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SANTARIとわたし

「9足目のホールカットはSANTARIで」

舘さんとそう約束したのは12月。いつの12月だったかはもう忘れた。

思い出せないぐらい前だったのか、あるいは忘れるほど自明なこと、だったのかもしれない。

ホールカット狂のわたしは、来る日も来る日も飽きもせず、ホールカットのことばかりを考えていたとある日、SANTARIに出会った。

でも、その日のSANTARIにはホールカットはなかった。

なので、ホールカットをラインナップしてもらえるようお願いした。

だから9足目のホールカットはSANTARIで。

このホールカットは、そんな約束の靴。


 CAUTION !
この物語は、「わたし」がシューブランド「SANTARI」を主宰する「舘さん」に「ホールカット」デザインの革靴をオーダーした、という50文字程度の話が7000文字以上に盛る熱膨張しております。予めご了承ください。


すでに8足のホールカットを有していた「わたし」である私ですが、ホールカット愛がまったく止まりません。去るSANTARIオーダー会において、そのとき初めてお会いした舘さんにラインナップにないホールカットについて、ひたすら一方的に語って喋ってその日はそれだけで帰るという暴挙。あまりの暴挙っぷりにさすがに申し訳なく思ったのか(そんなことはないです、この話はまたいずれ別の記事で)別日にお邪魔してローファーをオーダーするも、またもローファーそっちのけでホールカットのお願いをする始末。初っ端からサイテーな客です(うぉほん)。

ホールカット8足

というカンジで、そんな願いが「舘様・仏様・バース様」に聞き入れられたからなのかはさておき、2021年10月サンクリスピンデーに晴れてSANTARIホールカットがローチンされました。しかもなんと4種類。今日それ自体はさほど珍しくなくなったとはいえ依然ホールカットがラインナップされていないシューブランドも存在する中、贅沢にも4種類の展開。これは想定外です。これは規格外です。ホールカット万歳!サンタリに栄光あれ!です。

SANTARI HPより

それぞれ3、4、5、6アイレットで、単純なハトメの数の違いではなく、個々に履き口の広さやラインがしっかりわけられていて、キャラクターの異なる4種類となっています。一見すると、ファンシーな3、セクシーな4、オーソドックスな5、フォーマルな6、といった風情でしょうか。MTOだからといってもデザイン上いじれるところが限られてくるホールカットにあって、あるいは無制限なビスポークと比較しても、逆にホールカット・デザインの中でこういった明確な選択肢があるというのは、とても新鮮ですね。素敵です。

SANTARI HPより

そして、今回の、私にとって記念すべきSANTARIホールカット第一作目ですが、『ル・ボナー/コンフェ・チュ/バイオレット』という鞄に釣り合う革靴、としてオーダーしようと決めておりました。

画像引用とリンク先:ル・ボナー公式ブログより

こちらのお鞄、ぺリンガー・シュランケンカーフを贅沢に使ったブリーフケースですが、大変に素晴らしいお品です。そして、素晴らしいがゆえに視線をすべて奪っていくコーデ殺し、でもあります。この大物と張り合える靴を、というのが今回の当初の目的です。

そのためにはまず甲革をどうするか決めるのに、非常に難渋いたしました。順当に革モノは同色で揃える、というセオリーに即するならば、靴も紫色で調えることになります。ただ「紫色の革靴」それ自体がタイヘン、ムズカシイ。鞄や小物なら、ド紫色でもハズシとしてそれはそれで成立しそうなものなのですが、コーディネートとしての男性紳士靴になると、ド紫色、を履きこなせる自信は全くありません。なのでバイオレット、パープルは除外し、ボルドー、バーガンディー、ワイン、といった赤茶・赤紫系の革をあたっていただきました。今回はその中から、アノネイ・ボカルー・バーガンディーを選択しています。

右下がボカルー

理由としては、シュランケン・バイオレットのトーンに近い、ということでボカルー・バーガンディーを選んでおります。シュランケン・バイオレット、太陽光下だと鮮やかな紫色なのですが、一転、薄暗がりに入るとダークブラウンに化けるのです。またボカルー・バーガンディーも太陽光では赤みが強いですが、室内光になるとやはり茶色に振れます。両方の使用を想定している季節が主に秋から冬と、太陽光の弱まる時期ですので、色のコーディネートとしてはうまく収まるのではないかと踏んでおります。それとボカルーのバーガンディーはほんのり紫を纏っているように感じるんですよね。

曇天光下のシュランケンとボカルー

ちなみに最後まで悩んだのが、同じアノネイのラスティ・エプソンです。型押しですが、柄の目が詰んでおりとても上品な印象です。また同銘でソフトタイプの方はさらに柔らかいので、ラストへの追従性も良いでしょうから、製靴上の観点からも、一枚革で仕立てないといけないホールカットとの相性も抜群ではないかと思われます。なお舘さん推しの革でもありました。

エプソン(左がソフト)イイ色ですね!

