同調率99%の少女(13) :訓練に向けて
--- 3 訓練に向けて
翌日火曜日、夏休み初日となって気分が一新された那美恵は流留と幸に連絡を取り、今日は鎮守府へ行くと伝えた。
「おはー!今日はあたし朝から鎮守府行くよ。二人はだいじょーぶ?」
すぐに流留と幸から返信が来た。
「おはようございます!あたしも朝から行けますよ~」
「おはようございます。私もこれから出発します。どこかで待ち合わせでもしますか?」
「それじゃー、○○駅の改札出たとこにしよ?10時半でいいかな?」
「OKです。」
「はい。了解いたしました。」
朝9時頃、那美恵は起きて朝ごはんをゆっくり食べたあとのメールのやりとりをする。流留と幸もほぼ同じようで夏休みだというのに早起きしているのであった。
待ち合わせを取り付けた那美恵たちは間に合うように朝の身支度をして自宅を出て向かっていった。
那美恵が駅(鎮守府Aのある駅)の改札口を出て見渡すと、まだ流留と幸はいないようだった。時間は10時20分。那美恵は、時間は決めたよりも早い時間に行って確実に皆を待つタイプなのだ。
30分になった。駅構内から人がぞろぞろ降りてくる。ちょうどそのダイヤの電車が停車していたのだ。その人の中に前髪を思い切り垂らして顔を隠した少女が歩いてくる。神先幸だ。
那美恵は彼女に気づくと、まだ距離があるにもかかわらず声を上げて呼び寄せた。
「お~い!さっちゃ~ん!ここだよ~!ここここ!」
那美恵は人の目なぞ一切気にしない質だが、幸はおとなしい性格のためモロに気にする。那美恵が声を上げた瞬間、周りの人間は那美恵や自分たちの側にいるであろう呼ばれた"さっちゃん"なる人物がどこにいるかキョロキョロする。とはいえ皆特に興味を持続する気もないのかすぐに自分たちの目的のために視線を本来の方向に戻してスタスタと立ち去る。
そのため幸が那美恵の側に行く頃には周りの人間はすでに気にしていない様子だった。
「……お、おはよう…ございます。」
「うん。おはよー!」
「あ、あの……」
「ん?どーしたの?」
幸はもじもじしながら数秒してやっと言葉をひねり出す。
「あまり……離れたところから呼ばないで……ください。」
幸の必死の懇願に那美恵は目をパチクリさせたあと、困り笑いしながら弁解した。
「アハハ~ゴメンゴメン。さっちゃんこういうことされるの苦手だった?今度から気をつけるね。」
幸はフゥ、と溜息を軽くついて那美恵の側に寄った。
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待ち合わせ時間から15分ほど過ぎてようやく流留が改札口を通って出てきた。
「すみませ~ん。二人とも。遅れましたー。」
本気で謝っている様子ではなく、特に悪びれた様子もなく那美恵たちに近寄ってくる流留。
「流留ちゃんおっそ~い!待ち合わせを15分も過ぎてるよ?」
「だからゴメンなさいってば。夏休みなんだから少しくらい……ね?」
那美恵は時間にルーズなのは嫌いなのだが、本気で怒るわけでもなく軽く冗談を飛ばして流留を注意するに留めておいた。
「も~流留ちゃんはスペイン人かよって話ですよ。」
「えっ?なにそれ~~」
意味がわからずツッコミ返す流留に、二人の端で黙っていた幸が那美恵の代わりに説明した。
「あの……ラテン圏の人って、結構普通に待ち合わせ時間に遅れることがあるらしいんです。なみえさんはそれで皮肉って……いるのかと。」
説明されてもなにそれ?となお聞き返す流留に那美恵と幸は暑さも相まってそれ以上詳しく解説する気は失せたので放っておいて鎮守府への道を進んだ。
後ろからはスペイン、という言葉だけを取り出して連想した流留が
「スペインか~あの有名なご飯なんでしたっけ~?パエリア?一度食べに行きたいなぁ~」
という単純な欲望丸出しの言葉をダラダラ垂れ流していた。
