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同調率99%の少女(23) :鎮守府に残った者たち

# 1 鎮守府に残った者たち

 早朝に那珂たちを見送った後、神通と五十鈴は残った五月雨と不知火とともに本館に入り、執務室で今後の話をしていた。
「私はこの後神通と一緒に、長良と名取の訓練をする予定よ。二人は……一体何の用事があって残ったの?」
 そう五十鈴が尋ねると、五月雨はややふんぞり返って答えた。
「実はですねぇ~、不知火ちゃんの学校の人たちが来る予定なんですよ。ね、不知火ちゃん?」
「(コクリ)都合がやっとついたから。」
 先日行われた艦娘の採用試験にずっと携わっていた五十鈴はそれだけですぐに気づいた。普段察しがよい神通は完全に蚊帳の外の話題だったためか、頭の上に?をたくさん浮かべて視線を行ったり来たりさせている。

「もしかすると、近々艦娘が増えるかもしれないってことよ。よかったわねぇ神通。あなたはあっという間に先輩艦娘になるのよ。」
 五十鈴のやや茶化しが混じった説明に神通はゴクリと唾を飲み込んで緊張し始める。
「もう……次の人たちが入るんですか?」
「いや~もしかしたらってことですよ。不知火ちゃんのお友達がホントに同調に合格できるかわからないですし。でも合格してくれると、私はもちろんですけど、不知火ちゃんはもっとうれしいよね?」
 神通の恐々とした確認を聞いて五月雨はフォロー的な言葉をかけるが、本音は神通への気にかけよりも、不知火との喜びを共有しあう方が上だった。五月雨から同意を求められて不知火はコクコクと連続して頷く。

 神通は知らぬ人が増える現実に一抹の不安を覚えた。学校とは異なり、今まで知らぬ関係・他人だった人物が同じ組織に加わる。同じ運命共同体として活動する。神通はアルバイトをしたことがないが、両親の経験を聞いて間接的にではあるが働くということ理解しているつもりだった。
 しかし所詮話だけのこと。真に理解に至ってはいなかったのだと気づいた。ろくに任務も出撃もこなしていないのにもう後輩だなんて、諸々の責任や変なプライドで今から不安で仕方がない。
 とはいえいつまでも考え込んでいるわけにはいかない。

 神通は俯いて密かに悄げていたが、当面のやるべきことを思い出して自分に言い聞かせる。自分は決して不出来ではない。やれる。だからこそ、あの年上の後輩を見て奮起できたのだ。
「い、五十鈴さん!早く、やりましょう。二人の訓練。」
「へ?どうしたのよいきなり。まだ来てないから無理よ。落ち着きなさい。」
「そ、そう……ですよね。わ、わかりました。」
 五十鈴は悄げていた神通がなぜ急にやる気に火をつけたのか呆気にとられた。しかしこの神通も、後輩を持つことによる心境の変化や身の振り方を考え始めていることなのだろうと、他校の人間ながら、微笑ましく思っていた。

--

 その後長良と名取が到着し、基本訓練が始まった。神通がやることは、水面に立てるようになったものの未だ満足に水上航行をできないでいる名取のサポートだ。今日も今日とて、名取が危なっかしい腰つきと足で水面に立ったはいいが進むに進めぬ様を眺めるだけである。
 いつになったら先に進めるのだろうと、普段我慢強い神通もはっきりと苛立ちが顔に表れ始めていた。五十鈴は完全に役割を分けたのか、長良に訓練の説明をしている。この日の長良の訓練は、砲撃の訓練だった。
 自分たちの時は訓練する立場であった自分と川内が同じタイミングで訓練の説明を受けていたのに、五十鈴の訓練方針のなんと違うことか。那珂とはこれほどまで取り組み方が違うのかと神通は愕然とした。
 そしてチラッと名取の方を見ると、彼女は友人二人のほうを申し訳なさそうに、かつ羨ましそうに眺めている。サポートする立場としてこれほどやるせないことはない。
 何か思い切った行動が必要だ。そう感じたが、実際に訓練をするのは名取。自分に何ができるのか神通は悩みながら、この日も名取が何度目かのスッ転びをして服をびしょびしょに濡らすのを眺めていた。

