昼夜の手記(5)

昼夜の手記

(1)


 万策尽きて夜景は静かだ。過ぎ去っていく割り増しのタクシーを目で追ってみる。散歩では誰とも目が合わない。やっぱり今日だって何もないよ。裸眼で病院の看板を捉えると乳母車からの風景が去来した。西洋風の建築はあの頃、まだこの町に似合わなかった。それどころか浮いていた。低い視線で虫たちはよく見えた。それに比べて雲の上をどうやって見れば良いのか僕には理解できずにいた。だから蝶や蜻蛉や蝉が空に消えて行った時に彼らの家を想像していた。手中では幾何学的な玩具が転がっていたが、僕の想像は大きな城の色と輪郭についてであったし、君は喚き声を聞いたことがないなんて言い続けているが、それではいつまでも抑圧されたアニムスを逃避に強く込めて黙るだけにならざるを得なかった。僕が喋ると煩いらしい。今は身体がそう言っている。そうして音楽の音量を少し上げたり、下げたり、止めたり、せっかくの静寂を無駄にしてみたりした。もうしばらくはダメそうだ。そうだろうが見た。この川は災害があった時に飛び込める深さなのか。どこか格安の自動販売機を見過ごしてはいないか。靡く雑草を写真にし、いつ終わらせても良いのだけれどな、と思った。また新しい迷路の入り口を見ることになる前に。猫が渡るように。栗鼠がすり抜けるように。犬が吠えるように僕は深い咳をすることしかできなかったのだけれど、歯切れも悪く、変わらず体調も悪い。最悪をよくもこうして静かにやり過ごせているのかは不思議でしょうがない。時間の長さを誰かに引き受けてもらおうか。どれだけ美しかろうがそんな無謀なことを引き受けさせられた人間に思考停止からの抜け道はない。あるならあるで僕が知らなくても構わない話だと思う。凡庸で優秀な科学者に、いや、存在の良心に迫られた被験者に問いかけよう。これは時代の癌だと思うか。繰り返すことを望んでいるか。喜びの価値が下がったことを認めることはできるか。残された手段は大切にしているよ。それだけが今の君に伝えておきたいことだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?