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鎮守府に着いた3人は早速本館に入り、那美恵は流留と幸を引き連れて執務室へと向かった。執務室のドアを叩き、断りを得て那美恵はドアを開けて入った。
「おはよ!提督。」
「おはよーございます、提督!」
「おはようございます。提督。」
「あぁ、おはよう三人とも。」
挨拶も早々に那美恵は早速本題に入ろうと提督に話を切り出す。
「連絡受けたけど、訓練のお話だよね?」
「あぁそうだよ。昨日は光主さん来なかったから話せなくてさぁ。」
「別に先に二人に話してよかったんじゃないの?」
「いや……そういうわけにもいかないだろ。俺は一応君を監督役として頼ってるんだから。」
頼ってる、はっきりとその言葉を聞いた那美恵はドクリと心臓が跳ねる思いがしたがそれを隠して受け答えをした。
「そっかぁ。あたし頼られちゃってますかぁ!そう言われたら仕方ないよね~……あっ!」
おどけて言葉を続けようとしたとき、ふと昨晩やりとりしたメッセージのことを思い出した。
「どうした?」
「昨日の!メール!!」
突然憤怒した那美恵のことを理解できず呆ける提督。そんな提督に向かって那美恵はさらに詰め寄る。
「気持ちよかったってどーいうこと!? 昨日流留ちゃんとさっちゃんに何したのぉ!!?」
「へっ!? 昨日って……」
一人で憤怒して一人で提督に思い切り詰め寄る那美恵を見てあっけにとられる流留と幸、そして詰め寄られている被害者の提督。この少女は何をこんなに怒っているんだとチンプンカンプンになっている。
「何を言って……あっ、昨日のマッサージのことか、もしかして?」
「……え?」
「え? いや、だからマッサージ。二人がさ、仕事お疲れ様って言ってマッサージしてくれたんだ。俺はいいって言ったんだけど川内がどうしてもっていうからさ。なぁ?」
同意を求められた流留はウンと頷いて答える。
「はい。西脇さん、提督の仕事も会社の仕事も大変そうだなぁ~って思って。んで昨日はやることなくて神通と暇してたんで、マッサージしてあげたんです。それが何か?」
流留からなんの意図も感じられない説明を受けて那美恵は目を白黒させてポカーンとし、フリーズしてしまった。3~4秒して解凍された那美恵は引きつった笑いをしてしどろもどろになりながら言葉を発する。
「あ、あぁ~アハハ。そ、そっか。提督お仕事尽くめで大変だもんねぇ~。な、流留ちゃんやさし~な~!五臓六腑に染みわたるでぇ~アハハハ~!」
那美恵がなぜ慌てふためくのか理解できてない流留と提督。一方の幸は黙って見てはいたが、那美恵が何を勘違いをしたのかを察した。高校では完璧超人で皆から慕われてる生徒会長光主那美恵という先輩も、場所が変われば人の子なのだなと愉快に感じた。とはいえこの察した思いをこの場でしゃべるほど空気の読めない、また人を辱めるほどの度胸は持ちあわせてはいない。
そんな幸だが、那美恵が勘違いしてまで秘める真の思いまでは気づかずにいた。
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「コホン!まぁ提督も?お疲れでしょうけど!やるべきことはみんな揃ってしっかりやりましょー!」
「え、あぁ。そうだ……ね。」
なんとか気を取り直して話を戻す那美恵に、提督はまだあっけにとられつつも相槌を打って続くことにした。
那美恵と流留、幸の3人は一旦艦娘の制服に着替えてくると言い執務室を出て行った。数分して再び執務室に現れた3人は、那珂、川内、神通に切り替わっていた。再開する頃には那珂も提督もすっかり気を落ち着かせており、すぐに本題を切り出した。
「じゃあ3人とも、ソファーに座ってくれ。」
「「「はい。」」」
提督は執務席の机の引き出しから数枚の資料を取り出して自身も3人の向かいのソファーに座った。そして口を開いた。
「川内と神通の訓練についてだけど、那珂の時と同じようなカリキュラムで行う予定だ。3人とも川内型の姉妹艦ということで、訓練も同じで済む。だから今回は俺の代わりに那珂が監督役、つまり二人を見て進行を調整する役目を担って欲しい。ここまではOKかな?」
