一糸乱れず宗教団体「解散」にひた走る一大奇観 新聞エンマ帖
★「うっかり八兵衛」化する新聞
政権とはあっけないものだ。トラス英首相が10月20日、史上最短の在任40日余りで辞任を表明した。退陣後も保守党の分裂状況や英国経済の混迷ぶりは深刻だという。日本の外報記事を読んでいても、魂の冷える思いがする。
というのも、この10月の岸田文雄政権を巡る政局記事を読む限り、追い込み方はもはや、最末期の政権に対するものとしか思えないからだ。特に旧統一教会問題では、左右共に政権を責め立てる。
読売は18日の社説で「旧統一教会調査 政府一体の取り組みが必要だ」と題し、各省庁が連携する体制作りを求めた。産経も19日の社説で、解散命令請求に対し結論を出す期限を明言しない首相を批判した。それでも両紙には政権の立て直しを求める姿勢もにじんでいたが、さらに追い込みをかけたのは、朝日と毎日だ。
朝日は20日朝刊で、旧統一教会が昨年来の衆参選挙で自民党の国会議員に対して事実上の「政策協定」にあたる文書への署名を求めていたことを特報し、翌日の社説では「自民党と教団『政策協定』全員調査を」と畳み掛けた。
こうなると弱り目に祟り目で、政権はまた下手を打つ。解散命令が請求できる要件に民法の不法行為は「入らない」とした国会答弁を首相が一晩で「入りうる」に替えてしまったのだ。朝日は21日の社説を「迷走はどうしたことか」との攻め口で始め、「変更後の見解は妥当」としつつも「本気で向き合う覚悟が疑われる」と断じた。毎日も、20日の「旧統一教会の国会審議 本気度疑われる首相答弁」に続いて、22日の「教団側との『政策協定』 自民は徹底的に再調査を」との社説を乱打し、もって朝毎の共同戦線が完成された形だ。
むろん一番悪いのは、岸田政権だろう。国葬から旧統一教会への調査まで、柄にもなく断行を気取っては根回しや詰めの不足が露呈する。黄門様はむろんのこと、仁王立ちする助さん格さんも政権にはおらず、岸田首相一人がまるで「うっかり八兵衛」のようだ。
だからといって、マスコミが一糸乱れずに宗教団体の「解散」へとひた走る様は、一大奇観ではある。実態解明と被害救済が急務なのは論をまたないが、定められた手続きをこなす必要も当然ある。
政権が倒れるとして、代わりはいるのか。自民党の首相候補や野党政権に期待していいのか。物価高や円安を解決できる政策を準備しているのか。その詰めが甘く、それこそ英国の二の舞になれば元も子もない。新聞までもがうっかり八兵衛になっては笑い話にもならない。
★予算委の報道は「実況中継」
国会の予算委員会の原稿執筆を、野球のそれに例えてみる。現在進行中の質疑を見ながら書く夕刊は目の前で起こっているプレーを瞬時に判断しなければならない実況中継・解説であり、質疑終了後の取材も踏まえて書く朝刊は、投球や打撃の裏にある狙いや監督の采配の意図を交えたスポーツ面のハイライト記事だ。
10月19日の参院予算委で繰り広げられた岸田文雄首相の答弁で考えてみたい。宗教法人法に基づく旧統一教会への解散命令請求の要件について、首相は「民法の不法行為も入りうる」と答弁した。前日の18日には「入らない」と強調していたのに、である。これをどうみるか。夕刊はきれいに二つに分かれた。
「解釈を変更した」と判断したのは、朝日と読売。一方、日経は「答弁を変更」と見出しで取り、毎日は本文中で「1日で答弁を変更した」と書いた。
解釈変更は、政府にとって極めて重い判断。安倍政権が集団的自衛権の一部行使に踏み切ったことは、戦後一貫して政府が「使えない」との答弁を繰り返してきた事実を踏まえると、明らかに解釈の変更だった。では、今回はどうか。司法の判断は出ていたが、集団的自衛権のような固まった政府解釈は従来なかった。首相が語ったように官邸や法務省、文化庁など政府内でバラバラだった法解釈を「整理した」に過ぎないのが実情だろう。
こうした事情がはっきりしない中、瞬時の判断が問われる夕刊では、まずは答弁の「修正」や「変更」という客観的事実にとどめるべきであり、日経と毎日に軍配を上げるしかない。
朝刊を見てみよう。朝日は20日の1面の見出しは「1日で答弁変更」。夕刊で「解釈変更」とした判断を修正したのだろう。ただ、夕刊との整合性を意識してか、本文では「法解釈を変更」。一方、読売は朝刊でも「解釈変更」を維持。官僚的な無謬主義が透けてみえる。
他方、日経は「答弁修正」、毎日は「答弁一転」とし、夕刊と同じ判断。両紙は「なぜ、答弁が変わったのか」についても、朝日や読売より丁寧に記している。日経は18日の衆院予算委後、官邸が関係省庁で協議するよう指示し、「文化庁との事前の擦り合わせが不十分だったのが原因」とする政府高官のコメントを載せた。毎日はさらに詳細で、官邸が関係省庁と協議した背景には、18日の首相答弁に危機感を抱いた自民党議員が「訂正しないとまずい」と首相側近に進言した事実があると明らかにしている。
夕刊でも朝刊でも、日経、毎日の圧勝。部数はツートップの読売・朝日だが、部数には表れない力の差が出たか。
★データジャーナリズムの陥穽
秋の新聞週間を受けて、各紙一斉に特集記事を掲載し、報道の使命を再確認し、自社記事の優位性をアピールした。
ここから先は
文藝春秋digital
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…