同調率99%の少女(3) : 激戦
--- 7 激戦
鳴き声が聞こえた瞬間、6人は立ち止まる。
「これ……なに?なんの音?ていうか声?」
五十鈴が真っ先に疑問を口にした。
先頭に立っている那珂が探照灯を角度を広めて当たりを照らす。那珂には聞き覚えがあった。
「みんな、陣形展開して警戒して!」
那珂が真面目に全員に指示を与える。
輪形陣になって周囲に気を張りながら進む6人。那珂は進む方向に探照灯を当てている。
GPSで日中に確認したポイントまで辿り着いた。キュイーという鳴き声は、存在するであろうと推測された浅瀬のある当たりから聞こえてきた。キュイーという声にまじって、ゴプ……ゴプ……という濁った音も聞こえてくる。それらはすべて海中から聞こえてくるようだった。
「あそこか?あのあたりから聞こえてくるぞ。なんだ……?」
「都の職員の人に海底地図見せてもらったけど、GPSのあのあたりって洋上だけど確かにかなり水深が浅くなっているのよね。間違いなくあのあたりに何かあるわね。」
さらに警戒する天龍と、推測する五十鈴。駆逐艦2人は軽巡の3人の後ろでゴクリと唾を飲んで身構えている。
那珂が探照灯をわずかに動かしたその時、音が聞こえてきたあたりから何かが3つ、海面を波立てて浮き上がってきた。
ザバァ!!!
それは、日中に遭遇した重巡級の2匹と、日中にはいなかった大型の深海凄艦だった。その姿は人間など一噛みで2~3人は"噛み砕け"そうな肥大化して口に収まりきらない歯と、巨大な双頭、皮膚から飛び出た管のようなものが6~7本ある奇形のサメのような存在。前者の2匹も那珂たちより大きく威圧感があったが、それらのさらに数倍は大型の深海凄艦。それでも重巡洋艦級と判定されうる個体である。
暗いので目を凝らして見る6人だが、那珂が探照灯でひと通り照らしたので全員その姿を確認することができた。
「な、なにあれ……!?初めて見ますあんな大きな深海凄艦!」
「なんなのよあれ……」
五月雨と村雨はあきらかに日中の重巡級より大きな姿の深海凄艦に驚いて腰が引けている。
天龍はすぐに自身のスマートウェアで何かを確認し、口を開いた。
「……あれだ。あれが親玉だ。うちの提督からもらった指令データにある特徴そのまんまだ。2つ飛び出た頭。ホントに気味わりぃ姿のやつだ!」
那珂は全員に素早く指示を出した。
「全員少し下がって雷撃の準備をして! 敵がどう動くかわからないから先手を打つよ!」
那珂は村雨以外のメンバーを、(隣艦隊の天龍と龍田がいるため)通常の魚雷の射程距離分下がらせ、いつでも雷撃できる準備をさせた。自身は横に並ぶように村雨のそばに移動する。
那珂の持つ探照灯にはまだ3匹がくっきりと照らされて姿を確認できている。那珂は合図を送った。
「村雨ちゃん以外は全員雷撃して!」
那珂は村雨には魚雷を浅く沈ませる、相手に命中しやすい撃ち方をさせる予定だった。
その合図とともに五十鈴、五月雨、天龍、龍田は自身の持つ魚雷発射管から魚雷を放った。通常の撃ち方のため、エネルギー弾形式の魚雷はある程度海中まで沈んだ後、縮みだしたのち急に速度を出してまっすぐ斜め上に浮上しながら泳いでいく。距離的に、ほぼ3匹の真下に当たるように近づいていき……
ズドドォーーーン!!!
多重音になった魚雷の爆発音が響き渡った。すさまじい水柱が立ち、水しぶきが辺り一面に散っていき艦娘たちの顔や肌に当たる。
「やったか!?」
天龍はそれを見て口に出した。
しかしその場に横たわるように浮かんだのはサメの奇形型の重巡級の1匹の肉片だけで、あとの2匹の姿はなかった。
「ちっ、1匹だけかよ。あとのやつらはどこだ!?」
「潜って逃れたのかも。気をつけてみんな!」
那珂の探照灯に照らされたその様子を見て天龍と五十鈴が警戒を強めて周囲を見渡す。
慌てて那珂は探照灯を左右に動かして範囲を変えて照らすが、親玉の双頭の重巡級ともう一匹の重巡級の姿を完全に見失っていた。
那珂の想定が正しければ、2匹の深海凄艦は那珂自身に向かってくるはずである。しかし海中を見ても深海凄艦の目は判別できずわからない。
ふと那珂は探照灯を海中に向けて照らしてみた。艦娘という人が持つがゆえの行為であった。海面では反射して見えないが、少し離れている村雨の位置からだとごく浅い海中なら、その光でかろうじて確認できた。
「あ!1匹真下に来てま……」
村雨が気づいて言葉を最後までいうがはやいか、1匹の深海凄艦が那珂と村雨の中央辺りから浮き上がって空中に身を出してきた。
ザッパァーーン!!!!