「はい。だいじょーぶだよ。」
那珂は返事をし、川内と神通は黙って聞いている。
「それから、基本訓練の最中は手当が出ます。これは学生艦娘の二人も同様。」
「手当?つまりお給料もらえるの?」
と川内が真っ先に尋ねた。
「あぁ。学生艦娘制度内で採用された艦娘には、通常の艦娘や職業艦娘ではもらえる任務等の実働に伴う手当はすべて学校の部に一旦入り、学校側でやりくりされる。つまり実質的に学生艦娘には一時手当は直接行き渡らない。その代わりの授業免除や代休等の公的な支援が約束されるんだ。これは国の防衛にために働いたという観点でのお話。その前段階の艦娘として着任直後の基本訓練、これはあくまでも自分のために行う行為であり、これに関しては学生艦娘の運用は当てはまらない。あらゆるタイプの艦娘で、基本訓練の間は日給を与えられるんだ。その人の大事な時間を費やして国の防衛のために働けるようにするための絶対に必要な訓練をしてもらっているから、それに見合うだけの手当が出るということ……です。」
提督の話を聞いて川内と神通は那珂の顔を見る。那珂は自分のことを暗に尋ねられていると察し、答えた。
「うん。あたしも基本訓練の時お金もらったよ。あたしは土日分を除いた1週間つまり5日と3日訓練した扱いになってたはずだから、合計6万4千円もらったかな。」
「ろ、6万!?」
「……訓練してお金もらえるなんて……。」
川内と神通はそれぞれ違う驚き方をする。それを見て提督は補足した。
「艦の種類によって一日あたりの手当額も、その対象となる期間も違うんだよ。例えば駆逐艦白露型は3000円、重巡洋艦妙高型は12000円、後うちにはいないけど、戦艦金剛型は20000円という具合。重巡洋艦や戦艦になれば艤装の扱いは難しくなるから、その分の手当ということ。そして期間もダラダラやってひたすらもらえるわけじゃない。それは当たり前だな。軽巡洋艦の川内型と長良型という艦は最長3週間まで手当が出る。川内型と長良型の艤装は、最大でも3週間で艦娘、つまり艤装装着者としては十分慣れられるという想定なんだ。だからそれを越えてしまったら適正に見劣りとして手当は出なくなるペナルティ。ただ訓練中の怪我等のための保険は鎮守府全体でまとめて入ってるからそれは気にしないでくれていい。」
「ほぇ~~。なんか本格的に働くッて感じ。」
「…はい。」
川内と神通は説明にあっけにとられる。
「訓練中はお給料出るということは四ツ原先生経由で君たちの高校にも話をつけてるから、ご家庭には自分たちで話しておいてくれ。一応変な出処のお金じゃないってことを君たち自身の口から……ね?」
「「はい。」」
給与面の話のあと、川内と神通は提督から基本訓練のカリキュラムの資料を提示された。そこには次の項目が並んでいた。
・一般教養(座学)
・艤装装着者概要(座学)
・川内型艤装(無・改)基礎知識(座学)
・川内型艤装(無・改)装備・同調
・川内型艤装(無・改)進水・水上移動
・川内型艤装(無・改)腕部操作
・川内型艤装(無・改)脚部操作
・川内型艤装(無・改)スマートウェア操作
・川内型艤装(無・改)バリア操作
・川内型艤装(無・改)レーダー操作
・川内型艤装(無・改)魚雷発射管操作
・川内型艤装(無・改)艦載機(ドローンナイズドマシン)操作
・川内型艤装(無・改)出撃訓練(屋内・屋外・水路以外)
・川内型艤装(無・改)防御・回避(バリア訓練含む)
・川内型艤装(無・改)単装砲砲撃訓練
・川内型艤装(無・改)連装砲砲撃訓練
・川内型艤装(無・改)機銃訓練
・川内型艤装(無・改)雷撃訓練
・川内型艤装(無・改)艦載機・対空訓練
・深海凄艦デモ戦闘1/2/3/4
・自由演習
……
「こ、こんなに多いんですか!?」
カリキュラムの多さに驚き慄く川内。
