ボストークの氷核

南極大陸の下に鎮座する、巨大な氷底湖ボストーク。存在が推定されたのが半世紀前。掘削による到達が数年前。神秘に充ちたその空間に、妖しげな光を放つ氷核クリスタルを発見したのは、他でもない私と友人Kであった。

天然物とは思えない造形をしている。それがこんなにたくさんあるだなんて驚きだ。そんなことをKに云った。
「仮に人工物だとして、いつ、誰が造ったんだ。ここは文字通り前人未到だったんだぞ?」
Kが応える。だから驚いたんだがな、と云おうとして、ふとKを見ると、何かを思い出そうとしているようだった。
「昔読んだ本に、こういう話があった気がする」
そうしてKは、以下のようなことを語り始めた。

††

――青い星には鈍く光る氷核クリスタルが眠る。禁域に踏み入った者は、夥しい数のそれらの中から、一際輝く個体を見つけることになるだろう。
――それ丶丶を壊したらどうなるのか。ある意味では、何も起こらない。だがまたある意味では、全てが終わる。

†††

「とまぁ、こんな話だったかな」
Kが云い終えると同時に、私は歩き始めた。
「おいおい、まさか本気にしたのか?」
無視して歩く。胸が高鳴る。きっとあるはずだ。私にだけ光り輝く氷核クリスタルが。

††††

――あった。青白い氷核クリスタルに囲まれて、やや赤みを帯びたそれがあった。なにやら紫煙が纏わりついている。Kも驚いている。まさか本当にあるとは思わなかったのだろう。
「凄い。こいつだけ、他のとは違う」
いやいや、他のと違うのはそいつじゃあない。こいつだろ?
「いや、間違いなくこいつだけが違う」
話にならない。Kの目は節穴か?やや軽蔑した眼差しを向けると、薄ら笑みを浮かべていた。

†††††

「なぁ、試しに壊してみようぜ」
いいんじゃない?やってみてよ、と云ったところ、あろうことかKはピッケルを手に、私が凝視している氷核クリスタルを破壊しようとした。全力で止めた。
「なんだよ。やってみろって云ったじゃあないか」
馬鹿なのかこいつは。壊すにしてもこれは駄目だろ。それを壊せよ。
「嫌に決まってるだろ。全てが終わっちまう」
ある意味では何も起こらないんだろ?でもこれを壊すのはありえない。

††††††

そうして揉み合っていたら、ピッケルが氷核クリスタルに当たり、ひびが入ってしまった。Kは絶望した。
「ああ!なんてことだ。なんてことをしてくれたんだ!!」
程なくしてそれは、バラバラに崩れ落ちてしまった。膝をついたKはしばらく呆然としたあと、ケロッとした表情になった。
「なーんだ。やっぱり何も起こらないじゃあないか。よかったよかった」
そうか。何も起こらないのか。気を張っていた私の方が阿呆だったのか。
「そっちも壊してみようぜ」
Kがピッケルを振りかぶった。止める理由はなかった――

†††††††

「ホントだ。何も起こらないね!」
「だろ?こんなことで喧嘩して、俺達どうしようもないね」
「いやーいい気分だ。他の氷核クリスタルも壊そうか!」
「いいね!じゃんじゃん壊そう!」
「アハハハハ、楽しいね!」
「アハハハハ、楽しいな!」

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