 ピンクの花柄か。制服が白だと透けてしまうのだな。神通は目の前の名取の現在の状態を眺めてふとどうでもいいことに気づいた。 内気な彼女のことだ。直接指摘したらきっと慌てふためくだろう。水面の浮遊すら解けて危ないかもしれない。リアルの友人たる五十鈴か長良に後で指摘してもらおう。

 神通は、何度隣の水域から砲撃の音を聞いたかわからない。試しにひっそり数えていたが、20発を越えたあたりから数えるのをやめた。そんなことで気を紛らわしても名取の様子は変わらないし、単なる現実逃避だと気づいたためだ。
 一つ気づいたことがある。五十鈴がこちらにチラチラ視線を向けてきている。名取を自分に任せて長良の訓練をするがままに進めているのに、名取を半ば見捨てたような態度を取っておきながら、実は気になっているのか。
 やはり友人のことだから鬼になりきれていないのだろうか。そう思うと笑ってしまう。

「ど、どうしたの神通ちゃん。やっぱり私の出来が悪いから……笑っちゃうんだよね。」
嘲笑がハッキリ表に表れていたのか。神通は名取の勘違いを受けて焦った。
「い、いえ。そうではありません。ただ、名取さんの友人のちょっとした姿が気になったもので。」
 神通の簡単な説明で当然わかるわけがないのか、名取は顔と頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

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 やがて五十鈴が長良とともに言葉を投げあいつつプールサイドに向かってきた。
「あ~~楽しかったぁ!やっと砲撃の訓練に入れたぁ。主砲ってやつ撃つのめちゃ楽しい!これ弓道部とかと同じかなぁ?」
「同じなわけないでしょ。あっちはきっと弓を射るために精神力とかを鍛えて射ること自体が最大の目的だからそれにうんと集中してやらないといけないんでしょうし。私たちは敵を倒すために集中するのと素早い撃破をするっていう二兎を追わないといけないんだから。楽しいとか言っていられるのも今のうちなんだからね。」
「まったまったぁ~。りんちゃんだって深海悽艦倒してスッキリストレス解消するの楽しんでるくせにぃ~? 今思うと、たまにりんちゃんが学校にちょースッキリ朗らか笑顔で登校してきてたのって、前の日に深海悽艦に勝ったからなんだよね?」
 肩をすくめてギクリとする五十鈴。アホな友人のまれに鋭い指摘に慌てたのか必死取り繕うと、長良はケラケラと口を半月並に開いて笑顔を見せた。

 神通と名取が訓練をしているのはプール設備の出入り口付近のエリアだったため、戻ってくる五十鈴と長良の二人は必然的に神通と名取に近寄る形になった。そして神通は五十鈴と視線が合う。
「そっちはまだ水上航行なのね?名取の運動神経の悪さにはさすがの神通も手を焼いてるってことなのかしらね。」
 そのあまりに他人事のような物言いに神通はカチンと来た。
「な、なんでそういう言い方するんですか? 二人の訓練の監督官は五十鈴さんなんですから、名取さんのこともちゃんと見てあげてください!」
「だって、あなた名取のことは自分が全部見たいですとか言ってたじゃないの。だから私はあなたを信じて任せているのよ。」
「そんな……それはあまりのも勝手じゃない……ですか! それになんでさっさと長良さんの訓練だけ、先に進めてしまうんですか! 二人に差ができてしまっても……いいんですか!?」