「実際には2~3組み合わせて1つの訓練で終わらせられたりするから、多くても内容はあっさりしたものだよ。他の艦種ではカリキュラムが少なくても一つ一つめちゃくちゃみっちりやるのもある。川内型は数は多いけど、那珂も比較的あっさり終わったし、君たちも問題無いとは思う。」
「……とは申されましても、私、体力が……心配です。」
と不安を口にする神通。
「あ~、基礎体力はまぁ、必要だとは思うからそれは合間を縫ってやってくれ。同調では腕力・脚力や敏捷性は高まるけど、持久力や基礎体力までは増えないからね。それは普段から気をつけてとしか言えないな。」
神通の不安を耳にして対応しきれていないフォローをする提督。
「あたしは体力は自身あるからそこは平気かな。心配なのは、全部覚えられるかなってとこなんですよね~。身体動かす訓練はいいけど、学校の授業みたいに本読んだり座って何かするの苦手なんすよね、あたし。」
一方の川内は後頭部をポリポリかいて苦々しく思いを口にする。
「進め方は基本訓練の管理者、つまり那珂、実際のカリキュラム調整は君に一任するよ。いいね?」
「はーい。わかりました。任せて。」
那珂から快い返事を聞いた提督はニコッと笑って頷き、念押しして那珂に言った。
「スケジュールを作ったら後で俺に提出してくれ。確認するから。それから明石さんにも話を通してあるから、今後はいつ工廠に行って艤装を装備してもらっても構わない。先日は同調しないでってお願いしたから不満だったろうけど、今日からは、明石さんと那珂の監視のもとならいつ同調してもいいから。ただ地上では周りに気をつけてやってくれ。」
先日は、という言葉を聞いた3人はドキッとしたが、那珂も神通もポーカーフェイスを保ってなんとか普通に返事をした。ただ川内だけは焦りの顔をしたままだ。那珂は肘でつついてわざとらしく大きめの声で注意を促した。
「川内ちゃん!神通ちゃん!そういうわけだから!このまえ!同調できなかった!分!今日からガンガンして慣れていこうね!!?」
「へっ?あ~は、はい!わかりました!」
「……はい。承知しました。」
焦りを隠しきれず返事をする川内と、いたって平静を保って返事をする神通、二者二様であった。
「ところで君たち夏休みだっけ?」
「「「はい。」」」
「休みたっぷりあるだろうし、早めに終わらせてくれればいつでも任務を任せられるから、頑張ってくれよ。とはいえ夏真っ盛りだから、熱中症には気をつけて。個人的には13時以降の日中はぜひとも避けてほしい。うっかり倒れられたら管理者として俺マジで困るのよ。もちろん君たちへの心配が先だけどさ。」
基本的な注意をしつつ、最後はおどけてみせる提督。その言葉に3人はクスッと笑いつつも、真面目に返事を返した。
その日から川内と神通の、本物の艦娘になるための訓練が始まった。
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提督から訓練の事前説明を受けた3人。那珂は執務室の秘書艦席を借りてカリキュラムの確認を始めた。川内と神通は那珂についていき、那珂のやることをじっと見ている。
それに気づいた那珂は、二人にピシャリと言い渡す。
「カリキュラムはあたしが責任持ってきっちり決めてあとで二人にも確認してもらうから、二人はいつでもできそうな"一般教養"と"艤装装着者概要"をやっておいて。」
「……やっておいてって言われても。何をどうすればいいんですか?」
川内の返しに神通もコクリと頷いて那珂に尋ねた。
二人の言い分ももっともだと思い那珂は提督の方を見つめた。提督は那珂の視線に気づいて那珂に助け舟を出す。
「後ろの本棚に国から指定された教科書があるからそれ読んで。別にテストするわけじゃないから、暇な時に読んでおいてくれれば構わないから。」
それを聞いて安心した3人。川内と神通はそれらの教科書を本棚から引き出し、ソファーに座って読み始めた。
