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先崎学 棋士のピラミッド

文・先崎学(棋士)

里見香奈の挑戦が始まっている。8月18日の徳田拳士4段との対局を皮切りに、月1局、棋士編入試験を行う。5戦して3勝すれば「男性棋士と同じ」棋士となる。

里見は現役の「女流」棋士である。将棋界は名人竜王を頂点とするピラミッド社会だが、もうひとつ女流棋界というピラミッドがあるのだ。

今回、里見が目指す「棋士」のピラミッドに女性で入ったものはいない。そのことを誤解した人から「将棋界は女性に厳しい」、果ては「差別がある」ということばを過去に何度もらったか。だが、これは違う。なぜなら棋士のピラミッドに挑戦する権利は、女性にもあるからだ。

棋士と女流棋士は、立場は違うが、内側から見ればお互い「仲間」である。一生懸命将棋を指し、ファンに向けてテレビやイベントなどでサービスをする。男性ファンが圧倒的に多いこの世界において、彼女たちは実に真面目に、そしてけなげに対局以外の仕事をこなしている。女流棋士は、自分の役割を心得て、ファンと触れ合う場所ではサービス業のプロとして頑張っている。

さて、なぜ女性は今まで男のピラミッドのなかに入れなかったのか、なぜ歴史上棋士はすべて男性という、いびつな状態になったのか——。

昔は、性差によるものだ、という言論が当たり前で、世の中の保守本流であった。私がこの世界に入った40年前は、「女は頭が悪い、だから将棋には向かない」という声が巷では多く聞かれたのである。そうした野蛮な声は少しずつ減り、パタンと聞かれなくなった。

女性が棋士になれなかった理由は単純である。分母の数が少ないからだ。

今、実際に将棋を指す女性ファンは何割ぐらいいるのだろう。指さないが棋士のファンという人ではなく、人と対局するファンの数は……。

調べようもないが、おそらく20人に1人ぐらいではないか。あるいはもっと少ないかもしれない。

40年前はもっと女性ファンは少なかった。今の100分の1だった、とあえて書こう。そんな状態で専門家の世界において女性が活躍するというのは、どだい無理な話である。

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