『ファントムメナス』⑨
マダムの拳。
落としきった重心で、靴をアスファルトに喰らい付かせ、太い下半身で体を送り出しながら腰、背筋の捻り、肩の回転、肘の屈伸……全身の全ての力を込めた一撃が来る。
鍛え上げられた体で放たんとするのは恐らく中華系の拳法。
彼我の体重差は目算四〇キロ、真横からの超至近距離――喰らえば、内臓の損傷は避けられず、致命傷にもなりうるのを感じさせた。
よけらない。受けられない。いや、受けても腕の骨ごとやられる。
それはたきなにとって確信だった。
刹那の逡巡。それは普通なら覚悟の時間なのかもしれない。
だが、たきなは普通の少女ではない。
リコリスなのだ。生まれ持った才覚に加え、厳しい訓練を乗り越え、そして実戦で鍛えて上げた。
諦めない。わずかな可能性に全てを託した。