ダンス・音楽・映像がつくりだす強度——ローザス『ファーズ』

『musée』Vol.40(2002年11月)

 ミニマル・ミュージックを代表する作曲家のひとりであるスティーヴ・ライヒは、「漸次的位相変位プロセス」というシステムによって、自身のミニマル・ミュージックを確立した。それは、「緩やかに変化していくプロセスとしての音楽」であり、ミニマル・ミュージックにおける特徴的なふたつの要素、「反復」と「持続」のうちに、複数のフレーズの間に起こる微妙な作為的「ズレ」が、その楽曲の構造となっている。それは、同時代の美術の動向、ミニマル・アートとも深い関係を持っており、たとえば、制作の過程をシステマティックに構築することなどに共通している。あるいは、永遠に続くかのような最小単位のフレーズの反復は、作曲における作為を最小限にとどめ、かつ最大限の音楽的効果を引き出そうとするもので、同時代のミニマル・アートが持っていた、連続による永遠の表現などのように、「ミニマル」というコンセプトは、音楽、美術の間に共通する構造を持ったものであった。
 ローザスは、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルとミシェル・アンヌ・ドゥ・メイをふくむ女性ダンサー四人によって一九八三年に結成された。その前年に創作された『ファーズ』は、ローザス誕生の契機となった作品であり、その音楽と同様に、シンプルな構成と構造を持っている。ふたりもしくはソロによるものであることと、選ばれたスティーヴ・ライヒの初期作品は、その構造をより明確なものにしている。作品は、《ピアノ・フェイズ》《カム・アウト》《ヴァイオリン・フェイズ》《クラッピング・ミュージック》に振付けた、独立した四つのパートからなる。ダンサーは、ドゥ・ケースマイケルとドゥ・メイのふたりで、《ヴァイオリン・フェイズ》のみ、ドゥ・ケースマイケルのソロとなっている。
 その映像作品である、ティエリー・ドゥ・メイによる、『ファーズ・ザ・フィルム』は、いわゆる公演の記録ではなく、それ自体が独立したひとつの映像作品だ。ダンスと音楽と映像の三者は、それぞれに構造化されており、かつ、互いにその構造を顕在化するように構築されている。《ピアノ・フェイズ》において印象的な、ふたりが踊る背後の壁に、ずれながら二重に映し出されるふたつの影は、音楽とダンスの構造を的確に表わしている。ふたりのダンサーが、シンクロしながら、ときに微妙なズレを生み出すとき、ふたつの重なりあった影は、近付き、離れ、コントラストの層をつくり出す。また、カメラの寄りに応じて、踊るふたりの息づかいや、衣擦れの音などが前景化することや、撮影されたそれぞれのロケーションによる空間的な構造の提示など、映像の手法とミニマルなダンスと音楽が総合され、マキシマムの強度が生みだされている。しかも、そこには、非イリュージョン的な還元主義ではなく、むしろ自由な個の出現が許されている。時折、踊るふたりの目があい、ふと笑みを浮かべる、そんなカットによってそれは確認することができる。
 このローザスの原点ともいえる記念碑的作品の公演において、その構造の強度は確認されることになるだろう。

ローザス二十周年記念公演「ファーズ」二〇〇二年十二月十三日—十五日、彩の国さいたま芸術劇場大ホール

DVD『ローザス/ファーズ ザ・フィルム』(ダゲレオ出版、DAD02005)

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