ジョナサン・ストックハマー(アンサンブル・モデルン コンダクター)インタヴュー

『musée』Vol.47(2004年1月)

 フランクフルトを拠点に活動するアンサンブル・モデルンは、これまでにジョン・ケージ、スティーヴ・ライヒ、さらにはコンロン・ナンカロウといった現代音楽作曲家の作品を演奏するだけではなく、ハイナー・ゲッベルスやフレッド・フリスといった音楽家との意欲的なコラボレーションを行なっている。そのなかでもフランク・ザッパによる『ザ・イエロー・シャーク』(一九九二)は最も知られたものだろう。
 先頃リリースされた『グレッガリー・ペッカリー』は、アンサンブル・モデルン演奏によるフランク・ザッパ作品としては、前述の『ザ・イエロー・シャーク』、そしてその演奏前の練習曲で構成された『エヴリシング・イズ・ヒーリング・ナイスリー』に続く三枚目の作品になる。前二作がザッパの存命中に演奏されたものであったのに対して、本作はザッパ没後十周年を記念してリリースされたものであり、当然そこにはザッパの不在が大きく横たわっている。しかしながら、表題曲である《グレッガリー・ペッカリーの冒険》はザッパの生前からその構想がなされており、九八年にアンサンブル・モデルンが来日した際のインタヴューにおいても、それがザッパの生前に提示された音楽的素材をもとにしていると語られている。また、ザッパが書き残したもので、演奏されたことがない作品や断片などを演奏する計画があるということも語られており、そうした一連の計画の一部が、このたびこうしてお目見えしたというわけだ。
 「ロックしましょう」という、ライナー・ノートに記されたゲイル・ザッパのこの言葉が、このCD全体の雰囲気を表わしている。ここでは元々ロック・バンドの編成で録音された曲だけではなく、シンクラヴィアのために書かれた曲も演奏されているが、CDを一聴するにまず驚かされるのはその流麗かつ躍動感のあるアレンジと演奏だろう。それは、ザッパってこんなんだったっけ? と思わされるほどその印象を新たにされてしまったものもある。まるで、清々しささえ感じさせる、爽快で、ノリの良い作品へと転生したかのようだ。
 「ある曲はロック的だけど、まったくロック的じゃない曲もある。また、シンクラヴィアのために作曲されたものでも、テクノ・プログレッシヴ・ロックとでもいうようなフィーリングがあったりする。たしかにザッパのジェスチャーは非常にロック的だったと思うけれど、彼の音楽はほかにも、ジャズやスイングとか、いろいろなものがあって分類することが非常に難しい。でも《グレッガリー〜》はいわばオペラのようなものだけど、いわゆるロック・オペラではないよね」。
 かつてはロック・バンドでギターを演奏していた経歴を持つというジョナサン・ストックハマーは、ザッパと同じ誕生日を持つ、今作のコンダクターである。
 「残念ながらロック・バンドでは成功することはできなかったけど(笑)。もちろん僕が最初に習得した音楽はロックン・ロールだ。ザッパは知っていたけれど、よく聞いたのはこのプロジェクトが始まってからだね。パリでこの演奏をした時なんか、ステージでシルクの上着を脱いでオーケストラに向かって投げたり、指揮棒でベース・ソロを弾くまねをしたりしたよ。そういう部分は(ロックからの)影響があるかもしれないね」。
 そうした流麗で、爽快、ノリの良い、ある意味ロック的なアレンジは、もちろん、ザッパのオリジナル作品に聞かれる雰囲気とは幾分趣を異にするものだ。本作におけるアレンジは、ザッパの作品を破綻なくまとめたものとなっていることは確かだ。とはいえ、その演奏もさることながら、選曲もベスト・アルバム的なものになっているのが特徴で、「難解」としていままでザッパの音楽を敬遠してきた人々にとっても、最適な入門編となることは間違いないだろう。そこに不満のあるリスナーもいるのかもしれない。しかし、ここでそうしたオリジナルとの比較を行なうことは無粋というものだろう。たしかにザッパの作品に聴かれる、ある種の人工的な質感は非常に独特なものである。ギターの音色ひとつとってもそれは十分に理解されるはずだ。しかし、それはスタジオ技術を駆使した録音作品の特徴であるし、だからこそ、その反面、そうした人工的かつ電気的な質感とは対極にあるオーケストラのための、あるいはそれを導入した作品(『オーケストラル・フェイヴァリッツ』など)におけるオーケストレーションを聞くと、また違う印象を与えられるものとなっていたことも確かだ。たとえば、ザッパ自身が編曲を行なった、ジャン=リュック・ポンティの『キング・コング』(一九七〇)ではザッパ、イアン・アンダーウッド、ジョージ・デュークが演奏に参加し、緩やかな、ある意味で聴きやすい、いわゆるジャズ・ロック風の演奏を繰り広げていることを思い出してみよう(そこに収録されている《電気ヴァイオリンと低予算編成管弦楽団のための音楽》は、アルバム『スタジオ・タン』でギター用に編曲され、さらにその改訂版が本作で演奏されている)。
 「多くの曲はオリジナルにほぼ忠実にアレンジされていると思うけれど、《身体にモーターを取りつけな》ではオリジナルより興味深いものになったと思う。オリジナルはシンクラヴィアで正確に演奏されているけれど、こちらは生身の演奏者の演奏によってもっと複雑なものになっているね。また、《グレッガリー〜》では、サウンドはオリジナルに非常に似ていると思うけれど、ストーリーをショウとして見せるということによってもっと面白くなったと思うよ。もちろんオーディエンスには多くのザッパ・ファンがいて、わたしたちにザッパにより近い演奏を要求しているのは分かっているよ。というのは、それがもうライヴでは聴けないものだからね」。
 残念なことに本作は、ザッパのディスコグラフィに名を連ねるものにはならなかったという。このCDに冠された「アンサンブル・モデルンの演奏するフランク・ザッパ」(注=原題”ENSEMBLE MODERN PLAYS FRANK ZAPPA”)が端的に表わしているものとは、それがザッパの承認を得るすべが永遠に失われている、ということである。

アンサンブル・モデルン・プレイズ・フランク・ザッパ『グレッガリー・ペッカリー』BMGジャパン BVCC31075、二〇〇三年

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畠中実による文章の練習です。プロフィールはベルリンにデヴィッド・ボウイの住んでいた家をたずねたクマです。 *おもにタワーレコードのフリーマガジン『intoxicate』が『musée』だったころの2001年から書いた原稿を順番にあげてます。ほかにも原稿をあげていく予定です。
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