見出し画像

Alva Noto 『UNIEQAV』

Alva Noto 『UNIEQAV』ライナーノート p*dis 2018年
*先日行なわれたアートフェア、Tokyo Gendaiで関係者招待パフォーマンスを行なったAlva Notoことカールステン・ニコライですが、演奏にはこのアルバムからの曲が多く取り上げられていました。アルバムは現在レーベル品切れ中、再プレス予定なしということで、許可を得て国内盤ライナーをこちらに再載します。

アルヴァ・ノトことカールステン・ニコライは、現代美術からクラブシーンにいたるまで、その多角的な活動を精力的に展開し、日本でも幅広い観客層からの支持を得ているアーティストだ。クラブ・ミュージック、エクスペリメンタル・ミュージック、ヴィジュアル・アート、サウンド・アート、パブリック・アート、プロダクト・デザインなど、彼の活動領域は多岐にわたるが、そのどれにもカールステン・ニコライとしての透徹した美意識がみとめられる。そうした、ひとりのアーティストが持つ複数のタレントを、個別の表現としてとらえるのではなく、ジャンルを超えて複数の表現手法がひとつの総合的な表現として昇華しているのが彼の特殊性だと言ってもいい。たとえば、ミュージシャンによるオーディオ・ヴィジュアル・インスタレーションでも、映像、音響、設計、プログラムなど、作品を構成する各要素は、アーティストやプログラマーあるいはデザイナーとのコラボレーションによって実現され、ひとりのアーティストによる表現というよりは、各専門領域との共同作業的なリアライゼーションによっていることが多い。もちろん、ニコライについても、かつて彼が「コラボレーションは私にとって自分自身を広げることができる非常に興味深いもの」と述べているように、彼にとって共同作業は作品制作における重要な要素でもある。この場合、コラボレーションというのは複数のアーティストとの共作を意味し、作品の完成形にも共同制作者それぞれのアイデンティティが表れるものになる。しかし、ニコライ個人の名義の場合には、複数のスタッフによる制作のプロセスを、最終的に彼の美意識に収斂させていき、いわゆる分業制とは異なる完成へと導くのが特徴だろう。それは彼が展覧会のコンテクストにもとづいてある既製品を選んで出品する、といったレディメイド的な発想の作品でさえ、ニコライの制作物であるように見せてしまう、彼のディレクション能力の賜物なのだ。

今年(2018年)は、ニコライが初めて日本を訪れてから20年になるが、その間に彼は日本と非常に縁の深いアーティストとなった。池田亮司、坂本龍一(どちらも拠点は国外だけれど)、あるいは若手のアーティストなどとのコラボレーションやリリースをはじめ、展覧会、ライヴ・パフォーマンス、レーベルのパッケージツアー、委嘱作品の設置、講演など、彼はほぼ毎年と言っていいくらいの頻度で日本にやってくるようになっている。そして、2008年にリリースされた『UNITXT』からはじまる「Uniシリーズ」も、2006年と2007年に東京のクラブ「UNIT」でパフォーマンスを行なう際に、その会場の環境に応じたサウンドを作ることをきっかけに制作が始まったものであるというように、ここにも日本との縁が関係している。クラブでのパフォーマンスを前提に制作されたという由来からもうかがえるように、このシリーズはアルヴァ・ノトの近年の作品でも、よりダンスフロアを志向したリズムオリエンテッドな傾向を持っている。

本作『UNIEQAV』は、『UNITXT』に続いて3年のインターヴァルをへて2011年にリリースされた『UNIVRS』から、さらに7年をへてリリースされた、「Uniシリーズ」3部作の完結編ともなる作品である。アルヴァ・ノトのいくつかのプロジェクトでは、3枚を一組として展開されることが多い。『transrapid』『transspray』『transvision』の連作や「Uniシリーズ」と平行して取り組まれたシリーズ『XERROX』もまた三部作であった。これらは、パッケージやデザインもまた3枚が一組、あるいは3枚が繋がることでひとつの意匠となっており、今回もシリーズ3枚が繋がると「UNI」の文字があらわれる。これもまた、音楽というものをアーティストのコンセプトが行き渡ったトータルなプロダクトとしてパッケージするという彼の志向が表れたものだろう。Byetoneことオラフ・ベンダーとフランク・ブレットシュナイダーとともに設立したレーベル、raster-notonは、そうした音楽パッケージのあり方を刷新するプロダクションによって多くの支持者を集めてもいる。 

