マガジンのカバー画像

【ものがたり】ショートショート

60
短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
運営しているクリエイター

#夫婦

言葉の裏側|ショートショート

 妻が唐突に、首を傾げて囁いた。 「ねえ、あたしと結婚して良かった?」  妻の目は丸く澄んで純粋だった。その目を前に誰が否定の言葉を放てるだろう。 「もちろん、良かった」  間髪入れず答えた僕に、妻は莞爾と笑う。これは誘導尋問だ。妻が安心したいがための。  けれど安心を与えたはずの僕の心には、もやっとしたものができた。妻の言葉によって、そうでない可能性が目の前に浮上したからである。もし彼女と結婚しなかったら、別の人と結婚していたら、その方が僕は良かったのではないか。  浮気し

満たすモノ|ショートショート

 ぺろり、と上唇を舐めた。生クリームの味。昔あんなに大好きだったのに、今ではちょっと重いなと思う味。 「でね、どう思う? もうほとんど1年もしてないの」  目の前に座る彼女は、あたしと同じものを飲んでるはずなのに生クリームが上唇に付かない。器用だからなのだろうか。 「1年かー。それは長いね」  かく言うあたしは、ほとんど1年恋人もいない。彼女が左手で飲み物を手に取った。薬指の指輪がきらりと光る。自慢のダイヤモンド。 「こども欲しいのに、こんなんじゃ困る」  くいっと寄せられた

降ってわいたお手伝い|ショートショート#note墓場

 落とし物を拾った。とても奇妙な落とし物を。 「これ…なに…?」  それを持って帰ると、妻はぐっと眉をしかめて、なにかこわいものでもあるかのようにそれを見た。 「分からない。見た目通りなら、手、だと思う」 「うん、そうね、わたしにも手に見えるわ」  険しい顔のまま頷いた妻は、それから目を離さずに僕のジャケットをハンガーにかけた。 「不思議なのはね、なんで手首から先だけが独立してるのかってことなの」  僕は頷く。妻の疑問はもっともだ。手、というものは普通腕があって