隣り合って並んでいたとはいえ少し距離があったにもかかわらず、飛びだしてきた深海凄艦は十分に那珂と村雨に食らいつける大きさだった。双頭の重巡級だ。
那珂は浮き上がった時にできた大波の流れに身を任せて後退したため、双頭の重巡級をなんなく回避できた。
一方の村雨は一瞬回避が遅れ、片方の足の魚雷発射管をかすめるように触れてしまったためその魚雷発射管が弾き飛ばされて破壊されてしまった。村雨自身は避けたというよりもその衝撃で弾き飛ばされ、実質無事に後退できていた。
突然のことにあっけにとられた他の4人。はっと気づいて五十鈴は那珂に近寄っていく。五月雨は若干混乱しているのか、とっさに双頭の重巡級に向けて単装砲で何回か砲撃する。
「あ……ああああぁ~~!」
ドゥ!ドゥ!!ドドン!!
が、その直線上には五十鈴がいた。
バチン!バチン!
ドシュー……ボン!
と、五十鈴のバリアが五月雨の砲弾を消し飛ばす音と火花が散った。数発のうち一発は、五十鈴を通りすぎて何かに命中して爆発していた。
「ちょ!?五月雨!私が前にいるのよ!撃たないでよ!!」
バリアが砲弾を弾いたため被害はなかったが、自身の真後ろで電磁波による破裂音とバチバチと飛ぶ火花を見聞きして驚いた五十鈴が振り向いて五月雨に抗議した。
「あ!!すみません!ゴメンなさい!!」
五月雨は謝って慌てて単装砲を下ろし、五十鈴に遅れて移動して那珂たちの方に向かう。
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その光景をところどころ起きた光で見ていた天龍と龍田は……。
「あーあ。何やってんだよあの五月雨ってやつは。夜なんだから気をつけろっての。」
呆れてそう言いながら、那珂たちのほうに向かおうとする。
その時、天龍と龍田の前にもう一匹の重巡級が突然海面に姿を表した。それは、彼女らが日中に対峙した重巡級だった。暗かったが月明かりで照らされたそのグロテスクな造形の一部を目の当たりにして、二人にははっきりわかった。
「あぁ、てめぇか……日中のデカブツ。」
天龍は重巡級を睨みつけて更に続ける。
「日中はなかなか近寄れなくて思うように傷めつけることができなかったけどよ。こんだけ近くなら、あたしと龍田のマイホームだっつうの。」
「……それをいうならホームグラウンド。さらにいえば"間合い"というべき。」
「う、うるせぇ!そんなことはどうでもいいんだよ!」
かっこ良く決めたつもりが、言い間違いと言葉の誤用で龍田から2回ツッコミが入って照れ混じりに怒る天龍。
「おーーい旗艦さんたちよ!そっちの獲物はあんたらに譲るぜ!」
そう那珂に言い放ち、天龍と龍田はその重巡級と戦い始めた。夜だったので那珂たちからはほとんど見えなかったが、その声のすぐあとにザシュ!という何かを斬る音がしたので、天龍たちの戦いも始まったと気づいた。
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もう一匹の重巡級のことは天龍らに任せて那珂たちは双頭の重巡級をどうにか倒そうと模索する。
那珂たちの位置は、次のようになっていた。
村 双頭の重巡級
那
鈴
五
村雨が他の3人とやや離れている。村雨は自身の被害状況を3人に伝える。片足の魚雷発射管が取れてなくなってしまっていること、それ以外は無事だということ。
那珂はそれを確認し、胸をなでおろした。そして、頭の別の部分ではさきほどの五月雨の何気ない砲撃の結果を思い出していた。
五十鈴を誤射してしまったが、そのうち一発は、五十鈴ではなく別の何かに当った音が聞こえたのだ。那珂はとっさに想像を張り巡らせ、確証を得るために少しだけ双頭の重巡級の正面になるように移動し、当たったであろう部位を探すために探照灯を直に当てた。
那珂はそれを見つけた。そしてすぐさま3人に伝える。
「みんな、あの2つ頭のでっかいヤツには、普通の砲撃が効くよ!あたしが照らし続けるから、みんなで撃ちまくって!」
「わかったわ!」
「はい!」
「わかりましたぁ!」
那珂に近づこうとしていた五十鈴と五月雨は那珂から距離を置き、双頭の重巡級を半周取り囲むような位置取りをした。
村 双頭の重巡級 那
鈴 五
村雨は移動しなかったため、探照灯が当たった双頭の重巡級めがけていち早く単装砲で砲撃し始めた。続いて那珂、五十鈴、そして五月雨も砲撃を始めた。
ドンッ!!ドン!ドドン!!
