インターン初日の衝撃(コスタリカ種蒔日記)

「わあ、本物のオフィスだ」
インターン先である国連開発計画(UNDP)のオフィスに初めて足を踏み入れたとき、そ
う思った。変に聞えるかもしれない。でも本当だ。

まず、入り口が金属の重い扉。中はどこもキンキンにエアコンが効いている。壁を向
いて置かれた細長いデスクには、図書館の自習スペースのような一人一人の仕切り。
床のつるつる具合といったら、氷の張った湖かと思うぐらいだ。

さらにびっくりしたのはトイレだ。まずもってとてもきれい。掃除したてのような洗
剤の香がした。しかも自動水洗式で、紙を流せる使用になっていた。コスタリカの家
庭のトイレは水圧が弱く、紙は流さずにごみ箱に捨てるのが普通なので、これはすご
いことだ。

ここに来るまで私が見てきたコスタリカのオフィスは、ボランティアした国立公園の
ものと、モルフォのもの。どちらも森の中にあり、ドアはいつも開け放たれていた。
スタッフたちは大きな机を囲んで坐り、お菓子やコーヒーが真ん中に置いてあった。
スタッフの誰かが連れてきた犬やねこがうろちょろしているなんてのもざら。オフィ
スとはいっても、小さな家のようなアットホームな空気があった。

でもたぶんここは違う。私がよく知っている日本の役所や図書館のイメージにとても
近い。一見して、かっちりした雰囲気。さすが国連の現場だなあ。背筋が伸びる思い
とはこのことだ。

いや、一つだけ「やっぱコスタリカだなあ」と思うことがあった。熱いコーヒーの大
きなポットが、共有スペースでコポコポと暖かい音をたてていたのだ。飲み放題で、
なくなり次第お掃除のおばさんがすぐに沸かしてくれる。砂糖と粉ミルク、粉末ク
リームのタッパーも、ドン、ドンと置かれていた。ほどなく、大さじたっぷりの粉末
クリームを入れたコーヒーを1日3杯も飲むことと、ポットの前で順番を待ちながらオ
フィスで働く他の人たちと言葉を交わすことが、インターン中の私の楽しみになる。

私が6ヶ月間インターンしたのは、UNDP(国連開発計画)のコスタリカオフィスだ。
UNDPは、貧困や性差別、先住民や障がい者の人権侵害、環境破壊など、ありとあらゆ
る問題に取り組む自治体やNGOの間をつないだり、資金援助したりしている。オフィ
スは世界177ヶ国にあり、それぞれの国の事情によって重きを置く分野は違う。コス
タリカの場合は、予算の9割が環境問題に使われている、とこれは後から教えても
らったことだ。

私の上司になったのは、環境問題対策の部署のトップとおぼしき男の人。とにかく喋
るのも動くのも素早い、超スピーディーおじさんだ。声には強い圧があって、言いよ
どんだり噛んだり一切しない。なんだか高性能ロボットみたい、というのが第一印象
だった。

彼が完璧な英語を話すという時点で、私には軽いカルチャーショックだった。たぶん
アメリカかどこかで生まれ育ったのだろう。ペレス・セレドンにも英語の上手な人は
いたが、母語であるスペイン語に比べたらしゃべるのもゆっくりだし、使う単語もシ
ンプルになる。だから私の方も英語でしゃべれば、なんというか、ちょうど会話のレ
ベルが釣り合うのだ。

彼は違う。怒濤の勢いでまくしたてるし、使う言葉も一一難しい。こちらは聞き取る
のに精いっぱいだ。「何か質問は?」と聴かれたって、それどころではない。質問し
たところで答えがまた聞き取れないかもしれないという恐怖もあいまって、ただただ
うなずくだけのマシーンになってしまった。

とにかく、切れ者感100、親しみやすさ0.彼からインターンの説明を聴きながら、私
はどんどん不安になってきた。こんな人と一緒に、うまくやっていけるかな…。

説明の締めくくりに彼が言った言葉は、そうやって後ずさり気味になっていた私の心
をぶち抜いた。

「困ったことがあれば何でも言ってほしい。UNDPは、まだ全然すべての人に優しいと
は言えない。あなたは、数少ない障がいを持つインターン生として、UNDPを変えるこ
とができるんだよ」

ビシッ!

鞭で打たれたことはないが、鞭打たれるとはこんな感じかと思った。

受け身じゃだめなんだ!

私が彼に出会ってから、いや正確にはこのオフィスに足を踏み入れたときからなんと
なく感じていた居心地の悪さは、「自分に合わないところに来てしまった」という気
持から来ていた。

彼にあまり親しみを感じられないこと。選ぶ言葉が一一難しいこと。オフィスの雰囲
気が堅苦しいこと。

「なんだか優しくない場所だな…」と。

でも、もし自分に合わない場所だと思うなら、合う場所に変えればいいんだ。むし
ろ、変えなくちゃいけない。彼の使う言葉が難しいなら、「もっと簡単に言って」と
きちんと伝える。オフィスの雰囲気が固いと思うなら、植物の鉢ぐらい持ってきても
いいかもしれない。何もかも相手や環境のせいにして嘆くのは、それらを全部試して
からだ。

そして向うもそれを期待している。私の希望を聴いてくれようとしているのだ。

You can change us

なんて優しい、そして言い訳を許さない厳しい言葉だろう。居心地のいい環境は、初めからそこにあるのではなく、自分で動いてゲットするものなのだ。思えばこれは、この後のサンホセ生活で何度も何度も向き合う
ことになるテーマだった。

とにもかくにも、私はこうして、コスタリカの環境保護のプロジェクトにかかわれる
ことになった。コスタリカに興味を持ったそもそものきっかけが、ナマケモノやジャ
ガーの住む自然だったから、やっと希望がかなった訳だ。


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