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おふでさきにかかれていること2

第七号

”上の支配から神の支配へ”というお話を、よふぼくに言及。(一~二十六)
支配の内容、たすけとつとめの例をあげて少し説明。(二十七~五十六)
”でばる”、布教伝道のためのつとめの証拠(をびや許し)(五十七~八十八)(「たすけの話」で「こふき話」の一部分)
世界だすけの模様の道筋の整理「うちにはそふじしてつとめをする」「せかいにはつとめによってすます」という両面のその順序を説明され、たすけの目的が陽気づくめにあること。(八十九~百十一)
このたすけをひきうける「真実の親」が第八号前半で詳しく説明される。

第八号

序説的お話(一~二十)
「真実の親」である親神の「この世」的顕現を説明する「ぢば・教祖の話」が説かれ、これがたすけ一条をうけあう元であると述べられている。(二十一~五十)、この元なるお話を伝え、たすけをするには掃除をして行かねばならないので善悪をわけると言われる。(五十一~六十九)
最後に、かんろだいに平鉢をのせ、そこに食物(ぢきもつ)を与えることと、その位置を明かす「ぢば定め」の史実に言及し、布教伝道が始まるときのひとつの証拠としての意義をもつことを付加された。(七十~八十八)

第九号

第九・十号には布教伝道論の話題
「とびでて」の神の働きを中心に、その準備についての説明。
とびでる準備としての、やしろの問題は、こかん様の話題。これを話の糸口として”とびでる”ことの説明。(一~三十二。三十三~四十三)
高い所や遠い所に出掛けられ、元なる親を知らせる。(このお話は第十号に再述)
かんろだいについて、その形状・意義・機能(ぢきもつのことなど)の略述、証拠としての意義の再述(四十四~六十四)

第十号

「とびでる」について補足。(一~十八)
かんろだいのつとめの説明(十九~四十)
にほんの者に「どのよな事もみな教え」
そして、準備したのちに「月日とびでて」「かやしする」ので、そのときの人間の仕事は、真実の話(神の話・「こふき話」)を伝えること。(六号八十~百二十三、十二・十三号「互いにたすけ」参照)
そこで伝えるべき「神の話」のうち、「こふき話」が話題となって、これを伝えるのに、「人間の元」(かしもの・かりものの理より話すこと、および「こふき話」を口述するのでよく記憶するよう付言されている。(四一~五十六)
この道筋の第一は"人の心をすますのに証拠をもってする”こと。真実の話がわかるためには心がすむことが必要である。これには二つの点が挙げられる。(五十七~八十)
二つの点
一つ さわり〈の如くかやし〉においての「入り込んで指図」。そのための教理を教えておくこと。(十四号五十七~七十八)
二つ 〈神の話の真実である〉証拠にかんろだいを据えておくこと。(十五号二十二~五十六)
道筋の第二は、”世界をいさめるために人足を連れて出る”こと。この役目は「こふきをひろめる」こと。(八十一~百四)
この道筋によって世界中をよふきづくめにして行く。

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