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那珂は自身の基本訓練の頃を思い出しながら、カリキュラムの羅列された資料とにらめっこしながら考えにふける。ざっと決める分には決められるが、川内と神通の能力的な問題もある。まずはそれを確認しなければならない。
座学やシミュレーション的な訓練は室内でいつでもできる。那珂は非常に真面目な顔をして考える。チラリと提督のほうを見ると、提督はPCに向かって何かを打ち込んでいる。那珂はすぐに視線を戻して手元の資料を見直す。
「ねぇ提督。」
那珂は再び視線を上げて提督を呼んだ。
「ん?なんだい?」
「あたしがやったときの資料って、秘書艦席の後ろの本棚に今もあるの?」
「あぁ。まったく変えてないから、全部あるはずだよ。」
「そっか。ありがと!」
自身が使った時の資料の場所を確認した那珂はカリキュラムの資料にメモ書きを始めた。夏休みはたっぷりあるが、長々と訓練をさせるわけにもいかない。先ほど聞いた給料の話もあるが、二人の体力や興味の持続を考えると、自身の時と同じか、少し日数をプラスした2週間が的確と判断する。本を読む座学はこの2週間繰り返しやってもらうことにして、早々に二人にさせるべきは基本的な動きだ。艤装の装備や同調を再優先で行い、その後進水、出撃で基本的な動きを完璧にマスターさせる。その後、シミュレーション訓練に戻り、腕部や脚部、その他装砲の操作や訓練とする。
最後は食事でいえばメインディッシュ、あるいはデザートたる深海凄艦とのデモ戦闘。那珂自身のときも行ったもので、小型ボートの上に、かなり耐久力のある深海凄艦の模型が乗っかっているものだ。それは自動運転でペイント弾を投げて迫ってくる。那珂は最初それを見た時は思わず笑ってしまったが、提督に真面目にやれと注意されたのと思い出した。
最重要拠点ではない鎮守府に配備される訓練用の機材は質が若干落ちる。場所によっては捕獲した深海凄艦をそのまま使うところもあるがそれはかなり限られた場所だ。
モロに首都圏近郊な鎮守府Aではそういうたぐいのガチの訓練はかなわない。
それで訓練にならない場合は自分自身が深海凄艦役となって二人に演習を何度もさせればいいだろうと考えた。慣れてない二人に本気でやる気もないが、わざと負けてやる気もない。自身だってできたんだからこのくらいはあの二人もきっとできるはずと、那珂は信じていた。
1時間ほどみっちり練って考えて調整したカリキュラム案を提督に報告することにした。
「……うん。なるほど。それはそういう根拠で考えてるんだね。」
「そ。あとこれはね……」
お互い顔はかなり接近していたが話が真面目な問題だったので、那珂も提督も一切気にはしない。
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那珂が真面目に考えている間川内と神通は借りた教科書を読んでいた。早々に飽きかけていた川内はじっと真面目に読み耽る神通に小声で話しかける。
「ねぇ。ねぇってば神通。」
「……!? は、はい。なんでしょうか?」
「そっちって、面白い?」
「この教科書ですか?」
「うん。それ。」
「ものすごく面白いです。以前の艦娘部の展示の比ではないかと。とても……参考になりますよ。」
珍しく興奮気味に言葉を出す神通を見て川内は興味を惹かれかける。彼女が読んでいるのは艤装装着者概要のための教科書だ。一方で川内が手に取ってしまったのは一般教養向けの教科書である。
「そっち一緒に読ませてよ。てかあたしのこっちの本さぁ。ぶっちゃけ中学の時の社会科の教科書みたいな内容なんだもん。面白くないよ~。」
「……むしろそういう艦娘以外の知識のほうが大事な気も……はい。一緒に読みましょう。」
「やったぁ!」
川内は手に持っていた本を閉じてテーブルに置き、神通に半身をくっつけて密着して彼女が手にとっている教科書を読み始めた。
「せ、川内さん……暑いです。そ、そんなにくっつかなくても……こうして真ん中に置けば……見えますので。」
