10年後のフェノバーグ

フェノバーグ『マジック&リターン』(P-Vine)ライナーノート 2009年6月

*文中にもあるように、フェノバーグの1stと2ndをカップリングしたCDのライナーノートです。CDの方は現在廃盤のようなので、こちらに掲載してみます。

フェノバーグとは、言わずと知れた、クリスチャン・フェネス/ジム・ルーク/ピーター・レーバーグの3人によるユニットである。今はもうずいぶんと昔のことになるが、彼らは10年前の1999年1月に来日し、東京・初台のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で公演を行なっている。今このCDを手にされている方々のうち、どのくらいの人がそれをご覧になっていただろうか。ピタ、ジェネラル・マジック、フェネス、ファーマーズ・マニュアルといった、ウィーンを拠点にする新興レーベル、メゴのアーティスト総勢9人による10のユニットと、池田亮司、メルツバウ、filamentといった日本のゲスト・アーティスト、およびズビグニエフ・カルコフスキー、ジム・オルークといったゲストたちによるショーケース「mego@ICC」(出演者などの詳細は、ICCのHPを参照のことhttp://www.ntticc.or.jp/Archive/1999/Mego/index_j.html)は、シンポジウム1日を含む4日間にわたるイヴェントとなった。来日した9人のうちラッセル・ハズウェル以外はみな初来日、もちろん国内盤などあるわけもない、そんなまだ知る人ぞ知るレーベルが4日間のイヴェントを行ない、それが連日多くの観客によって客席が埋められたというのも驚くべきことだったかもしれない。フェノバーグの出演は、まだ日本に住んでいなかったジムが、同時期に来日公演のために東京に滞在していたために決定されたものだったが、それはある意味でメイン・アクトを超えて、このイヴェントの「売り」のひとつとなっていたともいえよう。

フェノバーグの3人の個々の活動に関しては、別稿を参照していただくとして、今にしてみればそれはなんとスーパー・グループの様相を呈していることだろうか。スーパー・グループやスーパー・セッションといえば「企画モノ」という言葉が思い出される。もちろん、彼らは所謂「企画モノ」セッションとは、その成り立ちも、質も異なるものだろうが、しかしそれはテンポラリーかつ、単発的なものであるという印象を持っていたところに、先の来日公演からほどなくして、その時のICCでのライヴ録音を音源としてエディットを施されたトラックを2曲収録した(CD1:Tr1、6)、ファースト・アルバム「THE MAGIC SOUND OF FENNO’BERG」がリリースされたのだった。彼らのサウンドを特徴づける、聴きなじみのあるサンプリング・ソースが頻出しながら、どこかLAFMSの諸作品に通じるような雑多な音源が、めくるめく展開する変幻自在なサウンド・コラージュをして「マジック・サウンド」とはなんとも言い得て妙ではある。それは、メゴにまつわる「ラップトップ・コンピュータしか使用しない」「奇形的な電子音響」などといった形容と結びつきながら、それがあるスタイルを示唆し、次なる動向を用意しもした、という意味でとりあえず本質をついた言葉のようにも響く。それは、まじめなのかふざけているのかもよく判らない、そのサウンドとともに、ソフトウェアをベースにした、ラップトップ・ミュージックに対するどこかアイロニカルな態度と受け取ることもできるかもしれない。もちろん、この「マジック・サウンド」には、かつての「エキゾチック・サウンド」のような、どこかアナクロな雰囲気を感じなくもないし、2作目のタイトルが「THE RETURN OF」であることを思えば、それはたとえばポピュラー音楽におけるアルバム・タイトルの付け方のパロディなのだろうが、そんなユーモアを感じることができるのも彼らならではであろう。

しかし、そのサウンドやアティテュード同様に変わっているのはなんといっても彼らの演奏スタイルである。当時のラップトップ・ミュージックに対する否定的な意見の多くは、「実際に演奏しているのかわからない」「身体的な要素が欠如している」といったものだったと思うが、ステージ上での彼らの振る舞いは、まるでそれを逆手に取ったかのような、ある意味人を食ったものであった。それは、まずテーブルの中央に大きな灰皿を置き、そしてそれぞれが缶ビールを片手にラップトップをなにやら神妙な表情で操作しながら、次々とタバコに火をつけていく。そして、ライヴのあいだに灰皿には吸い殻の山ができあがっていくのだという。残念ながらICCでは消防法の問題もあり、それは実現しなかったが、しかし、その雰囲気は十分に堪能することができた。横一列にテーブルについた3人が(それは用意されたテーブルが少し小さかったということかもしれないが)、身を近づけて無愛想にただラップトップと対面し、なんとも奇怪なサウンドを出し続けているのは一種異様な光景であり、それは何をやっているのか、演奏しているのか、演奏しているのだとしてやる気があるのか、演奏上のコミュニケーションはあるのか判然としない、一見それはただステージでネットでも見ていると言われれば頷けてしまうかのような、一般的に言う演奏行為とはかけ離れたものだったことが新鮮な驚きであったことが懐かしい。

初来日から10年後、そのようなライヴ演奏を録りため、編集し、これまでに発表してきた先にあげた2枚のアルバムが2枚組にまとめられ、装いも新たにデラックス・エディションとしてリイシューされる。はたして、その真意は10年目の回顧ということなのか。99年以来、おそらくここ日本でも多くのフォロワーを生んだであろうメゴの、ある意味では「隠し球」的な、しかし、今から見ればスーパー・グループであるフェノバーグとは何者だったのか、いまこそ再確認されたい。

先日、コンサートのために来日したフェネスから、フェノバーグの新作の「録音」がこの9月に開始されるという話を聞いた。しかも、それは東京で、さらにはスタジオで制作されるのだという。これまでの彼らのCDは、基本的にライヴ録音の素材を編集するという方法で制作されている。それはウィーンとシカゴ、ニューヨークといった、ジムの住む街の二都市間をファイルのやりとりによって完成されたものだった。今回は、それをスタジオで制作しようというのだが、しかし彼らのことだから、それもまた編集して・・・。とにかく期待して待とう。なにしろ、ロックの3枚目のアルバムというのは、実験作や意欲作や隠れた名盤が多い・・・、ような気がするから。

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