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病歴47:薬剤性肺炎2週目

世間ではお盆だ。
台風一過の空がとても美しい。
空が青いと海も青い。
これまで湾内に停泊していたタンカーやフェリーの姿が消えた。
窓越しに、いつもとは違うルートで空港へ進入する飛行機を見上げる。
病院の中はとても静かだ。

入院2週目も後半になり、ここでの過ごし方もだいたいと決まってきた。
午前中にステロイドの点滴を受ける。だいたい60分以内なので、これまでのBEP療法の8-10時間耐久レースのような点滴に比べれば、気楽なものである。
入院した最初の頃は、ルートを確保して、そのルートを3-4日使おうを看護師さんたちが奮闘していたが、せっかくのルートも翌日には使えなくなったり、刺し直しても途中から使えなくなったりと、なかなかうまくいかない。
それなら、毎日抜き刺ししてもらってかまわないし、肘の内側の刺しやすい大きな血管を使ってはどうかとこちらから提案した。
だって、そのほうが話が早いもん。

それに、ルートを挿しっぱなしにすると、入浴のたびにラップで巻くなど防水の処置の手間が増える。
それもまた、看護師さんたちに申し訳なく思っていたので、点滴中は身動きできないことと引き換えにしてでも、毎回抜き挿ししてもらうほうが、私が楽、と思ったのだ。
それでもうまくいかないこともあるが、まあまあ、今日までなんとかなっている。

ステロイドを用いると、血糖値が上下しやすいそうで、毎回の食事の1時間前に血糖値を測る。
そこまで痛くはないが、毎回、音に驚く。血が止まりにくいので、気をつけていても、布団などに血のしみを作ってしまうことがあって、お洗濯の人、ごめんなさい。
血糖値が高いと、インシュリンの注射を受けないといけない。
これまで、数値が超えてしまったのは2回。どちらも、15時頃にポテチを数枚食べてしまった時だ。
間食をするにしても、食べる内容とタイミングで、うまくごまかす必要があることを、少しずつ学習中だ。

点滴さえ終われば、暇なもので、むしろ、時間を持て余しそうなものである。
SNSが時間泥棒になっているのだけれども、仕事に関わる専門書を少しずつ読んでいる他、なるべく毎日、院内を散歩したり、軽い筋トレをしたり、体力を落とさないようにもがいている。

実を言えば、夜明け頃から目が覚めやすい。
病室の中は真っ暗にならないし、今は南東に向いた部屋なので、特に朝日が入る。
おおむね、6時少し前から目を覚まし、薄明るくなってきた部屋で、スマホを見たりして、のんびり静かに過ごす。寝たままでできる下半身のトレーニングをしたりすることもある。
看護師さんが巡回してくるのが7時。体温、血圧、血中酸素濃度、血糖値の測定。
それが済んでから、ぶあついカーテンを開けて、部屋を明るくする。同じ部屋の人たちも巻き添えで申し訳ないが。
天気がよいと、朝日を浴びることが気持ちよくて、そのまま、ベッドの上に座ったままできそうなヨガのルーティンを始める。それは準備運動程度のものなのだが、音楽を聞きながらすると没入感があって、なかなかよい。
上半身をゆっくりとほぐし、次に左右の体側と腸腰筋のあたりをのばし、左右の足をのばしてストレッチをかけ、一旦、横になって体側をのばしてから腰をひねってのばし、左右の太ももの裏をうらのばし、最後はCat&Cawから胎児のポーズへ。
と、日によって気分によってアレを入れたり、コレを省いたりとしながら、体を動かす時間を30分弱。
私なりのフレイル予防であり、腰痛予防。

朝食は8時に運ばれてくる。洗顔はすませてから、朝食をいただく。
最近は、NHKの朝ドラをスマホで見ながら食べることが多い。学問をする。その喜びに触れるところがいい。
無言で食べるのもあり、朝食には時間はかからない。ドラマを見終わってから下膳し、食器を洗って、改めてコーヒーや紅茶を入れたり、朝食後の服薬をする。
その日のニュースを、NHKのラジオと民放のポッドキャストでざっとつかんでおく。
そこまですると、次は10時まで暇な時間ができる。
本を読んだり、メールを書いたり、SNSをさまよったり、うとうとしたり。シャワーの予約の取り合いをしたり。
レントゲン検査の日は、だいたい、この時間帯に呼び出される。

点滴は10時から30−60分。
毎日、針を抜き挿ししてもらうようになって、スムーズに終わるようになった。
片腕は動かすわけにはいかないので、音楽を聞いたり、動画を見たり、パッシブな時間の過ごし方をしているうちに、さっと終わる。
そうすると、11時の血糖値の測定があり、12時から昼食。この昼食前の時間は、うとうとして過ごすことが増えた。

ここから本格的に暇な午後がやってくる。
シャワーを14時か15時に予約して、その1時間前から酸素ボンベを借りる。
洗濯をする日も、しない日も、コインランドリーのある最上階に遊びに行くためだ。
まず、院内のコンビニを目指して、飲み物や食べ物や雑貨の類を見て回る。
ボディシャンプーやマスク、箱ティッシュなど、一週間経って使い切ってしまったものも、それなりに手に入るのがありがたい。
ただ、つい、飲食物も買っちゃうんだよねえ。
ほんとは、サンドイッチやおにぎりだって食べたいけれど、個包装のお菓子などで我慢するようにしている。今のところ。

それから、最上階へ行き、廊下を歩く。
ここは人気が少ないから、何往復かしていても、目立たないのがいい。
冷房も効いていないので、すぐに汗がうかんでくる。
なるべく病人らしくない姿勢と歩幅で歩きたい。
時にはつま先立ちになって歩いてみたりする。
片道を歩いては息を整えつつ、窓の外の景色を眺める。
空に見とれ、海に見入り、山を眺める。
自分の家のある方角の、見慣れた山を遠くに眺める。
空港に入る飛行機を見つめ、トビや鳩の鳥影に目を凝らし、船の出入りに目を見張る。
窓にはりつくように立っていると、いくぶんはやわらいでいるものの、陽射しがちりちりと肌を温めるのを感じる。
窓越しの夏。セミの声ひとつ聞くことはないが、私の感じられる精一杯の夏だ。

そうやって、30分以上過ごした後、部屋に戻り、荷物を整え、汗を流す。
だいたい、このタイミングで、一旦、咳の発作が出やすい。
なかなか、頑張ることは難しい。
夕方以降は、なるべくゆっくり過ごすしかない。
17時に血糖値を測り、18時から夕食。
22時に消灯。

スマホがあるのは非常に便利であるが、やはり、視聴覚に頼った楽しみ方に偏る。
だから、風呂上がりに使うクリームなど、なるべく香りのよいものを集めておいたし、お茶の種類もいろいろと取り揃えておきたい。
自分の日常をなるべく維持することと、気晴らしを取り揃えているつもりではあるが、今週の前半は気持ちの落ち込みがひどく、感情的に爆発してしまった時もあった。
医療者との意思疎通がうまくいっていないことが一番の原因で、そこがクリアされたので、今は再び落ち着いていると思う。
いつまで続くことになるのか見通しは立たないが、悪化のピークは過ぎて、回復傾向にはあるようだ。
そんな私のサナトリウムごっこである。

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