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円安の元凶! 日本経済「衝撃のデータ」 柳川範之

部長の年収はタイより低い。「選ばれない国」日本の現実/文・柳川範之(東京大学大学院教授)

日本型雇用の行方は ©時事通信社

直面する「不都合な真実」

今年5月、経済産業省内に設置された「未来人材会議」が一連のデータを発表しました。そこには、「日本企業の部長の年収は、タイよりも低い」「日本は、高度外国人から選ばれない国になっている」といった、刺激的な文言が並んでいます。

私は、この未来人材会議の委員として昨年末から議論を重ねてきました。近年、世界ではデジタル化が加速度的に進んでいます。それに加えて、「脱炭素」が国際的な共通課題となっている。こうした世界の潮流は、これまでの産業構造を抜本的に変革するだけではなく、人材育成、賃金・雇用体系、教育といった日本人と労働の関係にも大きな変化をもたらすことが予想されます。

柳川氏 ©時事通信社

しかし、残念なことに、いまの日本はこうした世界の変化から取り残されていると言わざるを得ません。ある統計によると、かつて世界一だった日本企業の国際競争力は、いまや31位に低迷。10月に入り、円安が急激に進み、日本経済の危機が報じられ始めましたが、為替市場の動きだけが課題なのではなく、もっと根源的な問題があります。今回のデータはそのことを示しています。

それでは、どうすれば日本は世界に追いつき、さらなる経済発展を成し遂げることができるのでしょうか。日本が直面する「不都合な真実」に向き合い、現状をきちんと分析したうえで、とるべき方針を明確にする――。今の私たちには、このことが切実に求められています。未来人材会議は、そうした問題意識でデータをまとめ、解決策を検討してきました。今回は、その中から11のデータを選び、解説したいと思います。

「やりがい」を持てない日本人

まずは表1を見てください。これは、日本企業で働く従業員の「エンゲージメント」について世界各国と比較したグラフです。

表1 (出所)GALLUP "State of the Global Workplace 2021" を基に経済産業省が作成

エンゲージメントとは、人事用語で「個人と組織の成長の方向性が連動していて、互いに貢献し合える関係」という意味。従業員の側に、企業とそうした繋がりを持っている認識がどれだけあるかを示しています。

一般的に、日本人にとって会社はある種の共同体として機能しています。従業員は、会社のなかに「どっぷり浸かって」生きている意識が非常に強い。その意味では、日本人はエンゲージメントが高いと思われるかもしれません。

逆に、アメリカなど欧米諸国は、日本人から見ると「仕事は仕事、家庭は家庭」と明確に線引きしているイメージがある。そのため、日本に比べてエンゲージメントが低そうだと予想された方も多いと思います。

ところが、意外にも日本は5%と世界最低レベル。アメリカ・カナダの34%、ラテンアメリカの24%を大きく下回っており、東アジアのモンゴルや中国、韓国とも差が開いています。

こうした結果が出るのは、仕事に対する「やりがい」や「納得感」の違いがあるからでしょう。

エンゲージメントが高い国の場合、従業員は自らの仕事を通して会社に貢献している自覚があり、それが評価されている実感も強い。当然、仕事に対するモチベーションは高く保たれます。一方の日本は、そうした感覚を持って働いている会社員が少ない、と考えられます。

会社と一体になって働くことが当たり前と思われてきた日本社会において、従業員がやりがいと納得感を持ち、企業との間でお互いに貢献できる関係の構築ができていないというのは、無視できないポイントでしょう。

現在の会社で働きたいか

表2に挙げたデータは、日本人が仕事に対して持っているやりがいや納得感がいかに乏しいかを示唆するものです。このグラフは、世界各国で「現在の勤務先で働き続けたい」と考える人の割合を示しています。


表2 (出所)パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」を基に経済産業省が作成

このデータの対象地域には欧米諸国が入っていませんが、86%で1位のインド以下、ベトナムや中国、フィリピンと比べても、日本は52%とかなり低い。もちろん、このデータもアンケートの聞き方や対象者の受け取り方によって回答には違いが生じますから、純粋な国際比較はできません。「働き続ける」という文言を、終身雇用ととるのか、当面の間は勤務を続ける意味ととるのか。上昇志向が強いと言われるインド人の9割近くが終身雇用を望んでいるとは考えにくい。ただ、半分近くの日本人が「いまの職場に居続けること」に抵抗感を持っている事実は、非常に重いメッセージではないでしょうか。

