見出し画像

七月のJohnny B. Goode

今、一番格好良いバンドの話をしよう。
飛び切りに分厚いステーキみたいな音符の羅列と、ロビーの内緒話を掻き消しそうなほど響く歌声。
そんなものを引っ提げて、狭い舞台から客席に楽しさをこれでもかと流し込んでくる奴らの話だ。

初出不明

2023年7月、石垣島・万世館

去年の7月の連休、石垣島にいた

車の免許もないからそんなに動き回れないこともわかっていたし、お金も別に潤沢にある生活でもないのに、まだ真冬の時期に有り金はたいて予約をした。
「カード支払い、一気にこの額はきっついわ」
なんて言いながら。

いつものライブ遠征とは違って、晴れていたら竹富島に行こうと思っていたくらいで、全く予定はなかった。
何を食べるのか、インスタで見たくらい。
ああ、そういえば知念商店に行けなかったな。

今日、何しよう?

初日こそ大層真面目に日差しを避けようとしたが、滞在3日目ともなれば
「いや、もう面倒だわ」
が先に立つ。
730交差点に出てから考えるかとラッシュガードを適当に羽織り、ガンガン通り過ぎる車を横目にのらりくらりと歩く。
友達が好きそうだなと入ったお店に、ライブのお知らせが張り出されていた。

どうやら3,000円でライブが見られるらしい

え、安くない?
でも、こういうのってだいたい知らへん人やん。
地元の~的な。
いや? 
ちゃうわ。
知ってる人や。
この人、めっちゃ見覚えある。
BEGINの人?
ってことは、アミューズじゃん。
ガチの芸能人じゃん!
え、アミューズ所属でチケ代3,000円は、なんかカラクリあるやつじゃないん?
会場で追加で何か買えとか?
……どこにも書いてへんな。
じゃあ、ほんまに大丈夫なやつ?

そのバンドの名前は、Y.A.B(ヤファイアン・アッチャーズ・バンド)という。

すみません、このライブって地元の方しか観られなかったりしますか?

どなたでも大丈夫ですよとお土産を包みながら、店員さんが教えてくれる。

「あ、じゃあ、1枚ください」

チケ代が店頭で現金のみでしか支払えないというのに、旅行中の所持金は既に1万円を切っていた。
(注:いつも使っている銀行のATMがないことを把握せずに石垣島入りしてしまったのである。しかし、お金はいつもないのでこれは然したる非常事態ではない)

うわ、やべぇな。
まあ、コンビニはクレカ使えっから。
旅行の終わりまで、何とかなるっしょ。
そのライブ後、残金の半額以上を会場で使い切るとはつゆ知らず。

会場はどこだ?

なにせ土地勘がない。
ライブそのものには行きなれているが、道に迷って見られなかったなんてことは避けたい。

OK、Google! わたしをライブ会場まで連れてって!

マップで右往左往した挙句、辿り着いたのは
「ホンマにここでライブやるん?」
という感じの建物だった。
ライブハウスは地下に向かって階段を下りる形式の建物も多い。
音の問題があるからだ。
しかし、ここはどうやら2階へ向かうものらしい。
え、マジ?

開場前に2階に上がってみる勇気はなく、元来た道を引き返した。
これでともかく迷わずに来られる。

旅行どう? と連絡してきた友達と
「チケット買ったわ」
「え、何の?」
「全然知らないバンド。BEGINの人がやってるっぽいことしかわかんなかった。3,000円やで。面白そうやん」
「どうすんの、めっちゃよくてまた観たくなったら」
「そりゃその時考えるわ~」
こんな話をして開場までの時間を潰していた。

会場は、元・映画館

開演は大体押す。
開場は時間ピッタリでも、開演はまず押す。
チケットに整番書いてへんってことは、会場で並んだ順に入るパターンの客入れのはず。
じゃ、開場時間に着くようにすれば、延々並ばないといけないってこともないだろう。
直射日光が仕事を終えた時間帯にだらだら歩きながら、想定通りのパターンで中へ入った。
客席の並び具合を見て、2階にあったことに合点がいった。
ここ、映画館だ。
ネットで確認すると、すでに閉館になっていた場所らしい。
でも、映画館って、舞台というか、幕前のスペースにそんな幅なくない?
ドラム、並びきるんやろか?
……ギリギリっぽい。

海の日、客入れの音楽

ある程度埋まりだしている客席。
「こんな機会二度とないかもしれへん」
と、センターブロック最前列上手端を厚かましく陣取った。

客入れの音楽は、いわゆる懐メロ。
あれ、これもしかして海の日だから?
今日が海の日だから、若大将流れてんの?
芸が細かくない!?
(注:Pixel使ってるから、何の曲かすぐ調べられるんだけど、やっぱり加山雄三さんの曲だった)

開場が15分くらい押したから、多分始まるのも15分くらいは伸びるやろな。
ギリギリまで友達とやり取りしたりして時間を潰していると、やはり15分ずれた開演となった。

女性が1人、男性が4人。
上手に立っている男の人が紺色の開襟シャツを着ている。
目立つ刺繍で"BAGA MOON"とあった。
あの開襟シャツ、ハリがある素材っぽくていいな。
どこのやろ?

1曲目が何だったかを、覚えていない

舐めたクチを聞くと、思っていたより音響がよかったからだ。
「え? なんで? なんか妙に音良くない?」
となったことだけ頭に残っている。
一応ライブに行くときは出来るだけ耳栓をしているのだけど、この日は持って行ってまだつけていなかった。
やばい、音良いってことは耳やられると慌てて押し込んだ。

そこから先は音の洪水だった

知らないバンドが奏でる、ほとんど知らない曲。
カバーもオリジナルも演っていた。
ぞわぞわするくらい楽しかった。
紺色の開襟シャツのお兄さんは、ギタボの人だった。
羨ましくなるような響きの、良い声をしていた。

この日、たった一曲だけ覚えているのが、カバー曲のJohnny B. Goode。
日本語バージョンだった。
タイトルでピンとこなかったとしても、バック・トゥ・ザ・フューチャーを観た人ならどこで流れた曲かわかるはず。

この曲のカバーを聞いて
「これが3,000円なんて、やっぱり値段おかしいんじゃん」
と買った時とは違った感情で、同じ言葉を呟く羽目になっていた。
世界で一番カッコいいジョニービーグッドを、3,000円で聞いてしまったのだから。

この日、時間を大幅にずれ込んで通常よりも長くライブをやっていたらしく、会場を出たのは少し遅かった。

出る直前、舞台で見た開襟シャツが目に入った。
え? ここで売ってんの?

「これください」

財布の中にはもう小銭しかなくなっていたのだけれど、全く後悔しなかった。

〔次回更新へ続く〕