2024/07/04

「ちょっと背中やって欲しい」

寝支度を整えて、ベットに転がろうとしていた矢先、旦那にかけられた一言だった。眠たいのに、なんて思いつつも二つ返事で了承する。若干の面倒くささはあれど、マッサージをすること自体も旦那のことも好きだった。
「いいよ、寝て準備して」
そう返せば嬉しそうにわらって「ありがとう」と一言返す。その素直さと、感謝を口にする頻度の高さにやっぱり好きだなと実感する。
ベッドに寝転んだ彼の体を横目に照明を落とす。私は間接照明が大好きで、家中あちこちにオレンジ色の小さな灯りを置いている。リビングルーム兼ベッドルームに置いてある間接照明は柔らかな丸みを帯びた、円筒状のものだ。高さは概ね手のひらくらい。母親へのプレゼントとして購入した物だったが、あんまり素敵だったので自分でも似た種類のものを購入した。ハンドタッチ一回でオレンジ色。二回目で蛍光グリーン。自由に色が変えられるのも魅力だった。
「準備できた」
「お、」
ベッドに寝転び、口元にティッシュペーパーを添えた彼がこちらを見ている。曰く、気持ち良すぎると涎が出てしまうらしい。なるほど。気持ちはよくわかる。整体通いをしていた時、同じように外面が危うくなったのを思い出す。
彼の体に跨り背中に手を添え、力を込める。私よりも幾分か肉厚で、体温の高い背中。押し込んだ手のひらは容易には沈み込まない。これは、固い。ずいぶん凝っているようだった。
「背中バッキバキじゃん」
「う”」
笑いながらぐっと体重をかける。そうすると潰れたカエルのような声がして、それがなんだか愉快だった。なんとなくだけど、彼は私の持つ加虐心を少し刺激する人間だなあと思う。こんなこと、思っちゃいけないのかもしれないけれど。
「画面ばっか見てるからだよ。仕事の時も、そうじゃない時も」
「い”、う”」
「少しはデジタルデトックスしないと、目からくるんだから」
耳が痛かろう私の小言。本質は彼への心配なのだけれど、可愛くない性格の私の言葉選びはざらついている。それに対して呻きつつ「うん」と返す彼の素直さは気分が良い。やっぱり、私は支配的な人間なんだなあと振り返ったところで親指が痛くなってくる。
「ふみふみしてもいい?」
「いいよ」
首肯の意を受け、私は立ち上がる。不安定なクイーンサイズのベッドの上。カーテンレールに手をかけそのまま彼の背中の上へ足を乗せる。足の指先を肩甲骨の窪みに沿わせて体重を預けた。上がる悲鳴。笑う私。先ほどよりも大きく頻度の多くなった様子に、手だけでは加圧が足りなかったか、と笑ってやる。
「痛いならやめるけど」
意地悪な言い方になってしまったかも、と思うより先に「やめないで」と返される。なんとなく、ティーンズラブコミックスの男役になったような気持ちになる。何もないシチュエーションでの、ちょっとした色気だった。

2024/07/04

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