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僕と彼女は箱推しになれない 第十二章
「ちょっと待った!静かにして僕の話を聞いてくれ」
はるるんがいなくなる運命が変わらないのなら、出禁になってもいい、身を削ってでも伝えたいことがある。佐伯稔は前向上でオタクを一蹴するために乱暴な台詞を飛ばす。
「まず、オタクども。写真を拡散されてはるるんがどれだけ追い詰められたか考えたことあるのか?ウジ虫のように涌いて群がるおまえらのことを言ってるんだよ」
「てめぇ、ここにいるオタク全員、誹謗中傷し
僕と彼女は箱推しになれない 第十一章
部屋に注ぐ日光で目を覚ました。沸々と胸に後悔がこみあがってくる。せっかくの晴れだ。最後くらい日の目を浴びることをしてやりたい。アドレナリン全快で終わらせたい。リモコンを取りテレビを点けた。なんて都合が悪いんだろう。今日は平成最後の日。どのチャンネルも新元号「令和」の話題で持ちきりだった。どんなに頑張っても話題にならない。卒業ライブの会場は定期公演でお世話になった渋谷ジートニアとなった。ライブの三
もっとみる僕と彼女は箱推しになれない 第十章
私に付きまとう影は消えてなくなればいいのに。アイドルとしての活動は、あの日を境に止まっていた。ファンの人は今の私をどう見るのか考えるだけで身震いする。意識が真っ暗に侵されていく。まるで出口の見えないトンネルの中に閉じ込められたみたいだ。出口を探しに歩きだしたその時、ペンライトを顔に向けて灯し、大勢で近づいてきた。決して私を照らさない。脅かされている感覚に陥った。振り返り走る。足音がうるさい。迫っ
もっとみる僕と彼女は箱推しになれない 第九章
冬休みが終わり、三学期になると進路に向き合わざるを得なくなる。高校は休みボケをしている度合いを測りたかったようで、予備校の模試を土曜日に受けさせられた。そのため、年が明けてからまだ一度もはるるんに逢えていない。アイドルに現を抜かしすぎるのはよくないと分かっている。会えない分会いたいが募った。スマホのカレンダーと公式サイトを見ていく中で、建国記念の日に早めのバレンタインデーライブがあると知った。学
もっとみる僕と彼女は箱推しになれない 第八章
高校の終業式を終え、冬休みに突入した。クリスマスよりも早く高校が休みになってよかった。先週で一区切りにしてくれた高校は彼女がいない非リア充の味方だ。今週まで行かなきゃいけないとしたら、地獄でしかなかった。クリスマスが平日だからだ。同級生の惚けを目にしなくて済んだ。この愚考で察してもらえると思うが、勿論、僕に彼女はいない。一度もいたことがないし、男らしい告白をしたことすらない。恋愛経験皆無だが悲し
もっとみる僕と彼女は、箱推しに慣れない 第七章
「今頃ライブやってるんだろうなぁ」
自室に籠り、服を着崩して徒にスマホを弄る加賀柚希は傍から見たら、アイドルとは思えないだろう。ピンクを基調とするとか言えればいいが、そんなはずはない。特徴がなく殺風景な部屋なんだ。 オタクが想像するアイドルの日常はジェラートピケのパジャマを着て、アロマをのいい香りが漂っているといった女の子の綺麗な部分が詰まったものだろう。そんなものは柚
僕と彼女は、箱推しになれない 第六章
暑い中、行われてきた夏のライブが終わった。文化祭の季節がやってくる。だが、全く関心がない。休み時間は『フォルツハーツ』の情報ばかりに目を通し、余った時間にはアイドルを研究している人の本を読んで過ごす。話しかけられることも最低限しかない。自分が日直の時だけだ。稔の高校には成績が優秀な生徒にバイトをしていいという何の因果か分からない待遇がある。はるるんに気兼ねなく会うために日々真面目に取り組んでいた
もっとみる僕と彼女は、箱推しになれない 第五章
『夏が過ぎれば私の季節がやってくる』と吹聴してみたいけど、ダンスメンバーの土井万里香では言えないと諦めている。それに気どるキャラでもない。最年長のくせにマイペースでどこか抜けてると自覚している。
(リーダーになれなかったのも納得だなあ)
今更考えたところで無意味なことを考えてしまう。今日は日曜日で久々のオフの日だ。メンバーの中には外に出かけて楽しむ子もいるみたいで元気だなと思う。九月になれ
僕と彼女は、箱推しになれない 第四章
夏のギラギラした熱に滅入っている。期末テストは無事に終わった。テストという苦行から解放されて嬉しいのだが、近日に迫ったはるるんの誕生日、どんな言葉をかけようかと稔(みのる)は迷っていた。残念ながらアイドルが趣味だと公言する人は周りにいない。その結果、稔(みのる)はクラスで孤立している。共有できる趣味がない。ひたすらアイドルと向き合う日々だ。
八月十二日がそれにあたる日だ。メンバーの誕生日を祝
僕と彼女は、箱推しになれない 第三章
希海(のぞみ)と共に今日のライブの振り返りをしながら、楽屋に帰っている最中、佐々木(ささき)瑠那(るな)はダンスが思うような仕上がりにならなかったことに自信がもてず、呟いた。
「新曲のさ、ダンス私間違えてなかったかな」
「るなちは問題なさそうだったけど、新曲は間奏のダンスが難しいよね」
「そうなんだよね……ボーカルの二人はそつなくこなすあたり凄い」
「対照的よね。はるるんはどこま
僕と彼女は、箱推しになれない 第二章
「ハァハァ…………」
駅から走った甲斐があった。呼吸は乱れているが、どうにか開演時間に間に合いそうだ。。今日は対バンだ。電子チケットを見せてドリンク代を払い、佐伯(さえき)稔(みのる)は入場した。喉が渇いていたが、残り五分足らずでフォルツハーツの出番だ。見逃したら、努力が水の泡だ。少しでも前で観るため、フロア前方に向かった。既に二十人近いオタクが待機している。見知った顔触れが揃う。最前列に立ち入る
僕と彼女は、箱推しになれない 第一章
「ティロリン」
希海(のぞみ)の一日が始まる音がした。おそらく、マネージャーからの連絡だろう。寝ぼけまなこを擦りながら布団を出た。メールを確認する。
「集合は十時十五分で、十四時半から出番かぁ。対バンでトップバッターは久々か。出番が早い分、会場入りも早いけど、頑張るぞ」
一人で士気を高める。“アイドルとして寝覚めた時のルーティーンであって、もちろん普段はしない。そんな私の名前は白木(しらき)希海。
僕と彼女は、箱推しになれない プロローグ
前髪を目がけて降り注ぐ陽光が眩しい。見慣れない雑踏の中をかき分けて走る、走る、走る──
明日はきっと筋肉痛に見舞われるだろう。普段から運動をしておけば良かったと瑠梨の脳裏に過る。それでもいい。推しメンのことを頭に浮かべた。なだらかで長い坂に差し掛かる。足がもたれそうだ。歯を食いしばる。額がじんわりと汗ばむ。
(待っていて、今行くから!)
坂を右に外れた。さらに急な坂が立ちはだかった。
「はぁ