 次第に言い返し方が強くなる神通。しかし五十鈴は至って平然と言い返す。
「私の訓練方針は那珂とは違う、それだけのことよ。それにね、出来の悪い方に日程を合わせていたら、きちんと進められるはずの方に悪影響があるかもしれないから、私はできる方から進めることにしたのよ。これもリスク回避の考え方の一つ。尤も、出来がいい方、悪い方両方に一つのことを教えるなんて経験、普段の学校生活でも滅多にないから私自身手探りなのは否めないけどね。」
「い、五十鈴さんは、普段学校でお勉強を友達に教えるときに、成績が悪い方を見捨てるというんですか?」
「そんなことは言ってないわ。状況に応じて優先順位を考えているのよ。履き違えないでちょうだい。」
「詭弁に聞こえます。今、い、五十鈴さんが振る舞っているやり方は、名取さんを見捨てているように見えます……。」
「そういう見方をされるのは心外ね。もう一度言うけど、見捨てはしないし、そんなつもりは友人としてない。ただ、効率を考えてできる方を先に進めているだけ。」
 またその言い方をする。苛立ちが30%増しになった感じがした神通は食い下がる。
「だからその言い方が……気に入らないんです。お友達、じゃないですか。なんでそんな冷徹に見られるんですか?」
「私はそう思ったからそう言ってるだけよ。……人の気も知らないで……文句言って期待を裏切らないでちょうだい。」
 平然と言い返している五十鈴の言葉に怒気が混じってきた。やや声が荒げている。ただし最後のセリフは声のボリュームを思い切り下げたつぶやきになっていたので神通は聞き取れない。

 五十鈴の言い表し方は極端すぎる気がする。神通はそう思った。言葉尻で本音が全てが全て読み取れるわけでもない。その無理矢理な言い方を聞いてると苛ついてくる。わざととしか思えない。隠し方が下手なのか。真面目がゆえか、先輩である那珂とは大違いだ。
 あの人は本音をうまく隠してる気がするが、周りを丁寧に取り繕ってくれる。言い方自体はわざと軽口を叩いて苛つかせることがあるが、それもあの人の性格と考えあっての振る舞い方だ。同じ苛つかせ方でも五十鈴は何もかも那珂とは違う。
 五十鈴とはこんな人だったのか。冷静ではあるが目の前で瞬時に声を荒げたり暴言とも取れる言葉を静かにひねり出してくる。
 情緒不安定。神通はそう感じていた。
 自身の基本訓練の時は、親身になって対応してくれた。あの時の真面目で熱心で相手を思ってくれてそうな姿は、少なくとも今の五十鈴からは見て取れない。
 なんだかガッカリだ。

「何か含みがあるなら……私に頼む前に、ちゃんと話してください。お友達ではないのですから、五十鈴さんの思いとか、口に出してくれないとわかりません。五十鈴さん、隠すの下手でしょ? ……那珂さんだったら、もっとうまく振る舞ってくれるでしょうが。」
 神通は目を細めて下唇を噛んでジトっと睨みながら言った。後半の言葉は硬い表情を僅かに解き、小さくため息をつきながら呆れ顔で何気なく言った。
 その瞬間、五十鈴の上瞼がピクリと引きつった。
「ちょっと待ちなさい神通。なぜ那珂が……?」
「え?」
 那珂の事を頭に半分思い描いて比較していたために思わず口に出してしまった。しかし別に何か問題でもあるわけではないだろうとなんとなしに適当に構えていたら、五十鈴は突然ヒステリックな勢いで語気荒く言葉を浴びせてきた。

「なんで那珂と比べるのよ!!これは私たちの問題なんだから!」

 思い切りプールの水面を蹴ったために水しぶきが辺り四方八方に撒き散らされる。
 突然声を荒げる五十鈴に、神通はもちろんのこと、長良と名取も唖然とする。五十鈴はハッと我に返り俯きながら謝った。
「「りんちゃん!?」」
 友人たる長良と名取が真っ先に反応した。
「い、五十鈴さん? え、えと……どう、されたんですか?」
 神通が続いて反応してそう尋ねると、五十鈴は顔をあげるがハッキリとは触れない。それどころか、これまでの強気な態度はどこへやらといった様子でしどろもどろになって取り繕う。そして後ずさる。
「あ……う、その……ごめんなさい。なんでも……ないわ。気に、し……ないd……あぁもう! ちょっとゴメンなさい。」

