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病歴43:BEP療法2コース目前半

手の親指の爪を見て驚いた。
爪の根元が打ち身のように青紫になっている。
見れば、両手とも。
親指以外のどの指の爪の根元も、なんだか青い。
ちょっとびっくり。

5月末。BEP療法の2コース目は、一週間遅れて始まった。
とりあえず始まったら進むしかない。そして、先に進まないと終わらない。
入院したら勝手に退院できないし、点滴は途中でやめるわけにはいかないし。
体に入った薬剤を追い出すこともできない。
入院で行う治療は、そういう意味では、とことん受け身になる体験だったりする。

最初の入院では結構読書もはかどったので、今回もできるかと思って本を多くを持ち込みすぎたが、素晴らしい読書がじっくりできたことはとてもよかった。
カーテンは閉じたままにしていても、いろんな話し声が聞こえてくる。
周囲の人たちの病状説明などを聞いていると、やっぱり病気って怖いな、治療によっては怖いこともあるんだなと、どきどきしてしまうことも多かった。
テレビは見る気にならなかったのであるが、時々は音楽を聴いたりして、周りの音を遮断するようにした。

ひっそりと息をひそめるように、毎日をやり過ごす。
点滴4日目ぐらいから、だんだんと気力や体力、食欲の低下を感じる。
退院するその日から3日間は自宅療養。この期間が一番つらい。
前回よりは薬剤量が減らしてあるので大丈夫かと思ったら、今回もがっつりと気力と体力を根こそぎ持っていかれるような感じがした。
抗うつ薬を服んでいるにもかかわらず、生きていることがつらい。
ただ、横になり、痛みやだるさに耐える。それしかできない。
なにかをしようという気力がわかないが、なにかをしようとするにも体を起こすだけで息苦しく、動悸がする。
なにもできなくなった自分に耐えるだけの時間は、ゆっくりと過ぎていく。

それでも、病室とは違い、家に戻ると鳥の声が聞こえることが好きだ。
スズメ、ツバメ、ウグイス、ホオジロ、カワラヒワ、メジロ、シジュウカラ、コゲラ、イソヒヨドリ、トビ、ハシボソガラス、ハシブトガラス、キジバト、ホトトギス、フクロウといった鳥たちの声が聞こえる。
横になっていても、耳だけは楽しむことができる。
何もできずに、ただ耳を澄ませて、横になる。いつか元気になることを期待せず、未来に希望を持たず、何ものにも欲望を持たず、ただ耐える。
これは、終末期の予行練習だと思った。ふと、そう思った。

退院してから4日目。
追加の抗がん剤の点滴を受ける。
前のクールの反省から、なるべく体重を落とさないように心がけてはいたが、病院に行くのもしんどかった。
口から出る言葉が「しんどい」の一択になる状態だったせいか、主治医から治療の中断の選択肢が出た。
治療止めますか。それとも、就労辞めますか。
後者は、私の中では、「人生やめますか」とか「生きるのやめますか」と同じぐらいの意味がある。
ほんと、もう、何も考えたくない。

体を引きずるようにして出勤して、初めて、私の気分は安定する。
それもどうかと思うが、仕事をしている最中は、いつもの、もとの自分に戻れるような気がするし、ついつい早退しわすれちゃったり、予定を詰め込んだり。
体調はしんどいけど、そのほうが気持ち的には断然、楽。
働けば働くほど、気持ちは安定しやすいのだけれど、それでも、ふっと引きずり込まれるように気持ちが落ち込むことがあるから困る。

退院して二週目になってから、鼻の穴の中が痛くなった。
手持ちのアレルギー薬がなくなったこともあり、耳鼻科に行ってみると、鼻毛の毛穴に雑菌が入って炎症を起こして腫れている、とのこと。
ああ、きっと白血球が足りなくなっているんだろうなぁ、と理解した。
抗生剤のクリームを処方してもらい、その症状は数日で改善したけれども、案の定、その週の血液検査では白血球も血小板も少なくて、抗がん剤は一週、遅らせることになった。
次のクールでは、最初から4週間スパンで治療を考えた方が、いいんじゃないだろうか。

ようやく歯科にもリファーしてもらえて、口内炎は口の中の傷のための痛み止めや麻酔薬も処方してもらえた。
念のため、経口の抗生剤も処方してもらった。
あとはしっかりとマスクをして、とにかく、感染症をもらわない。
なるべく、けがをしない。
そうやって、注意をしながら、自分の体のガードが弱った時期をやり過ごすしかない。

家の外に出ると、マスクをつけていない人が増えた。
げほげほと奥の方から込み上げるような咳をしていても、マスクをしていない人もいる。
同じお店に入ってしまったり、一緒にエレベーターに乗る時に、どうしても、私の中でためらいや怖い気持ちが湧いてくる。
申し訳ないけれど、真横に座らないでほしいと思ったりもする。
どこまでが気にしすぎになるのか、自分でもよくわからないけれど、私はこれ以上、しんどい思いをできればしたくないのだ。

そうそう。親指の爪の色の変化について、主治医に訊いてみた。
貧血だからなるのではなく、抗がん剤の影響でなるのだそうな。
青紫から褐色になることもあるそう。
これって、現在の治療が終わったら戻るのかな。
とりあえず、私と私の体ががんばっている証拠のひとつが増えたと思っておくことにする。

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