今回は前述のシュランケンカーフ・バイオレットとの色合わせを重視して、最終的にボカルーを採用しましたが、このエプソンを4アイレットでやると超セクシーホールカットに仕上がると思います。また履いた際の足馴染みも良さそうですし、そしてなによりSANTARIホールカットはジェンダーレスファッションを意識してプロダクトされているようなので、おぢさんはむしろ自分用ではなく、いっそバリキャリ女子にでも貢いでバリバリ履いてもらいたいくらいです。あるいは3アイレットで靴紐をリボンレースにしたり、キルトを装着させると可愛らしくまとまるのではないでしょうか。そういえば、SANTARIホールカットはサンクリスピンデーのイベント企画としても起案されています。どうでしょう、大切な方へ贈り物としていかがでしょうか?

靴をプレゼントするなんてステキですよね!(SANTARI HPより)

閑話休題、逆に、オーソドックスなアノネイ・ボカルーを選択したことによって、この靴の発注仕様を決めることになりました。なぜなら、そのまま普通に作ると、完全無欠なドレスシューズにしかならないので、オーソドックスながらも、どこかちょっと崩し、ちょっとハズシ、をしにいっています。

どういうことかというと各部を微妙に崩す・外すことによって、できる限り汎用性を展延させる、ということを目標にしています。いわゆる「何にでも合う靴」というのは悪手中の悪手であり、結果として「何にも使えない靴」になりかねないわけですが、今回のホールカットのコンセプトとしては、「オン・オフ妥協なく使用可能」な「コーディネート範囲の広い靴」ということを獲得目標に設定し、舘さんには、そういう趣旨でこの靴を作ってほしい旨、オーダーしました。

というのもホールカットは、その極めてシンプルなデザインゆえに、ドレスコードの適合範囲がかなり広いデザインだと思っています。もちろん選ぶ色と革、どういうラストを用いるかによって狙いを定める必要はありますが、上質の黒のスムースレザーでガチガチに固めれば、黒のストレートチップの下あたり、モーニングはさすがに無理ですが、タキシードなら十分狙うことが出来るはずですし、生成り太めのウェルト・コバでオーダーすれば、Tシャツ・ジーパンでもぜんぜんアリな靴に仕上がるかと思います。

またバーガンディー、という色目もかなりコーディネート範囲が広い色だと思います。カジュアルだとデニムとの相性も良いとされていますし、スーツでいうとグレーからネイビー、ブラウン、柄によってはダークスーツも射程圏に入れることが出来るのではないでしょうか。実はライトブラウン・ミディアムブラウン・ダークブラウンとに分かれる茶色よりも、スーツの色との適応性が高い、のではないか、とも思うのです。

そういった、懐の深い要素を2つも組み合わせるのですから、せっかくなので普段しないような「悪手」にチャレンジしたい、そう考えたのです。


まずは各ポイントごとにみていきたいと思います。

【アノネイ・ボカルー・バーガンディー】
繰り返しになりますが、この革をアッパーに選択することによって、後の仕様が決定したと言っていいです。ハッキリ言って、なんのケレン味もございません。この際だから言ってしまうと、「正直つまらん」などと思っていました。でも前言撤回、ごめんなさい。やはり定番は定番になる理由があるものです。

きめ細やかですね

むろん革は天然物ですので、グレードや裁断する場所で革質は大きく変わってきますが、なんだ、この安定感。安牌・the・アンパイです。以降、このアノネイ・ボカルーに5アイレット・ホールカットという字面だけだと尖った要素がまるでない組み合わせを、いかにそこからひねくれ逸脱させつつ、成立させるか、に妄想・蒙昧していくことになります。

ただし後述しますが、このボカルー・バーガンディーを私が完全に侮っていたことと、そしてSANTARIラストと取り合わせた際の想像を甘く見積もってしまったことが、大誤算になるとは、この時点では一顧だにしておりませんでした。