かりに今の仕事が苦しくても、「このまま頑張って続ければ、将来やりがいのある業務がまわってくる」と感じている人が多ければ、この数字も少しは変わっていたかもしれません。しかし、そうした意識もなかなか持つことができていない。

その理由のひとつには、やはり日本の経済成長の停滞があると思います。かつての高度経済成長の時代には、会社の業績も右肩上がりに上昇していました。そのため、会社員たちには「出世したらこんなポストにつけるだろう、給料も増えていく」と期待感があった。自分の明るい将来像を描きやすかったわけです。

しかし、現在のように経済全体の成長が見込めなくなると、自分が勤めている会社の給料もポストも減っていき、将来はそのまま先細りする一方かもしれない。こうした不安が募り、職場への不満となって表れているのでしょう。

転職・起業の意欲もない

さらに表3を見ると、興味深い事実が見えてきます。このデータによれば、「転職意向のある人の割合」も「独立・起業志向のある人の割合」も日本は世界最低の水準です。

表3 (出所)パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」を基に経済産業省が作成

表1〜3の結果から、次のような日本人像が浮かび上がります。仕事へのモチベーションが低く、同じ会社で働き続けたくないと考えているが、そこから飛び出して、転職や起業に挑戦する意欲も持ち合わせていない――。このような従業員が増えれば、日本経済が停滞するのも当然のことでしょう。

これまでの日本では、同じ会社で定年まで働き続ける風土があり、それが経済成長にうまく結びついていた。当然、大学を卒業して新卒で就職する際には「ずっとこの会社で働くものだ」というマインドが一般的でした。そんな状況で転職を選ぶ人は例外的な存在で、まして起業する人など例外中の例外でした。

企業の側としても、従業員には終身雇用で会社に貢献してもらおう、という考え方がありました。新卒で高学歴の人を囲い込んで、長期的なスパンで育成し活躍してもらう。日本経済は、こうした安定的な構造で成り立っていたのです。

転職しても給与増えず

しかし、そうした従来の日本型雇用システムは、変革の時代において、弊害も生み出しています。

冒頭でも触れた通り、いまや日本の部長の年収はタイよりも低くなってしまいました。別のデータ(表4-1)によれば、昇進年齢も、中国、インド、タイなどでは30歳前後なのに対し、日本は40歳前後と10歳もの開きがあります。

表4-1 (出所)リクルートワークス研究所「5ヵ国マネジャー調査」を基に経済産業省が作成

この大きな要因は、日本特有の終身雇用と年功序列という働き方の仕組みにあるでしょう。新卒で入社したほとんどの社員が年功序列で昇進する日本企業では、上のポストがなかなか空かずに、人が詰まっている状況にあります。

それに加えて、日本には賃金を引き上げることで外部から人材を獲得する企業がまだまだ少ない。世界的には、給料を対価とした人材獲得競争が活発なので、課長や部長といったミドルマネジメントクラスの平均年収が自然と上がっています(表4-2)。一方の日本では、まだまだ低く抑えられている。例えば、中途採用で入ってきた人に、同年代の社員の2倍の給料を払うのは受け入れられにくい。外部人材を獲得するために高給をといっても限度があります。

表4-2 (出所)Mercer "Total Remuneration Survey(2019)" を基に経済産業省が作成

表5では、「転職前後の賃金変化の国際比較」というデータを挙げました。日本では、転職者のうち「賃金が増加した」と答えた人は全体のわずか23%。さきほど、日本人の転職意向の低さを指摘しましたが、実は近年、転職者そのものの数は増えています。もちろん、より良いかたちで働く人が増加しているとしたら望ましいことですが、実態はそれがなかなか賃金アップに繋がっていません。

表5 (出所)リクルートワークス研究所・BCG「求職トレンド調査2015」を基に経済産業省が作成

一方、日本企業は給料が少ない反面、安定性を保障してくれる面はあります。外資系企業などは、たしかに一般の日本企業より年収はずっと高いものの、実力の世界なので解雇リスクがある。つまり多くの日本人は、それを避けるために「保険を買っている」と言えるかもしれません。ただ、その保険が活力やエンゲージメントに必ずしもつながっていないというのが先にみた現状です。

人材にさらなる投資を

人材育成の観点から見ても、日本は新しい時代の流れにうまく適応できていません。

日本では、伝統的に「オンザジョブトレーニング(OJT)」という育成方式を重要視してきました。新入社員が実際に仕事をするなかでやり方を覚えていく。「研修よりも、現場で仕事をしながら学んでいく」という考え方です。

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