEW YORK』の裏ジャケには、ひと癖もふた癖もありそうな顔がずらりと並んでいるが、すでに何人かはこの世にいないらしい。その中に、顔に青アザをつくってふてくされたような表情で、少年のような面影を残したジェームス・チャンスのポートレイトが載っている。まるで事の前後のようなこのふたつの写真は、すでにパンク伝説を形成するのに十分な逸話を物語っている。とはいえ、同じニューヨーク・パンクでも、パティ・スミスやテレヴィジョンがもっていたロックへの憧憬とか文学臭さは微塵もなく、ひたすらそんなロマンチシズムが居座る余地を作らない、渇ききった衝動が音として充填されている。そんな『NO NEW YORK』の中でも一番音楽的にまとまっているのがコントーションズではないかと思う。性急なビートを鋭く斬るジョディ・ハリスのギター、あっちへこっちへと滑り落ちていくパット・プレイスのスライド・ギター、それをぬってチャンスは叫び、フリーにサックスを吹きまくる。

 プロデューサーのブライアン・イーノは、『非—音楽家のための音楽』という本を著わしているが、それを地でいくかのような四つのバンド。当時、「ろくに楽器も弾けない素人」の雑音同然の音楽といったような伝説が蔓延していたが、実際にはチャンスは音大だかを出ているらしいし、ジョディ・ハリスにしてもギターは上手い、確かにDNAをはじめ、何人かは楽器を弾いた経験がなかったかもしれないが、楽器の全然弾けない奴にこんなめちゃくちゃな演奏はできない。その意味ではハーフ・ジャパニーズの一作目の方が衝撃度は高かった。つまり問題は演奏技能のあるなしなのではない。ここに聴かれる音からはむしろ、自分たちだけの音楽を作る、という強靭な意志のようなものを感じることができるし、ジェームズ・チャンス、マーク・カニングハム、アート・リンゼイ、モリ・イクエといった、現在まで独自の音楽を作り続ける音楽家たちがそれを証明している。

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