【5アイレット・デザイン】
目的が、コーディネート範囲の広い靴、ですので、こちらもオーソドックスな5アイレットのデザインにしました。単純にアイレット数を増やせばドレス、減らせばカジュアルな印象になりますし、ことSANTARIホールカットのうち3、4、6アイレットはキャラクターが尖っているのに対して、デザイン的に中庸な5アイレットを選びました。

中庸とはいえ流麗なフォルム

【コバ・ウェルト】
この靴の(コンセプトの)出来不出来は、コバの具合が全てだと思い考えました。

くどいですが、パティーヌでグラデーションさせるわけでもなく、あるいはメダリオンやパーフォレーションなどの装飾も用いず、デザイン的になんの緩急もつけることができない素のホールカットを、これまたなんのケレン味もない正調ボックスカーフのボカルーで仕立てるのですから、コードバンや黒桟革などの革の力で強引にキャラを打ち出すという反則技必殺技も使えません。細工を弄さぬままですと極めて正統派なドレスシューズの完成です。

そしてなによりも、オン・オフ妥協なく使える靴、というコンセプトの成否が、このコバ・ウェルトにかかっていると言っても過言ではありません。どういうことかというと、靴の輪郭を成すコバ・ウェルトの線が、細いとドレスに、太いとカジュアルな印象になるわけです。ですから、このコバ・ウェルトの輪郭をどう形成するか、に全てがかかっているのです。

まず色目なのですが、一般的にコバ・ウェルトの色をアッパーの色よりトーンダウンさせるとドレスに、反対にトーンアップさせるとカジュアルになります。ちなみに見たところ世の紳士革靴のコバ色はトーンダウンのものが多いです。そしてそれがバーガンディーの紳士革靴ともなると十中八九トーンダウンです。コバの色自体は茶・黒・同色とバラエティーに富んではいるのですが、なぜだかバーガンディーの場合は並べてトーンダウンですね。来る日も来る日もインスタグラム#burgundyshoesを繰っていたので間違いありません(たかはし調べ)。

続いて、太さと厚みですが、ウェルトをストームやスリット、ソールをダブルソールにするなどしてコバの厚みや張り出しを大きくすればよりカジュアルに、逆に薄く張り出しを抑えればドレッシーになります。おのおのパラメーターとして、とてもわかりやすいスライダーになっていますね。

以上の点を踏まえ、今回は、SANTARIホールカットの標準仕様のマッケイ製法からハンドソーンウェルテッド製法に変更し、そもそものウェルトのボリュームを上げています。

目付けも入ってボリューミーな印象

そして、そこからコバ・ウェルトの色をアッパーのボカルー・バーガンディーと同トーン程度の茶色、張り出しは薄すぎず厚すぎず、ということでお願いしました。ここに至ってはもはや、あまりに漠然としすぎて仕様指示にすらなっておりません。なにせ、こうなってくると完全に按配の世界、靴全体としてどうバランスを取るか、なので、シロウトにはお手上げです。むしろ中途半端に仕様を決めてかかるよりも、ここは素直にプロにお任せするのが良いのです。つまり、舘さんによろしくブン投げました。いやはやサイテーな客です(ごほごほ)。

アッパーとウェルト(とコバ)を同トーンに

実際かなりご苦労いただいたのではないかと思われます。このコバ周辺処理については、日和ると凡庸なドレスシューズに終わるからと脅し重ねて攻めてもらえるようお願いをしておりましたが、見事に舘さんのスーパーセンスとハイパーテクノロジーで昇華・具現されているように敬拝いたします。ホントありがとうございました!いや、ホントですって!

光源や角度で目まぐるしく変わる色を絶妙な按配で攻めてもらっております

【ハトメ】
第一ハトメのみをごく小さな金色の表ハトメにしてもらっています。ドレッシーなボカルーに対して、気持ちドレスダウンを狙いに行くコバ・ウェルトとでの底と頭のバランスを取るべく、ハトメにほんのり「遊び」を取り入れました。一番上だけを小さな表ハトメにすることで、ちょっと崩しにかかっております。

かわいらしくちょこっと顔を覗かせます

この仕様、某よめせんさんゲージ靴のパクリオマージュと思わせながら、実は元ネタは同じSANTARIの、とあるチャッカブーツをパクリリスペクトさせてもらいました。SANTARIのインスタグラムですぐ見つけることができるので、ぜひご覧いただきたいのですが、その2アイレット・チャッカブーツは、シャトーブリアンの黒、という誠に渋い革を用いながら、第一ハトメのみを表ハトメ、コバをダークブラウンにすることで、ドレス感を損ねることのない程よい抜け感があり、オン・オフともに使えるであろう懐の深さに仕上がっております。まさに今回コンセプトの、コーディネート範囲の広い靴、を見事に体現した靴です。

