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ペレス・セレドンの町よ、こんにちは(コスタリカ種蒔日記)

「あゆみさんですか?カルロスです」
 空港を出て早々、不意を突かれた。迎えに来てくれていた現地スタッフの1人、カルロスがなんと流暢な日本語で挨拶してくれたのだ。一瞬、ネイティブと聞き間違う程の完璧なアクセント。わたしがこれから行くところには日本人のスタッフが1人いるものの、もうしばらく本格的に日本語を使うことはないだろうと覚悟していたのに、いきなりの想定外である。いや、もちろんすごくうれしい。
 第一印象からして理知的なイメージのあったカルロスはわたしがこれからお世話になる障がい者自立支援センター「モルフォ」のブレインの1人。日本語に加えて英語もペラペラで、ITの心得もある。一方、一緒に来ていたロシータはいかにも優しい普通のお母さんという雰囲気の人。むっちりした腕で、初対面のわたしをギュッとハグしてくれた。
 すでに夜9時をまわっていたので、その日は空港の近くで1泊することになっていた。ホテルまで乗ったタクシーの運転手さんは、モルフォの2人と顔馴染みらしく、カルロスが「モルフォの新しい仲間なんだ」とわたしを紹介してくれる。タクシーの運転手と乗客が名前を呼び合って楽しげに話している様子は、なんだか不思議だった。後々わかるのだが、この国では自分の懇意にしている運転手に個人的に連絡して迎えに来てもらうということがよくあるようなのだ。「信頼できる運転手」という言い方をする。道端で普通にタクシーを拾うより、万が一にもぼったくられる可能性がなくて安全だからかな。 
 カルロスはわたしのチェックインの通訳をしてくれた後別のホテルに行ってしまったので、その夜はロシータと2人で過ごした。彼女は日本語はもちろん英語も全くしゃべらないので、わたしにとってはものすごく良いスペイン語の練習になった。人間、伝えたいと思って頭の中の引き出しを奥の奥まで引っ掻き回せば、何かしら言葉が出てくるものだ。ときどきはスマホの翻訳機能の力も借りながら、お互いの家族の話なんかをして結構盛り上がった。もちろんひとえにロシータの辛抱強さのおかげなのだが、「わたし、結構いけるじゃん?!」と、そのときは悪くない気分だった。
 でも後で他の人に聞いたら、ほとんど言葉のわからないわたしを一晩ガイドするということで、相当どぎまぎしていたらしい。どうもありがとう。

 次の日食べたコスタリカで最初の朝ごはんは、ちゃんとメモに残してあった。
「ピント、ビーフ、卵、チーズ、炒めたバナナ、パイナップル、パパイヤ、コーヒー」
 泊ったホテルのバイキングでロシータが取り揃えてくれた、コスタリカの典型的な朝ごはんメニューである。ピントは、お米とインゲン豆を混ぜて玉ねぎやニンニクと一緒に炒めた料理で、コスタリカの朝ごはんにはほぼ100パーセント付いてくる。ちなみにお米とインゲン豆の組み合わせ自体は、1日3食付いてくると言っても過言ではない。お米と豆を愛するという点では、日本人と似ているかもしれない。ちょっとチャーハンのような風味もあるピントは、シンプルながら結構癖になる。じきにわたしも、バイキングでどんなにたくさんの料理が並んでいても、まず一口ピントを食べないと物足りないと感じる体になっていった。
 バナナは日本で食べるものとは違う品種で、輪切りにして油で炒めて食べる。甘くて太くて、食べごたえ抜群だ。同じ物を、熟れる前の緑の状態でスープに入れたりチップスにしたりすることもあって、その場合甘みはゼロ。味も触感も、芋そっくりだ。この他にさらに果物として生で食べるバナナが何種類かあって、みんな違う名前で呼ばれているのだからすごい。日本にお米の品種がいくつもあって、お餅からおせんべいまでいろんな食べ方があるように、コスタリカの伝統的な食事に欠かせないバナナも決して1種類ではないのだ。
 朝ごはんの後、わたしたち一向はいよいよバスに乗り込み、モルフォのオフィスのあるペレス・セレドンの町を目指した。今いる首都サンホセから南へ、バスで3時間半ほどの道のりだ。途中急にグーンと体が持ち上がるような感覚とともに耳が痛くなり、開いた窓から雨まじりの強風が吹き込んできた。ぐんぐん高度が上がっているんだと気づいてびっくりしているところへ、前の座席からカルロスの落ち着いた解説が聞えてきた。
「ここは『死の山』。昔たくさんの旅人が、ここを通るとき寒さで命を落としたからそう呼ばれているんだよ」
 うー、たしかに寒い!サンホセでバスに乗る前はちょうどよかった半袖Tシャツとショートパンツがたちまち場違いなものとなり、荷物から薄いダウンジャケットを引っ張り出す羽目になった。南国のイメージとはほど遠い、寒風吹きすさぶ山の世界…。コスタリカは赤道に近い熱帯の国だけど、標高差が激しいせいで、場所によって気候が全然違うのだ。さぞかし昔の旅人も難儀したことだろう。
 まるでもう一度飛行機に乗ったかのような激しいアップダウンに、わたしの頭が程よくぼーっとしてきた頃、バスはペレス・セレドンに到着した。そこからさらにタクシーに揺られること10数分。わたしの留学中の受け入れ先となってくれた障がい者自立支援センター「モルフォ」のオフィスに、ついに辿り着いた。
 小雨交じりの肌寒い空気を押しのけるようにして、胸をどきどきさせながら、わたしは車の外に降り立った。
 「あじゅみ!」
 スペイン語訛りでわたしの名前を呼ぶ声? わたしの到着を待ってくれていた人たちの声がした。

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