事実は一つだが、真実が一つとは限らない


真実はいつもひとつ!

私のお気に入りのアニメの名ゼリフである。

ただ、真実って人によりけりだなぁとつくづく感じている今日この頃。

例えば、誰かとパフェを食べに行くとしよう。

・私は大の甘党で、今回のパフェはずっと食べたかったもの。そして、それはとてもおいしかった。

・友人は甘党ではなく、私がパフェが好きだったため、ついでに食べてみよう程度であった。そして、そのパフェは値段ほどではなかった。

ここには一つの事実に対して、2つの真実があることになる。

ちなみに関係ないが、真実という名前にすでにゲシュタルト崩壊が起きている。友人の名前として数人おり、最近よく見かけるからである。

 ここで有名な作品を出してみよう。
「シビル・ウォー」という作品をご存知だろうか。南北戦争のことではない。

 そう。marvelの有名な映画である。
アイアンマンとキャプテンアメリカの信念の違いによる武力闘争。

おそらく、視聴した人ならどちらの気持ちもわかるのではないだろうか。一時期、どっち派かどうかで論争にもなっていたくらい、悩ましい問題である。(この作品は決して分裂を目的として描かれていないとは思うが…)

私はこの作品を通して、立場や守るもの、心情や敵の存在など人によって真実はいとも簡単に変化しうるというということを学んだ。

つまり、相手の立場になって考えたら事実の解釈は違うということ。

よく、歴史家の方々に言われるのは

所詮歴史は勝者によって作られる

というものである。それは事実ではなく真実(または希望的観測)である、といったところだろうか。

確かに、敗北者の意見が通っていることを我々が知ることは現時点では難しい。

ただ、できる限り事実であるといいなぁとは思う。

これは、私の単純な好奇心。


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