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『END展』in二子玉川

6/7(火)に二子玉川ライズで開催されたEND展に行ってきた。

bg.)就活行き詰まってる、将来の不安、生きる気力が無い、寝たきり、うつ、留年、休学、バイト休養、昼夜逆転、死にたくなったから死を見つめ直してこようと思った。深夜のTwitterにEND展のツイートが流れてきだことがきっかけ。即予約、夜行取って行ってきた。

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もくじ
❶死後あちらのせかいに何か持っていけるなら何を持っていくか
❷なぜ人間の弔い方は動物•植物と違うのか
❸ 死ぬ瞬間はどこで、だれに見送られたいか
❹ もし死者とVR上で会えるなら会いたいか
❺ 自分の愛する存在の遺体を食べられるか
❻ 「老い」を違う言葉で言い換えるなら?
❼生きるとは
❽10分で遺書を書く試み
❾来場者より
➓まとめ

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死後何か持っていけるなら何を持っていくか
1→記憶
2→思考
3→五感
4→感情
(家族の写真〜とかそういうのじゃなかった)


❷遺体を動物に食べさせるのも土の中で分解させるのも生命の循環としては等価値であるのに何故赤の他人のために穴を掘るのか
→自然の摂理に逆らうことで「人間は特別だ」と思いたいのではないか


死ぬ瞬間はどこで、だれに見送られたいか
→自分の布団で寝ているうちに
→夫の腕の中で
→雪の止んだ月明かり照らす夜の山で
→晴れた日の断崖絶壁で、一人で
→もう亡くなった愛猫と、1秒の狂いもなく同時に死ぬのが夢だった
→大切な人の死を見届けてから死ぬ
→他人の迷惑にならないなら、春の森で、土に還りたい
→山で死んで、動物の餌になる


❹ もし死者とVR上で会えるなら会いたいか
→会いたい、少し会いたいが多かった


自分の愛する存在の遺体を食べられるか
(五感を使って体内に取り込めるか)
【遺体が焼かれて灰になり、土に撒かれて、そこに作物が育つ。どの状態なら食べられると感じるか、それらの許容意識には他者との関係性、信仰、生活などの分岐点がある。死のタブーはどこから分岐し、形作られているのかを可視化する試み。】
①遺体そのまま
→飢餓を凌ぐ/勝利を示す/慈愛の表現
名前を持つ遺体を目の前にしたとき、あなたは摂取することが出来るか

②土葬→遺体が埋まった土を触れるか
(イスラム/キリストはいつか復活するための肉体、
日本では肉体が融解し土に還るという観念)

③腐肉
④作物1(樹木葬的な、遺体の分解を利用して作物を育てる)
→死者を土葬して分解された栄養で育った作物を食べられるか

⑤作物2(火葬した灰をまいて焼畑農業)堆肥
→遺体を撒いた灰で作物を育てたら食べられるか。土葬の作物と遺灰の作物とで意識は変わるか

⑥遺灰→遺灰を保存するとき、触れるか
⑥火葬による煙の匂い→遺体を燃やして発生した物質を粘膜に付着させ体内に取り入れられるか(嗅げるか)

⑦熱→火葬により発生した熱をお湯として飲めるか(ちなみに火葬場の熱を利用した温水プール計画は反対された)


⑧動物→遺体を動物に食べさせ、その動物をあなたは食べられるか
死が変換されることで他の動物を生かす

⑨電気→火葬場の熱が電気になるとして、その電気を利用したAEDがあったとしたら利用したいと思うか
(興味深い)(死者を燃やす行為が他者の命を救うことに繋がる)


⑩情報→死者が残した情報(ツイート記録かな)などを受け取れるか
情報を受け取ることで、死を摂取する境界に変化は生じる

❻「老い」を違う言葉で言い換えるなら?


❼生きるとは何か


10分間で遺書を書く試み
面白かった。以下で構成すると良いらしい。
①早く死んでごめん、先にいなくなってごめんなどの【謝罪】
②もっと一緒に過ごしたかった、成長見届けたかったなどの【願望】
③○○をしたかったけど叶わなくて悲しい【後悔】
④私の代わりに沢山のことをやって色んなことを感じてね【残された人に願いを託す】
⑤いなくなってもお空で見守ってるよ、ずっとあなたの味方だよ【支えの言葉】
⑥あなたといられて/家族で本当によかった、ありがとう、あなたが私の宝物であることは変わらない等の【感謝】

❾来場者の死者に関するエピソード
→おじいちゃんの遺体に触れたら「モノ」って感じがして怖かった。命があるのと無いのでとってなんとなく感じられるものなんだな、と思った。それはそれとしておじいちゃんのことを怖いと思ってしまった事も悲しかった。
→曽祖父の葬式、異様に現実感がなくて今でも実家に帰れば会えないかなと思っている


❾まとめ
「いじめ、鬱病、自殺」がメインのものと思ったが「生と死、葬法、遺体」など生物的宗教的民俗的なものだった。あくまで人を一個体とみなし客観的に淡々と質問がされていて不思議な気分になった。

人それぞれ死について感じる点や死生観が異なっていて面白かった。死に対する考えが楽観的な人も慎重な人もそれなりの自分自身の考えがあるのだと思った

以上

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