ここで、この作品がリリースされているレーベルがNOTONであることに簡単にふれておこう。もともとnotonはカールステン・ニコライの当時の音楽活動名であるnoto(現在ではアルヴァ・ノト)の作品をリリースするために1994年に設立された個人レーベルであった。実際には1996年に作品『spin』のリリースによって活動が開始され、同年にはベンダーとブレットシュナイダーのレーベルrastermusicとのコラボレーションが始まった。このふたつのレーベルの連携活動をへて、1999年にはレーベルを統合し、raster-notonとなる。raster-noton. archiv für ton und nichttonというレーベルコンセプトは、楽音—非楽音、音—非音、聴こえるもの—聴こえないもの、など彼らの音をめぐる思考が端的に表わされたものだろう。このレーベルは、当初から自身の作品以外のリリースを積極的に行ない、新しいアーティストを紹介し、レーベルを超えた、レーベル間のアーティストの交流や、90年代後半の実験電子音楽シーンの形成にも大きな影響力を持つものだった。そこから、多くのアーティストを擁し、多くのリリースアイテムを持つ、2000年代以降のシーンを牽引するレーベルとしてのポジションを確立していった。そして2017年に、両者はふたたび独立したレーベルとなり、NOTONとraster-mediaとして活動することになり、NOTONではニコライのソロおよびコラボレーション作品をリリースして行くことになった。 

ニコライの活動としては、2011年以降には、2012年にByetoneとのプロジェクト、ダイアモンド・ヴァージョンを開始し、蛍光灯音具であるオプトロン奏者の伊東篤宏をゲストにしたライヴ活動も積極的に展開、2015年には『XERROX』の三作目をリリースしている。レーベル活動以外にも、2015年には、渋谷西武百貨店のエントランスに、曲面LEDパネルを組み込んだディスプレイ化した4本の柱に、人の動きや、気温、月の満ち欠けのデータ情報を視覚化し、色彩のストライプが描き出す《chroma actor》を制作。2016年には、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督による映画『レヴェナント: 蘇えりし者』で、坂本龍一とともに音楽を制作、ゴールデングローブ賞作曲賞にノミネートされるなど、これまで以上に多忙を極めている。 

そして、『UNIEQAV』について。『XERROX』では、「複製」をコンセプトとしていたが、「Uniシリーズ」は「変換」というコンセプトを持っている。『UNITXT』は、テキスト、画像、ベクター・データなどの各種フォーマットとしてのコード(文字列)を、オーディオ・データに変換することで、それらのデータを統べる単一のフォーマットとしてのサウンド、ノイズを提示するものだった。そこから『UNIVRS』では、フランスの音響詩人アン=ジェイムス・シャトンをフィーチャーし、アルファベット3文字からなる略語をさまざまなロゴデザインなどととともにオーディオ・ヴィジュアル化した、「Uni-Acronym」などに顕著な、アルファベットという、話し言葉から意味と音を分離し、その音に純粋に視覚的な記号を与えたものを、均質的で普遍的なコードとしてとらえた。

ニコライは本作について、前2作のコンセプトを継承発展させたものであり、また「音響的に潜水(underwater dive)を表現した」ものだという。近年、立体音響デザインと音響空間の構築に関心を持っているというニコライだが、タイトル『UNIEQAV』が「uni equalized audio visual」であるということ考えると、オーディオとヴィジュアルとを等価に扱うことで視覚的な音響空間の構築を意図していることがうかがえる。先のアン=ジェイムス・シャトンが前二作に続いて参加し、DNA分子を構成するアミノ酸の情報を朗唱する。制作プロセスは、これまでと逆でシャトンはサウンドに合わせてヴォーカル・トラックを制作しているという。音的には、よりハードではあるけれど、どこかクラフトワーク的な、端的に「テクノ」を彷彿とさせる音色は、どこかドイツの伝統を感じさせもする。

ニコライの科学および技術的な関心は、数学、データ、単位システム、コード、テキスト、自然、などの知見を、彼の音楽、美術制作のためのインスピレーションとして用いることで、独自の芸術概念を生み出そうとする。『UNIEQAV』とは、まさに冒頭に挙げた彼の表現における特殊性の謂であるとともに、そうした総合的な表現への探求を示すものであると言えるだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?