ゴッ!!
ドカン!!
バーン!
単純な爆発音に混じって、装甲らしき皮膚や鱗を弾き飛ばす音が聞こえる。4人の耳には確実にダメージを与えている音が聞こえてきた。
何発か当たると双頭の重巡級は苦しみもがいている様子を見せ、そして砲撃から逃れるように移動を始める。図体がでかいので移動しても那珂の探照灯にすぐに当てられる。那珂たちの陣形を崩そうとするかのように一角である五月雨の方に向かってきた。
「わ!わ!どうしよ!?」
五月雨がどちらの方向に避けようか迷っていると、五十鈴が叫んだ。
「五月雨!私の方に逃げて来なさい!」
その言葉を聞いて五月雨は五十鈴の方に進もうとした。移動し始めるのが遅かったので、双頭の重巡級の突進にかなり近い位置での回避となった。そのため双頭の重巡級が突進してきたときに出来た大波に足を取られ、日中と同様に身体の横から海面に倒れこむ形で身体の半身を濡らしてしまった。
「ふえぇ~ん。またびしょ濡れだよぉ……」
「それくらい我慢しなさいな。それよりもまたあいつを囲むように位置を取るわよ。そうでしょ!那珂!」
最後に五十鈴は大声で那珂に確認を求めると、那珂は探照灯を縦に振って答える。頷いたという印だ。
元々五月雨がいた位置からぐるりと大きく方向転換をして那珂の方にむかってくる双頭の重巡級。探照灯を照らすために那珂も合わせて方向転換をする。それに合わせて他3人も双頭の重巡級を狙える位置に移動した。
「さー、来なさいな~一番の見せ場なんだからさ~!」
あたかも挑発するように那珂はひとりごとを言う。もちろん深海凄艦に聞こえたところで理解されないので挑発の意味は全くない。
那珂に近づいてくる最中、双頭の重巡級は身体のいたるところに開いているすこしだけ管状のものが飛び出た穴から、一斉に体液らしき"何か"を発射してきた。それの第一波が着水した。那珂たちはいない、何もないポイントである。激しい水しぶきを立てて爆発を起こした。
「うわっとっとっと!あっぶなぁ~」
「きゃっ!」
幸いにも4人とも当たらずにすんだが、その威力は肌で感じた。当たってしまえば艤装の電磁バリアでも防ぎ切れるかどうか怪しいとふむ。
"何か"の発射の第2波が来た。今度は那珂達の位置にかなり近い場所に飛んできたのでそれぞれその場から移動して避ける。
続いて第3波、第4波。あたり一面に"何か"の爆発で起きた水柱が立ちまくる。水柱という障害が夜間の視認性の悪さに拍車をかける。
「っ……!これじゃあせっかく砲撃が有効だってわかっても思うように攻撃できないわ。狙いにくっ……」
"何か"の爆発と水柱を避けながら五十鈴が愚痴る。
発射している間も双頭の重巡級は少しずつ移動していた。まったく狙えないわけではなかったが、水柱にあたると砲弾の速度が若干落ちるので、当然威力も落ちる。人の当然の反応として水柱を避けようとしてうまく狙えなくなる。直接本体をしっかり狙える状況でないとしっかりダメージは与えられそうにないことは明白であった。
爆発と水柱を避けているためすでに当初の陣形は崩れている。しかしながら探照灯を持っている那珂を狙って近づいているであろうことだけは全員わかっているので、それだけが頼りだった。
狙える位置に近寄ろうとするも、第5波、第6波が飛んできて4人の進路の邪魔をする。これがこのまましばらく続くのなら埒が明かないと4人は思っていた。
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しかし那珂だけは別のことも思っていた。発射してくる"何か"が体液のようなものだとすると、いくら巨大な生物であっても、連続で放出するのには限界があるはず。一度に大量の体液を放出しているから、そのうち弾切れならぬ体液切れを起こすはず、と。
