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幼き日のトラウマ - ゴールデンコミックス「異色短編集(1) ミノタウロスの皿」


まだわたしが小学生だった頃の話です。

その少し前に、てんとう虫コミックス「藤子不二雄 少年SF短編集」で、ちょっぴり怖いけれども「すこし・ふしぎ」で、とても面白い短編に出会っていたわたしは、藤子先生のこういう作品をもっと読みたいと思っていて、たまに近所の古本屋さんを巡ったりしていました。

そんなある日、たまたま古本屋さんで見つけた「ゴールデンコミックス」という、聞きなれないレーベルの単行本。作者名は「藤子不二雄」と書かれており、まごうことなき藤子作品。カバーにはリアルな牛が大きく描かれていて、タイトルは「ミノタウロスの皿」。確か300円くらいでしたか。

もちろん即購入して持ち帰り、家に着くと同時に読み進めたのですが、読み終わったわたしは……きっと「げんなり」した顔だったことでしょう。

怖いし……気持ち悪い………
幼いわたしの率直な感想は、かようにネガティブなものでした。

その数年後には、中公愛蔵版「SF全短篇」、辞書のような厚さの本を3冊買い込み、それこそ毎日のように読みまくることになるのですが……

この本の収録作品

このゴールデンコミックス「異色短編集 (1) ミノタウロスの皿」には、次の9作品が収録されています。

  • オヤジ・ロック

  • じじぬき

  • 自分会議

  • 間引き

  • 3万3千平米

  • 劇画・オバQ

  • ドジ田ドジ郎の幸運

  • T・Mは絶対に

  • ミノタウロスの皿

以下、収録作品について、小学生当時のわたしが感じた印象を中心に少しずつ書いていきますが、ネタバレを含む部分もありますのでご注意ください。



オヤジ・ロック

タイム・トラベルト」という、ドラえもんが持っていそうなアイテムを使って、どう考えても売れそうにない商品「オヤジ・ロック」を売ってしまうセールスマンのお話。スタンピード(なだれ現象)については、当時あまりよく理解できていなかったかもしれません。

じじぬき

続いて「じじぬき」。家族から疎まれるおじいさんの話。子どもの頃は「応ぜねば訴訟!」のコマが妙に怖かった記憶があります。この作品で「そしょう」という漢字の読み方を覚えました。

自分会議

トラウマ第1弾のび太のパパみたいな顔をした主人公が何世代にも渡って登場する、いわば大人版「ドラえもんだらけ」。しかし内容はかなりエグいいかにも藤子タッチの子どもが、将来に絶望して飛び降り自殺するのですから。思わず「え?」と背筋が凍ったのを覚えています。

間引き

トラウマ第2弾何食わぬ顔で、だんなさんに青酸カリ入りおにぎりを食べさせる奥さんが、もう怖すぎて……。この作品でレミングという動物の集団自殺(※) を知り、それもまたトラウマに拍車をかけました。

(※) 現在では誤解だとされていますが、この「間引き」が発表された1974年当時は、一般に事実と捉えられていたようです。

この様な誤解が生まれた原因としては、以下のことが考えられている。

・周期的に大増殖と激減を繰り返しており、集団移住の後、激減することから誤解された。
・集団で川を渡ったり、崖から海に落ちる個体があることから誤解された。

この誤解が広まった一因として、1958年のウォルト・ディズニーによるドキュメンタリー映画『白い荒野』(原題『White Wilderness』)が挙げられる。このドキュメンタリーでは、レミングが崖から落ちるシーンや、溺れ死んだ大量のレミングのシーンがあるが、カナダ放送協会のプロデューサー、Brian Valleeの1983年の調査によって意図的に崖へと追い詰め海へと飛び込ませたという事実が明らかになった。

引用元:Wikipedia「レミング

3万3千平米

この作品を初めて読んだ頃は、おそらくあまり意味をわかっていなかったと思います。「火星の土地」がジョークとして売買されていたという背景そのものを知る由もなく、かなり後になって面白さを理解しました。

劇画・オバQ

トラウマ第3弾。この当時、わたしは「新オバケのQ太郎」が大好きで、何度も読んでいたんです。最終回「9時カエル」の切なさに泣いたりもしていました。これはそんな小学生の心をエグるには十分な作品。正ちゃんがよっちゃんと結婚していないリアルな未来にも衝撃を受けました。

ドジ田ドジ郎の幸運

この単行本の中で唯一、内容もきちんと理解できましたし、ふつうに楽しめた作品です。当時の小学生としては珍しく「21エモン」も愛読していましたから、ゴンスケが登場したのも嬉しかったし、彼の目が「プラスとマイナス」になっていたのも印象的でした。

T・Mは絶対に

少なくとも「個人の情事」なんて言葉の意味は、全く理解していなかったと思いますが、わずか7ページしかない構成には影響を受けて、似たような雰囲気の漫画ボールペンで描いたような記憶があります。

ミノタウロスの皿

トラウマ第4弾。先程も書いたように、わたしは当時すでに「21エモン」を読んでいたので、主人公の顔は明らかに21エモンだとわかり、モンガーとゴンスケがいない「21エモン」のような気持ちで読み進めます。緊急着陸した星で、かわいい女の子ミノアとの出会い。楽しい日々。ところが途中から、いかにも様子がおかしい

え?え?と思っていると、ミノアが牛の姿をした「ズン類」に食べられることがわかります。しかも生きづくり?人工心肺を繋ぎ「人工血液は麻酔薬とソースをかねる」「首だけになっても意識は残り、来賓たちの讃辞の声を聞きながら………

や、や、やめろ!
やめてくれ!
気分がわるくなる!

この主人公の叫びは、そのままわたしの心の叫びでした。

それでも最後には、きっと主人公がミノアを助けるに決まっていると思っていたんですよね。児童漫画なら「ドラえもん」なら、必ず助かるはずです。だけど悲しいかな、これは「ビッグコミック」に掲載された作品です。

そんな救いは一切訪れませんでした。ミノアが食べられる場面こそ具体的には描かれなかったものの、無情に扉が閉まり、主人公は帰りのロケットで「ステーキをほおばりながら」涙を流し、物語はストンと終わるのです。

その後

このように、わたしにとって、表題作「ミノタウロスの皿」を含む短編集の第一印象は、決して良いものではありませんでした。この短編集を純粋に「面白かった」と受け止めるには、幼すぎる出会いだったのです。

読後しばらくは、この本を開かなかったように思います。だけどストーリーが頭に残って離れません。しばらく経ってから、恐る恐るページを開き、また怖い気持ちで本を閉じる。それを繰り返しているうち、何か耐性でもついたのか、次第に冷静な気持ちで読めるようになっていきました。

わたしたち人間は、何ら疑問を持つことなく牛肉を食べます

  • もし人間と牛の立場を入れ替えてみたら?

  • その入れ替えた牛と人間が意思疎通できるとしたら?

  • 食べられる立場が、それを光栄だと思う価値観を持っていたら?

この作品は、そういう「もしも」の積み重ねでアイディアが生まれたと考えられますが、これは「ドラえもん」にも共通していることです。ただ、ある種のオブラートに包まれている児童向け作品と異なり、どこまでもストレートに描かれているだけの違いなのです。

きちんと分析して読めるようになると、最初に「怖い」とか「気持ち悪い」と感じた、つまり感情的な負の部分は次第に取り払われ、ストーリーの巧みさが浮き彫りになるのです。表題作だけでなく、他の作品についても同様に、読み込むうちに面白さを理解できるようになりました。

わたしは学生時代、国語の成績だけは特に良かったのですが、読解力などはF作品を通じて培った……のかもしれません。

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