【JRソール】
おりしも、オーダーのタイミングがレンデンバッハ廃業の報が流れた時期でして、存外ミーハーなワタクシ、これも何かの取り合わせかと思い、せっかくですのでJRソールでお願いしております。ただここでも一つ問題がありまして、SANTARIの標準レザーソールは厚さ4ミリなのに対し、在庫されていたJRソールは5ミリだったのです。わずか1ミリ違いなのですが、今回に限っては前述のコバの厚み・張り出しの課題があるため、最終的に厚さ4.5ミリを探し出して来てもらいました。無茶苦茶ですね。ますますサイテーな客です(げふげふ)。

マークなしです

【そして完成!】
さてさて、散々っぱら御託を並べてまいりましたが、完成したバーガンディー・ホールカットは、いかがでしょうか?

プレメンテはHARK寺島氏に依頼

夕方に現物を受け取ったのですが、第一印象は、「あ、えっ、なんでこんなにエロいの?汗」でした。

実は、たかはしめの貧相な想像力では、仕上がり完成予想像は、金のアイレットがほんのり煌めく、ゆるふわ愛されホールカット、になるはずなのでした。

ですが実際は、光源や角度によって多彩な色の変化を魅せるボカルー・バーガンディーと、流麗なSANTARIラストのフォルム、そしてその木型に沿ってバッツンバッツンに釣り込まれたシェイプからか、ただならぬ香気を放つ妖艶な靴に仕上がっているではないですか。

薄明・薄暮の青みが増した柔い光だとさらに艶やに

これはアレですね、密かに懸想していた小・中学校時代の同級生に、数年来ぶりに同窓会で会った時の衝撃ですね。

ちなみに、ここまで過剰な色気を発するに至る理由としては、オン・オフ妥協なく使える靴をテーマに仕様を吟味した結果として、コントラストや装飾は極力排除されているので、SANTARIラストの持つグラマラスさや革のテクスチャーをより際立たせることになったのではないかと思われます。

直射日光だと精悍な面構え 男前です

なお、もう自分の靴だから言いますが、バーガンディーのホールカットでここまでエロい靴はなかなかないと思いますよ(御満悦)

なおシュランケン鞄との組み合わせ

SANTARIのブランドキャッチに『あなたらしさは、細部に光る。』とあります。

今回、このホールカットをオーダーするにあたり、上記のキャッチコピーを思い出しました。こういう細部への変質的なこだわりと、そしてそれとはある種真逆な命題としてのバランスありきの靴は、SANTARIにしかお願いできないだろうし、SANTARIでしか実現できないだろうな、と改めて思ったからです。このバーガンディー・ホールカットなぞ、まさにそんな「スピリット・オブ・サンタリ」溢れる靴だと思います。

異口同音に、履かずに飾っておきたい、とオーナーに言わしめるSANTARIですが、圧倒的なディティールと、そのディティールの積み上げ、そしてそれらが見事に調和した完成度こそが、SANTARIが燦たる靴なのだと思い知らされました。感服です。私もしばらくは手元で眺め愛でたいと思います。

結びに、舘さんをはじめ、この靴の誕生に関わってくださいました皆さまには厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。ちょっと大袈裟ですが、仕上がり、現物と対面して、ああ生きてて良かったなぁと思ってしまいました。えへへ

ホールカット9足

なお本記事執筆にあたっては特に、下記のサイト・コンテンツを参考にさせていただきました。末筆ではございますがご紹介申し上げて御礼に代えさせていただきます。

なかでも、クラフトマンチャンネルのクラフトマンシップシリーズは必見です。SANTARIユーザーなら、3度楽しむことができます。すなわち、発注前予習、発注後完成待ちの間、そして完成後、の3回です。自身の靴がどのように手間暇かけて作られて自らの元にやってきたのかが、大変よくわかる珠玉渾身の動画ですので、愛着ひとしお増し増しになること請け合いです。

ちなみに今回のホールカットが仕上がってくる前に、すでに次のホールカットを発注済みですので、また次回「SANTARIとわたし2(仮称)」でお会いしましょう!! 最後までご覧いただきありがとうございました。

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