解説「FBI長官からの警告」日本企業の経営者への警鐘でもある 布施哲
文・布施哲(前テレビ朝日ワシントン支局長)
「優先すべきは中国」とメッセージ
FBIは法執行機関、つまり刑事捜査を担う捜査機関だが、その一方でカウンターインテリジェンスと呼ばれる防諜、つまり外国スパイに関する情報収集と捜査を担う情報機関の機能も持っている。
レイ長官は現在55歳。名門エール大学を卒業後、連邦検事補としてキャリアをスタートさせ、長年、司法省刑事局で活躍した捜査のプロだ。ジョージ・W・ブッシュ政権で司法次官補(犯罪部門)を務めエンロン事件などを手掛けた後、2005年に民間に転じていたが、2017年にトランプ大統領によってFBI長官に指名されている。淡々と仕事をこなす職人気質で知られ、会議の場でも無駄なおしゃべりをしたり、声を荒げることは決してなく、じっと議論の中身に耳を傾けて分析に徹することで知られる。
レイ氏
「トランプ印」かと思いきや、そうではなく上院の指名投票では民主、共和の超党派による支持を受けて承認された。3万5000人の捜査官を率いるFBI長官の任期は10年間で任期は2027年まで。今後も対中国の諜報作戦の指揮をとっていくことになる。
ウクライナ紛争の只中にある欧州の中心のひとつロンドンを選んでおこなわれたレイ長官の演説からは、いくつかの重要な戦略的メッセージを読み取ることができる。
一つは、米英というアングロサクソン国家が自由主義陣営を代表して、中国との競争をリードしていくという強い自負だ。「ファイブ・アイズ」と呼ばれる米英加豪NZの5カ国の情報機関の協力枠組みが、対中戦略における主要アクターであることは諜報の世界では常識だが、その中でも米英はファイブ・アイズを仕切るチャーターメンバー(創立メンバー)といえる。前述の通りFBIは捜査機関と情報機関の2つの顔を持つが、レイ演説は刑事捜査ではなく、インテリジェンスの文脈で理解するべきだろう。
ちなみに日本の一部には、ファイブ・アイズへの日本の加入を期待する声があるが、情報機関とは諜報機関のことである。情報を集めて分析し、インテリジェンス(意思決定のために情報分析して得られる知見)に変換させるだけでなく、時にはそのインテリジェンスに基づいて合法、非合法の諜報活動、工作活動を展開しなければならない。
日本の組織にありがちな「情報のための情報」ではなく、「アクションのための情報」の論理が徹底される。きれいごとでは済まないアクション(作戦、工作)も時には含まれるだろう。アクションに参加しないのであれば、重要な情報は共有されることはない。貴重な情報はアクションに参加する覚悟とセットであることを忘れてはならないだろう。
レイ演説のもう一つのポイントは、ウクライナ紛争とロシアの脅威に気を取られている欧州に対して明確に「優先すべきは中国」とメッセージを送ったことだ。長期的な視点で利益に重大な影響を及ぼすものは何かを冷静に考えろ、と諭しているようにも聞こえる。目の前のボールを追いかける小学生のサッカーのようになるな、と。
FBIの焦り
では、なぜレイ長官は、英国で企業経営者向けに講演を行ったのか。
それは中国が狙っているのが、米英の企業が持つ先端技術やそれに関わる情報だからだ。航空機エンジン、風力発電のタービンといった従来の工業製品にかかわる情報は、すでにサイバー攻撃による窃取などで侵食されている。今後は、AI、量子技術、創薬、遺伝子工学、極超音速技術、半導体、ロボット、宇宙技術、5Gなど未来を左右するといわれる先端技術が狙われる。
ここから先は
文藝春秋digital
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…