ライフ

普段テレアポで企業相手に営業をかけている。うちの会社だけかもしれんが、テレアポの時は胡散臭さを極限まで消してとりあえず予定をねじ込むため”挨拶”という曖昧なワードを多用している。「一度ご挨拶でお伺いしたいと〜」「担当者が替わったので挨拶に〜」とあらゆる手でとにかく挨拶する。しかも驚くことに割とそれで会ってくれるので、もしかしたら世の中のビジネスの半分ぐらいは挨拶で回っているのかもしれない。


就職してから1年ちょっと経つ。就活の時や入社当初は自分がどんな仕事をするか全く想像がつかなかったが、想像がつかないまま降ってくる仕事をできるだけ円滑に回していたら2年目になっていた。正直まだ「へえまだペーペーなんでなんも分かんないです」みたいなノリでいきたい。

就活していた頃は、社会には目眩がするぐらい無数の企業があって、曖昧なままエントリーしては落ちてを繰り返して数ヶ月間オアシスばっか聴いていた。リアム・ギャラガーは「I'm free to be whatever I」と歌っていたけど、常にその時は社会の中で自分が最も適した一ピースにはまらなければという焦りがあった。


今でもおれが日々労働する一つ一つの働きが社会のどの部分を動かしているのか全然分からない。資本主義の弱点だと思うんですけど、会社多すぎやねんとたまに思う。無から金を生み出すためのビジネスが多すぎる。テレアポ中に保留音のヴィヴァルディの春(爆音)を聞いてるときふと我に返る。

毎朝決まった時間に電車で運ばれる。サラリーマンで満載された御堂筋線は単一運動をする巨大な車輪みたいに映る。社会の推進力を生み出すためのでけえサイクル。営業先で会う人会う人も、この一人一人に仕事があって、そのミクロな働きが集積して社会が曲がりなりにも発展していくと思うと果てしない。俺もその一部としてとりあえずあらゆる手で挨拶しようと頑張っている。

とか考えながら、最近は退勤したら速攻エアポッズ着けて混んでる御堂筋線でチーム友達とか聴いて帰ってます。サラリーマンを脱出して個人に還る瞬間が一番たのしい。とにかく俺にもミクロな生活があるので、晩飯の献立とか週末の予定を考えたりする。


会社の隣の席にいる先輩は最近メールの文章を全部AIに生成してもらっているらしい。TeamsにAIと会話できるチャットがあり、そこに「お礼」「メール」「挨拶」など単語を入力するとAIが自動で文面を作ってくれる。
これがもし相手もAIの文章で返事していたらもうメールのやり取りに人間は必要なくなると思う。そのうちAI同士でアポ取って勝手に商談してくれるかもしれん。AIもそのとき「挨拶」とか言うてたらオモロいですね。


よろしゅうおおきに