「え? あぁゴメン。よく○○くんたちの漫画読ませてもらう時にこうしてたからつい。」
鼻で吹き出しながら笑って少しだけ神通から離れて座り直す川内。
神通は何気なく川内がポロリとこぼした過去のことが気になった。彼女は男子と密着して何かしてたのかと、思わずギョッとする。そんな態度を取っていれば、かつての噂どおりの誹謗中傷が生まれてしまうわけだと、川内をなんとなく気の毒に感じてしまった。
川内が神通と一緒に艤装装着者概要の教科書を読み始めてから十数分経った。川内もようやく興味を持続していた。川内は三戸と同じくゲームや漫画・アニメで旧日本海軍や各国の艦隊を覚えたため、それらに近い情報が出てくると"おぉ~"だの、"なるほどあれはこうやって艦娘制度に出てくるのかぁ!"と、声を上げて感心しながら読みふけっている。
一方の神通は趣味らしき趣味がない分、読書はジャンルを問わず手を付けていた。さすがに艦娘の本は興味はあれど手に取る勇気がなかったためにほとんど読んでこなかったが、軍艦や艦隊に関する本はサラリと読んだことがある程度。その方面の知識では川内のほうが卓越しているのかと彼女に感心した。
ただ、神通は勉強では負けていられないと、密かに闘志を燃やすのであった。
二人様々な反応を示しながら教科書を読み、ふと神通が時間を気にして時計を見ると1時間ほど経っていた。ふと提督の執務席のほうを見ると那珂が提督のすぐ脇に居り何かを話していた。カリキュラムの準備が進んでいるのだろうと踏み、すぐに視線を本の方に戻した。
次に神通が顔を上げて時計を見た時は、読み始めてから2時間経っていた。とっくにお昼をすぎている。神通が顔をあげたのでつられて川内も視線を本から離して部屋全体に向ける。その頃には那珂は秘書艦席に戻り、提督はPCに向かって別の作業をしていた。
ずっと同じ姿勢で本を読んでいたため身体が硬くなってしまった二人はグッと背伸びをした。
「はぁ~~~!ずいぶん読んじゃったね。それ確かに面白いわ。」
「……はい。」
「そーいう本だったらあたしも真面目に読めそう。ねぇ!提督!」
PCから目を離した提督が川内を見た。
「ん?なんだい?」
「この本さ、持ち帰ってもいい?結構面白かったよ。普段本読まないあたしでもバリバリ興味持って読めたもん。」
「あ~、別にいいけどそれ1冊しかないから、適当にコピーしていってくれ。」
「わかった!ありがとね。」
提督から了承を得た二人は本を持ち帰ることにした。提督と川内のやりとりを聞いて視線を上げた那珂は川内と神通の方を見てニカッと笑いながら語りかける。
「どう?二人とも。お勉強できた?」
「はい!これならカリキュラム一つ今日終わりですよねきっと?」
「アハハ。一般教養と艤装装着者概要はもうクリアってことにしておくから、繰り返し読んでお勉強し続けてね。それ以外はこのあと説明するから。」
「はーい。」
「……はい。」
那珂はグッと背筋を伸ばした。
「んん!! はぁ~久々に真面目に考えたら疲れちゃった。もうお昼だよね。どうするみんな?」
「よし。今日は俺がおごってあげる。」
提督はリラックスしはじめる3人を見て、そう宣言した。
「えっ!?いいの?」と那珂。
「うわーい!やったぁ! 提督ふとっぱらぁ!」
「……申し訳ないですけど。」
バンザイをして思い切り川内は喜び、一方で神通は申し訳なさそうにするが、実のところ好意に甘える気満々である。
「いいっていいって。他の子は……五月雨と時雨はご家庭の旅行で今週は来ないし、今日は村雨たちも任務ないから来ないだろうし。留守番は明石さんに任せて行ってしまおう。」
「アハハ。明石さん仲間外れ~。」
「いいんだよ。あの人は会社の人と来てるんだし。」
那珂と提督は遠回しに明石を茶化す。そして那珂たちは提督に率いられ、昼食を取りに鎮守府を後にした。
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