広至10~尽きぬ情熱に敗北を禁じ得ない「ウチの娘は、彼氏ができない!!」~

負けた。
始まったばかりの連ドラがヒロインは魅力的でも「プラダを着た悪魔」の三週遅れとか、放送されたばかりのミステリーが詐欺の二段落ちを成立させるためという目論見が先行しすぎているとか、毒づく言葉の方が浮かびやすいと思っていた夜だった。
圧倒的な瞬発力で、私の感覚を不意に"御大"が揺さぶってきたことに驚愕した。
私が小学生の頃のドラマのノベライズはベタで何だかムズムズと違和感を覚えていたし、大学生の頃は余りに違いすぎる"大学生"に羨望を超えた呆れを抱いていたのに、ブラウン管の前でつい彼女の言葉が流れる様を眺め続けていた。
まさか今になって、マシンガンのように乱舞する言葉の洪水にしてやられるとは思いもしなかった…。
脚本家・北川悦吏子の連続ドラマ「ウチの娘は、彼氏ができない!!」第1話には、完全に脱帽だ。

詳しい話は置いといて、このコメディは現代の楽しいファンタジーにすべく多幸感に満ち満ちている。
序盤の打ち切り通告など社会的な事象はスパッと言い切る一方、どうでも良い些末な会話の修飾は繰り返して強調する対称性が非常に良い。
たとえば、このシーンだ。

編集者「碧(演:菅野美穂)さん、この度は申し訳ない」
碧「まってまってまって。言わないで。空(演:浜辺美波)いるし。アンタ、バイトは?」
空「え、これ食べたら」
編集者「『ラファエロ』の連載なんですけども、来月をもってオシマイです。打ち切り」
碧「……。がーん」
編集者「(一同、頭を下げながら)この通り」
碧「『がーん』とか言っている昭和の私にはもう仕事がない訳ね」

凄くテンポ良く、キャラクターそれぞれ1度の発話で話がポンポンと進んでいく。
対称的に、個人の内心を語り始めて会話そのものを楽しむ所では、繰り返しが妙味になる。
この続きの部分は急にリズムが変わる。

編集者「いやーこの本、売れなかったぁ。思いのほか売れなかった。全く売れなかった」
碧「くるんで」
編集者「え?」
碧「くるんでくるんでオブラートにくるんで。言い方言い方」
編集者「良薬口に苦しといいますか、ここはくるまず。やはり水無瀬碧は恋愛小説の水無瀬碧。ミステリーは向かなかった」
碧「え、無い頭を使って一生懸命書いたのに」
編集者「しかもシーズン1が全く売れなかったので、映画会社が二の足を踏み、役者が捕まらず、監督も捕まらず、ネズミ一匹捕まらないと」

この辺りは言葉のコミュニケーションそのものの楽しさを抽出したようなセリフで、リズムをどれだけ精密に検討したんだろうかと驚嘆する。
友達のような相棒関係の母娘の会話では、更にそれが加速する。

また、美人母娘の恋の相手候補の配置も多様で絶妙だ。
2人共通の思い人になるであろうイケメン整体師、微妙な距離感のイケメン編集者、大学で反発から始まるイケメンとの出会い、「赤毛のアン」を模した硯で殴られる幼馴染みなど、仕掛けから想像するだけで既に視聴者も妄想が膨らんで楽しめる。

北川悦吏子は公式サイトでこう記している。
「今までの既存のドラマの概念から抜け出すつもりです。アバンギャルドなこのドラマ。さてのるかそるか、の大冒険です!」
「愛していると言ってくれ」や「ロングバケーション」で大上段に振りかざした"恋愛"を描いていた頃とは装いを新たにして、尽きない大冒険への情熱に驚かされる。
第1話時点では、視聴者として安穏として眺めた私の敗北だ。
まずは、のっていくしかない。
そんな衝撃を感じた。

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