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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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2021年8月の記事一覧

心の開く場所|ショートショート

「美濃さん」  給湯室で声をかけられて、美濃香乃子はぎくりと肩を揺らした。バレたのだろうか。  声をかけてきたのは、香乃子の所属する広報課とは険悪になりがちな、総務課の片桐あゆ子だった。 「購入申請のあったソフトなんだけど」  淡々とした口調に安堵を覚える。なんだ、仕事の話か。安心して背筋を伸ばして返答する。仕事の話であれば、香乃子は自信を持って判断し断言できる。自分の言葉に価値があるのだと、自分の行為に価値があるのだと、そう思うことができる。 +++ 「壁作って

貝輪|ショートショート

 あなたは、私の友達に会ってくれる。会わせられる人なのが嬉しくて、ついつい私も友人との場に連れていったわ。本当にバカね、私ったら。 〇○○  他の友達は名前覚えないのに、■■のことは覚えるのね、って言えば。 「俺■■のしもべやからな。あいつは魔性の女やで」  冗談だとしても、そんなの聞きたくないの。ふーんって流した私に、否定の言葉くらい寄越してよ。 「■■って、結婚はすんの?」  それあなたに関係あるの? 「彼氏が俺と同じタイプなんは聞いたんやけど」  それで? だから

出会った日の寄り道 #月刊撚り糸

 その人とはじめて会ったのは、なんてことない寄り道でのこと。夏服がないと思って買い物に来たのはいいけれど、大荷物に炎天下がきつくてわたしは早々に音を上げた。とにかく涼しいところに入りたい、とその一心だったのだけれど、頭の片隅に住むミス倹約が、カフェなんてとこに入るなよ〜無駄遣いだぞ〜、と囁いている。そんな彼女との妥協案として許されたのが、入場無料の展示会場で、そこが運命の場所だった。    灰色の小さなビル。ガラス張りの扉を通った1階。受付らしき綺麗な服を着たお姉さんが、にっ