 五十鈴はプールサイドから離れ、演習用水路のそばまで一気に駆け去り、やがて完全に姿を消した。
 神通はもちろん、長良と名取も何が五十鈴に起こったのかちんぷんかんぷん、思考も何もかも置いてけぼりになった。
「え~っと、アハハ。りんちゃんってばどーしたんだろうね? えぇと……あの。あたしりんちゃん見てくるね!」
 長良は明るく弾む声ながらも、セリフに不安の色が混じらせている。そして五十鈴を追いかけてプールサイドから離れていった。長良は初めて使う演習用水路へと向かっていったが、神通はその初体験を心配する余裕がなかった。
 対して名取は俯いたままだ。神通は視線を送るが、これといって良い反応を示せず、まごつくことしか出来なかった。

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 数分経ち、戸惑いつつも気持ちを切り替えて訓練を再開しようと動き始めた矢先にプールサイドのフェンスの先、つまりプール設備の外から男性の声が聞こえてきた。
 提督である。

「おーい、神通。」
「て……提督!? 館山行ったのでは!?」
 すると提督はフェンス越しに答えた。
「いや、紹介だけ済ませて一旦帰ってきたんだよ。これからまた五月雨と不知火を送らないといけないから、一応君たちに知らせておかないと思ってね。って、あれ? 五十鈴は?」

 提督が戻ってきていた。
 神通は自身の時計を確認すると、すでに昼を過ぎていた。なるほど、集中していてこのプール以外の出来事なぞまったく知らなかった。
 しかし提督の事情よりも、今は大事なことがある。それを伝えなければいけない。提督が姿を見せたのは好タイミングだ。
 神通は提督との少しの会話の後、改めてゴクリとつばを飲み込んで深呼吸をした後、口を開いた。

「あの……提督。ちょっとお話したいことがあるんですが。」
「うん?なんだい?」

--

 神通は途中途中、間を置きながらゆっくり説明を進めた。彼女の口が止まったことを確認すると、提督は表情を真面目に切り替えた。

「そうか。五十鈴の態度、ねぇ。」
 提督はそう言いながら胸の前で腕を組んだ。そしてまた言った。
「神通は、五十鈴のことがもう信頼とか一緒にやろうとはできそうにないかい?」
「え?」
 相手への不満を告げ口してしまえば、当然聞かれる可能性が高い質問。なんとなく想定していたがその質問への回答を覚悟していたわけではないので返事に詰まってしまった。やがて神通のか細い声が返事を生み出した。

「いいえ。そういうことは……ありません。まがりなりにも私の時にサポートしてくださったので、信じたいです。力になりたいです。けど……今の五十鈴さんはなんだか、嫌です。」
「ゴメンね。神通ちゃん。」
 突然背後から謝罪の声が聞こえた。神通が振り向くと、名取がいつものオドオドした態度を2割増しして申し訳無さそうにしている。神通の反応をそのままに名取は続ける。
「りんちゃん、ちょっと言い方きついときあるし、真面目過ぎて頑固で融通聞かないときあるんだけど……普段は友達思いの優しくて良い子なの。あとは……ちょっといいカッコしぃかな。」
「名取さん……。」
「そ、それにね、きつい言い方してくるりんちゃんこそ、本当のりんちゃんなの。本当のりんちゃんを見られるってことは、心許してくれた証拠だと、思うな。私もりょうちゃんも、りんちゃんの本性見るまで結構かかったもん。なんだかきついツッコミしてくるなぁって思って最初は戸惑ったけど、私達に対する心配とか気遣い・優しさは今までどおりだし、むしろホントに友達のこと気にかけてくれてるってわかりやすくなって、変に丁寧な頃のりんちゃんよりも気兼ねなく付き合えるように、なったよ。」
 そういう名取の表情は、訓練時よりも明るい。しかし神通は、五十鈴の名取への言い回しやその“ツッコミ”がどうしても許せない。
 神通がでも…と食い下がると、名取は続けた。
「もしかして……まだ気にしてるの? りんちゃんと私の接し方。」
 神通はコクリと頷く。
「私は実際気にしてないよ。だって友達だもん。実際ね、りんちゃんやりょうちゃんくらいなの。私がドジ踏んだりノロノロして周りに迷惑をかけてるってちゃんと伝えてくれるのって。だから、私は普段のりんちゃんが、好きなんだぁ……エヘヘ。ちょっと恥ずかしいね。」

