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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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#すれ違い

心の開く場所|ショートショート

「美濃さん」  給湯室で声をかけられて、美濃香乃子はぎくりと肩を揺らした。バレたのだろうか。  声をかけてきたのは、香乃子の所属する広報課とは険悪になりがちな、総務課の片桐あゆ子だった。 「購入申請のあったソフトなんだけど」  淡々とした口調に安堵を覚える。なんだ、仕事の話か。安心して背筋を伸ばして返答する。仕事の話であれば、香乃子は自信を持って判断し断言できる。自分の言葉に価値があるのだと、自分の行為に価値があるのだと、そう思うことができる。 +++ 「壁作って

タワマンパワマン緩慢散漫 side.K|ショートショート

――やっぱタワーマンションに住んでよかった。  と、30歳になったばかりの和希は思う。18歳くらいの頃から、ずっとタワーマンションに憧れてきた。タワーマンションに外車、厳つい腕時計。今も憧れるそれらは既にほとんど手中にあって、惚れ惚れする。  まるで夢の国のように、きらきらと輝きながら波打つ光の海。なぜか懐かしさを誘う光景。じっとそれを見つめていると、まるで昔からそれを見ているんじゃないかという錯覚を覚える。次いで高揚感。得たいものを得たことによる充足感すらなぜか懐かしいよ

タワマンパワマン緩慢散漫 side.E|ショートショート

――タワーマンションなんて、どこがいいんかさっぱり分からん。  と、29歳になった榮子は思う。23歳の頃は、きっともっと歳がいけば良さがわかるよ、なんて言われていたけれど未だに分からないままだ。  まるで遠い世界か幻のように、現実感も乏しく眼下で波打つ光の海。戻りたくても戻れない家のように、どこか郷愁を誘う光景。じっとそれを見つめていると、足元が揺れるような感覚を得る。次いで軽い眩暈。その不安定さすら懐かしくて、酔うように身を任せた。 「何見てんの」  掛けられた声に、