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西田幾多郎 人間は自然の環のひとつ 山極壽一

京都学派を代表する哲学者、西田幾多郎(1870~1945)は、独自の「西田哲学」を築き上げた。元京都大学総長の山極壽一氏が、西田哲学を再考する意義を指摘する。/文・山極壽一(元京都大学総長)

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山極氏

気候変動による災害が頻発し、SNSの普及によるフェイクニュースやヘイトが溢れる今日、我々の文明はどこかで間違ったのではないかという疑念が頭をもたげている。西洋近代科学を妄信した結果の大規模な環境改変と、経済の絶え間ない成長を求め続ける資本主義に依存した社会への疑いである。

2018年にコスモス国際賞を受賞したフランスの哲学者オーギュスタン・ベルク博士は、授賞式で「西洋近代の古典的パラダイムは、存在論的には二元論に、論理的には排中律に基づいており、必然的に近代性と工業化を伴ってきた。このパラダイムは行き詰まりに達している」と述べ、和辻哲郎の風土や西田哲学、今西自然学の考えに立ち戻って自然と人間の関係を見直すべきだと提言した。これら3人の思想家に共通しているのは自然を客観的にとらえず、人間をその中を流れる環の一つと見なす考え方である。

なかでも西田が1937年に著した「論理と生命」で述べた「生命が環境を変ずるとともに、環境が生命を変ずる」、「ものは単に時間的にではなく、時間的空間的に生まれる」という自然観は重要である。

これまで自然科学は生物の動きを止めて、その構造や機能を理解しようとしてきた。しかし、生命の本質は時間と空間を同時に生きることにある。

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西田幾多郎

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