 なんでヘラヘラ笑っていられるんだこの一学年上の後輩は。神通は心底疑問に感じた。自身には和子しか友人がいなかったからわからない。そして悪口言われてるのに平気だというその心構えが理解できない。
 その思いは表情に表れていたため、提督が気づいて確認のため問いかけた。
「俺としては名取がそう言ってるんだからその関係を尊重して見守ってあげたいんだけれど、神通にはまだ何か不満があるのかい?」
「……私はやっぱり、他人にきつく当たるのは許せません。友達同士ならなおさらじゃないんですか?」

「友達ってさ、別に仲良しこよしってだけじゃないんと思うんだ。仲良くなった相手にはあけすけにストレートに言ってくるやつもいる。俺自身、学生時代の友人にストレートにガシガシ言ってくるやつがいてさ。他にも一筋縄じゃいかない友人もいたよ。そんな色んな性格のやつらと付き合っていく上で、波風が立たないわけがないんだ。俺だってそんな交友関係多くはないけど、それなりに色んな性格のやつと付き合ってきたし、後からしたら笑い話にできる戦々恐々としたエピソードだってある。いろんな付き合いがあって今の俺がいるんだ。」
 提督が明かす友人事情の一端。神通は内容よりもその境遇の違いにショックを受けた。自分では到達できない高みにいるのが提督だったり、五十鈴だったり、そして那珂だったりするのだろう。もしかしなくても、年下組の五月雨たちや不知火にも勝てそうにない。神通は改めて提督の方を見ようとしたが、眩しくてまともに顔を見られなかった。せいぜいワイシャツの襟元くらいの高さまでしか視線の角度をあげられない。

 友人のことに対して明るく話せる提督や名取と同じ場にいて、神通はなぜ今まで友達を作ってこなかったのか、悔しくなった。五十鈴の本性も理解できないし、涙を浮かべたはずなのに五十鈴を笑って許せる名取を理解できない。

 ここまで思ってもなお、神通は五十鈴に対して納得できない。
「でも……でも……」
 その言葉を聞いて提督も名取も口をつぐんで、ただ呆れの表情を持って眺めていた。
「君も結構頑固だねぇ。はぁ……どうすれば五十鈴を許せるんだい?」
「五十鈴さんには名取さんに謝ってほしい。いくら五十鈴さんの口調が厳しいとしても、名取さんには丁寧に接して欲しい、です。」
 そう言った神通を提督は珍しく語勢を強めて諭した。
「それ以上はおせっかいだと思うぞ。」
「おせっ……かい?」
 似た指摘を以前受けた気がする。

「君には君なりの挟持…思いがあって、五十鈴と名取に仲良くして欲しいということなんだろうけど、二人には二人の思いがあるし、付き合い方がある。君の意見を通そうとする前に、相手のつきあい方振る舞い方をきちんと理解しておくべきだ。」
 そう諭す提督の表情はやや険しい。親以外の大人に初めて強く諭されて神通は瞬時に泣きそうになった。怖い。しかしその一歩手前で踏ん張る。提督はそんな神通を見てため息混じりに言った。
「俺は教師じゃないし本当は艦娘同士の関係についてあまり口出ししたくないんだけど、言わせてもらうよ。神通、君はもうちょっと相手をよく見たほうがいい。表向きじゃなくて、相手との距離感というのかな。それによって相手の気持ちにも気づきやすくなる。相手と互いに気持ち良いことを言い合うだけが付き合いじゃないんだぞ。」

 提督の言葉が突き刺さる。痛い。自分にとって当たっていることだから?
 感情がこんがらがってきて涙が出てくる。
 悔しい、言い返したいけど言い返せない。何を言っても提督には流されてしまう気がする。

 黙って俯いて思いを巡らせる神通をよそに提督はさらに続けた。
「那珂や四ツ原先生からの報告で、君はその……あまり交友関係が豊かじゃないということを伺っている。だから人付き合いもあまりうまくいかないところもあるんだろう。……本当なら君自身の力で五十鈴の思いを知って仲直りしてほしいところだけど、二人のためにも話しておくか。」