那珂の考えがあたっていたのか、最初のうちは短い間隔で発射していた"何か"は、第7波、第8波、第9波、第10波と連続で発射されていくうちに、その間隔が長くなってきていることがわかった。すかさず那珂は3人に指示を出す。
「みんな!少し距離を開けて魚雷を撃ちこんで!急げば次の攻撃が来るまでに間に合うと思うからぁー!」
その意図はわからないが、那珂が言うことなら確かだろうと五十鈴たちは信頼した。そのためその指示が伝わってすぐ、3人とも普通の魚雷の撃ち方に必要な距離まで後退し、魚雷を撃つ準備をし始める。
「「「了解!」」」
そして第11波となる複数の"何か"が発射された。それが3人のところまで届くかなり前、五十鈴たちは一斉に魚雷を双頭の重巡級めがけて発射していた。
那珂は双頭の重巡級が動かないよう、あえて探照灯をその場で上下左右にぐるぐる動かして自分に注意を引きつけて、魚雷が到達すると思われるギリギリまでその場にとどまり、頃合いを見計らって急速に後退した。
そして……
ズド!ズドドオォーーーーン!!!
3人が発射した魚雷は双頭の重巡級に全弾命中した。尾ひれ、脇腹、片方の頭と、破裂により原型をとどめないほどえぐったり、尾ひれ付近に至っては完全に吹き飛ばしていた。
「やったぁ!気持ち良いくらいめいちゅー!みんな!あとすこしだよ~!」
探照灯を持っていない方の腕でガッツポーズをして喜び叫ぶ那珂。
しかしそのとき、すでに瀕死と思われたが、双頭の重巡級は最期の力を振り絞ったのか半分潜りかけていた半身をさらに沈ませ完全に海中に潜り、速度をあげて前方にいる那珂めがけて急浮上した。
ザバアァァア!!!
海面に勢い良く飛び出したので、上にいた那珂はポーン!とボールを投げたかのように空中に放り出された。
「ひゃあああ!!!」
「那珂!!」
「那珂さん!!」
「那珂さん!!」
3人が那珂の名を叫んだ。空中に投げ出された那珂は約2回転し、持っていた探照灯の照射がその回転に合わせて辺り一面に当たる。少し離れた位置で戦っていた天龍たちはその意外なところからの照射により、那珂の身に何かがあったことを察知した。
空中に放り出された那珂を食らうべく破壊されていないほうの頭部で口を開けて真下で待ち構える双頭の重巡級。そのまま那珂が落ちれば、誰の目にも死亡という、最悪の事態が待っている……はずだった。
しかし那珂よりも先に、双頭の重巡級めがけて落ちてきたものが2つあった。
一つは想定されたよりも低速な魚雷(の元となるエネルギー弾)と、もう一つはその真上に続く海水の水滴である。那珂は探照灯をその時は真上に向けて持っていたため、他のメンバーは落とされたものを誰も確認できなかった。海水の水滴が魚雷のエネルギー弾に浸透し、急速に縮みだしてスピードを上げて落ちていく。
そして双頭の重巡級は大きく開けたその口で、那珂ではなくその落ちてきた魚雷をまっさきに飲み込んだ。そして……
ゴアッ!!!
……バァァーーーン!!!
那珂以外の3人が確認したのは、海中・海上で見るよりも大規模で激しい爆発と爆炎で、その直後飛び散った双頭の重巡級"だった"肉片。爆炎の光で辺りが一瞬照らされたことで全員が目の当たりにした。
3人と、離れたところで戦っていた天龍たちは何が起きたかわからなかったが、五十鈴はすぐに察しがついた。那珂がまたあの奇抜な撃ち方をしたのだと。普通の艦娘ではまず思いつかない、やらない。それをやってのけるのは那珂だけ。
五十鈴はやれやれという呆れを込めて口の端を上げて苦笑いをした。表情はそうだったが、心のなかでは彼女が決めた勝利によりにこやかな笑顔をしていた。
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