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謝れない男

おチビさん警報!

それはおチビさんとの夕食も終えて、たつみのりが後片付けに奔走している時間。
突如として鳴り響いたのでした。

『んぎゃああああ!んぎゃ!!んぎゃ!!ああああああああああ!!!』

何このすんごい鳴き声!
おチビさんに何か起きたらしいけども、手が泡だらけみのりんすぐに動けない。
たっつんが抱っこしてくれたけど、その時私はすぐに状況を知れなかった。

ただ、たっつんがおチビさんを部屋に連れていってくれて、急いでお皿を洗って戸棚に閉まっている時にじーじの傍に立ったらなんだかビクついていた。

ちょっと不思議に思うくらい。
そして、少し前のおちびさんの近くにじーじが立っていたことも思い出す。
ピーン!じーじがおチビさんに何かしたな?

おチビさんが泣いた時、じーじが近くでワタワタしていた。
子供に慣れてないし、すごい剣幕の鳴き声だったからそりゃワタワタもしただろうなーと思ったけれど…後から状況を整理するとどうやら泣かせたのじーじらしい。

そんな予想をしてたっつんの所に戻るとおチビさんはまださっきの出来事をちょっと引きずってる感じで、私は何があったのか事実関係をたっつんに聞いてみたら。
『お義父さん、おチビさんの椅子揺らしたみたいなんだよね。おチビさん、ビックリしちゃったんだろうねぇ。』
うぉーい、マジか。

でも待って待って。
何となく状況は分かってきたけど、実際におチビさんはビックリして…ていうか絶対に怖くて泣いちゃって、それでじーじは謝ったの???
怖がらせて泣かせたってことでしょ?

たぶん、謝ってない。
私の記憶の中のじーじ(父)は、謝れない男だったから。
いつも最後には許してあげなよって私が言われて許さなきゃいけない方向に持っていかれて、私は常にそれが不満だった。

今回もじーじはおチビさんを…もうこの際はっきりと言うと怖がらせて泣かせたけど、謝ってない。
おチビさんはまだグズグズ言っているし、これじゃいかんと思った。

おチビさんにとっても、じーじにとってもたぶん、絶対に、これじゃいかん。
『私、行ってくる。』

ごめ"ん"ね"…。

おチビさんを連れてじーじのいる台所に戻ると、ちょうどみんなと食事をしていた。
おチビさんが私に隠れてじろっと横目でじーじを見る。(じーじがちょっとピクッと動いたのも見た。)
私の服を握るおチビさんの手に力がこもった。

おチビさんは自分が何をされたか分かっている。
おでこに寄せられたシワ。
当たり前に警戒してる。

おチビさんを泣かせてしまってから、ビックリして距離を取ってしまったじーじはおチビさんからしてみたら怖がらせて泣かされて謝ることなく逃げてしまった人なのである。
そりゃ警戒もする。

ちょっと世間話をした後に、私はタイミングを見て言ってみた。
『おチビさんに謝ったー?』
あくまで軽く。
責める空気を乗せずに言ってみた。
私はここでじーじが謝らなくてもいいと思っていた。
正直に言うとちゃんと謝れないと思ってた。
そして、誰かがおチビさんに『許してあげなよ』と言うものなら『それは違うでしょ』っていう準備までしていた。

それはおチビさんの気持ちを守るようでもありながら、過去の自分を守るようでもあった。
早くいえば身構えていたけれど、そんな必要はなかった。

『ごめ"ん"ね"…』

すぐにじーじは謝って話し出した。
たっつんもみのりんもお片付けしてて、待ってるおチビさんがつまらなそうだったから…。
楽しいと思って椅子を揺らしたんだけど…。
怖がらせちゃってごめんねごめんね…。
なんかもう言葉が溢れてくる感じで。

しょんぼり〜ぬじーじ。

しばらくじーじをじとーっと眺めたおチビさんはじーじの言葉が終わってしばらく無言の後に『…仕方ないなぁ、じーじ』って感じでニコッと笑ってみせた。

じーじはやっとこ力が抜けたようだった。
私も身構えていた力が抜けたようだった。
実はおチビさんが『謝っているんだから許してあげなさい』みたいなことを言われたとしても『それは違うでしょ』って言うつもりだった。
そんな心配も全くなく、誰もおチビさんに許すことを強要しなかったし、おチビさんは自分で緊張を解いて笑顔を返した。

私が心配した事なんて全く起きなかった。
あの日自分の子供に対して謝れなかった記憶の中の父と、あの日許すことを強要されて謝ることもされなかった私がこの瞬間に消えた気さえした。

記憶の中の謝れない男

私の父は…記憶の中では謝れない男だった。

なんで私が怒っているのか理解できない。
理解できないから謝れない。
私は烈火の如く怒っているので、まず近寄れない。
近寄れないから謝れない。
そんな父に謝るというアシストをしてくれる人も居なかった。
自分でなかなか掴めない謝る機会を人からも与えられなかった。

結局何も行動に移せず、結果として謝れない男になっていたらしい。
そんな父を私はいつも怒っていた。
謝れもしないなんてサイテーだと。
更に更に怒っていた。
向き合うということをしない人だと思っていたし、実際に向き合わない事も多かったと感じる。

でも、今回のことで分かった。
自分が悪かったことはちゃんと受け止めて落ち着いたら謝れるんだなと。
謝れないのは申し訳ない、どうしよう、内心あたふたしていて、謝ろうとしてもまた地雷を踏んでしまいそうで行動には移せなかったのかなと。

どうやら父はただの謝れない男ではなかったらしい。
おチビさんに対してはちゃんと謝れたのだから。

私の記憶の中の謝れない男は条件付きではあるがちゃんと謝れる男ではあるという認識に改められた。
おチビさんとの日々で私は自分の中に根付いた認識が度々覆って、より家族を見る自分の感覚がフラットになるのを感じる。

未熟なところも、歪なところもあるただ1人の人間が『母』や『父』という皮を被ってそこにいる。
私はそれを…とても煩わしくてとても愛おしく想う。
傷付きもするし、距離を感じもするけれど、その痛みも距離も全部まとめて愛おしいなんだろう。

肉親という関係は時に私たちの存在に重くのし掛かるけれども、その中でも軽やかに在ることが出来るとおチビさんを見ると思うんだよね。
私が母でも、たっつんが父でも、おチビさんよ、いついつまでも君は君で軽やかであれ。

存在するだけで過去の父も、私も掬い上げて、どんどん自分の中の記憶がおチビさんをきっかけに書き変わっていく。
自分の記憶が書き変わるっていうのは、自分の過去が書き変わるってことでもある。
未来を紡いでいるのに、過去も変えていく。

なんだかすげぇな…と思いながら、たつみのりっちの日々は続く。

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