 また叱られた。しかしそれで神通が一憂する間もなく、呼吸を整えた提督が再び口を開いた。
「実はね、今回長良と名取の訓練に際して、五十鈴からある相談を受けてたんだ。」

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 意外な話が舞い込んできた。神通は俯きながら目を見開き、反芻して尋ねた。
「ある……相談ですか?」
「あぁ。それはね、二人の訓練は全部私が見る。誰の力も借りたくないって。最初俺はそれを聞いて、せめて那珂を頼ったらどうだって言ったんだ。神通たちの訓練の時は那珂は五十鈴に手伝ってもらったんだしね。それ言ったらさ、すげぇこっぴどく怒られちゃったよ。普段は淑やかにしてた五十鈴しか見たことなかったから、いいおじさんなのにびっくりして泣きそうになっちゃったよ。」
 固くなり過ぎないようにおどけつつ独白する提督。途中の体験談、神通は自身にも当てはまることを見出した。
 五十鈴に突然怒られた。
 さすがに那珂がキーポイントなのはわかるが、なぜなのかがわからない。

「けど俺はめげなかったね。強気な五十鈴もまた味があってかわ……ゲフンゲフン。強気なのになんだか脆そうでさ。じっくり優しく問い詰めていったんだ。そしたら、那珂に頼られるのはいいけど、那珂に頼るのは嫌だって。これまで数ヶ月、那珂と五十鈴は結構仲良くやってたの俺は知ってるし、なんでそこまで那珂に頼るのを嫌がるのか俺は本気でわからなかった。本当の気持ちはどんだけ問うても教えてくれなかったけど、気持ちのいくつかだけは教えてくれたんだ。」
「りんちゃん頑固ですしね……。」と名取はつぶやきながら提督の言葉に耳を傾け続ける。

 二人の小さな反応に相槌を打って提督は続けた。
「これは私の姉妹艦、長良型の問題だから、誰にも頼りたくないんだって。それに親友の二人を艦娘に鍛えあげなきゃいけないんだから、自分がやらなきゃいけないんだって。並々ならぬ意気込みを感じて、俺何も言えなくなったよ。」
 神通はなんとなくわかってきた気がした。しかしそうであれば、なぜ那珂でなく自分が頼られたのか。
 疑問はするりと口から漏れ出した。
「……とするとなんで、私が頼られたんでしょう……?」

「おぉ、そうそう。この話には続きがあるんだ。それから数日経った日、また五十鈴から相談を受けたんだ。前に相談を受けた時とは打って変わって悄気げて弱々しい姿だったからびっくりしてしまってさ、どうしたんだって聞いたら、うまく指導できそうにないって。二人が等しく進められないのは自分の指導力が足りないせいだって悄気げてしまいには泣かれてしまったんだ。」
 その告白を聞いて思うところあったのか、名取が口を開いた。
「もしかして……私のせいかもしれません。やっぱ私、りんちゃんに迷惑かけてたんだぁ~。りんちゃんってば私たちにだって弱音吐いてくれないからわかんないときあるもん……。」
「俺としては誰が悪いとか良いとか決めつけたくないから、どう慰めの言葉をかけようか戸惑ったよ。五十鈴の真面目さと責任感の強さをわかってたつもりだから、どう慰めてもまた泣かれそうでさ。」
「それで、どうされたんですか!?」
 名取はいつのまにか神通と同じ並びに立っており、上半身をやや前のめりに傾けて提督のセリフを待ち望んでいる。
「その場の勢いで口走ったから細かい言い回しまでは正直覚えてねぇわ。まぁなんとか聞く耳持ってくれたからよかったけどさ。」
 照れくさかったのか、提督は肩をすくめておどけて続ける。

「……コホン。正直さ、五十鈴が弱音を吐いてくれたことが内心嬉しくて、かなりドキドキしちまったよ。あぁいや、変な意味じゃなくてだな。俺の艦娘の運用の考え方とでもいうべきかな。自分の限界をちゃんと理解すること。一人で無理やり進めようとはせず、できないことはできないとちゃんと伝えること。できなかったら誰かを頼って一緒にやっていこう、相談して知ってもらおうじゃないかというのが、俺の信条。俺自身がそんな出来る人間じゃないからっていうのもあるけどね。そういう考え方だから、その時五十鈴が正直に弱音を吐いて頼ってくれたのが、すごく嬉しかったんだ。俺のやり方で艦娘になった人たちを助けてあげられる、戦いにいけない俺だって、みんなの役に立てる、俺のやり方は間違っていなかったって。」
 神通は提督の考えを聞いて感心していた。ただなんとなく艦娘制度に関わって、自分たち艦娘となった人間にただ意味なく優しく接して管理しているのではない。その実ちゃんと信念があって関わっている。
 それを知ることができた神通は心の奥底にほのかに熱いものを感じ始めていた。

「そんで必死に考えてアドバイスしたんだ。自分だけでできそうにないってわかったんなら、素直に誰かに頼りなさいって。先回那珂に触れて怒られたから名指しは避けたよ。自分の思いを理解してくれそうで、一緒に取り組んでみたいって思える人に頼れ。それは恥ずかしいことじゃない。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥っていうじゃないかってね。」
 そこまで聞いて、神通も名取も一人の人物名を出した。
「それが……私だったのですか?」
「それが、神通ちゃんなんですか?」

「あぁ。正直、予想の範囲内だったから、あまり驚かなかったよ。理由を聞いたら、こう答えた。あの娘なら私と同じく真面目に集中して取り組んでくれる。それになにより私の思いに答えてくれそうな気がするって。」
「思い?」
「あぁ。まぁ~言葉濁してそこは教えてくれなかったけどな。本人の思いが伝わるか否かは別としてそう期待をかけているなら、本人にお願いしてみればいいって言ったら、やっと顔をあげて落ち着いてくれたよ。で、念押しなのか年下の神通に頼るのは問題ないのか、間違っていないのかって聞いてきたから、自信を持つように言い聞かせた。それでもあまりよくない表情をしてたから、そうっと耳打ちしてやったよ。どうせ頼るなら、長良か名取の一人を全部任せてしまうくらいの勢いと度胸でいけってね。きちんと役割分担してお互いの負担をカバーするのが大事と思うからね。」

 全部任せる。

 神通はその言葉に引っかかった。もしかして、五十鈴は提督のアドバイスを忠実に実施していたのか?
 だとすれば態度の豹変も納得できる。何かの本で読んだことがあるが、弱りに弱り切った時に身近な異性に優しくされると、相手に惚れやすい・従いやすいと。相手の言葉がなんでも自分にとっての最良のアドバイスに聞こえ、全て信じてその身に留め置きやすくなる。
 それでなくても、五十鈴の気持ちは(偶然に)知ってしまっているので、知らない世界の知らない思いの駆け引きではない。

 提督のアドバイスが五十鈴の行動を変えたのは確かだ。しかし腑に落ちない点がまだある。
「あの……それで、五十鈴さんが私にかけた思いって……?」
「いやいや、そこまでは知らないよ。まぁ、それは神通が本人に尋ねるべきことだと思うな。仮にそれを俺が知っていて話しちゃったら、なんだか二人の関係進展に水を刺すようで無粋だ。」
 手の平をひらひら掲げてそう言い返す提督。

 この口ぶり、多分提督はもう少し何か知っているのだろう。神通はもう少し確認したかったが、さすがに昼も過ぎ、フェンス越しの立ち話を提督という大人の男性にさせるのは申し訳ない。提督からの話は得るものがあった、それだけでも良しとしなければ。

「まぁ、あの娘も大概無理しちゃう娘だからね。ハッキリズバズバ言ってくれるのは頼もしいけど、その強気の裏や脆さが見えやすいから、大人としてはちょっと気になってしまうんだよね。ま、そんな五十鈴だけど、嫌わないであげてな?」
 神通はコクコクと頷いて提督に返した。

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 後は自分と五十鈴の間で解決しなければいけない。
 友達がいない自分にとって、仲直りがどれほど困難なことなのかわからない。ただここまで提督から事情を聞いてしまうと、さすがに己で行動しないといけないというのはわかる。
 五十鈴が嫌いなわけではない。むしろフィーリング的には好きなタイプだ。だからこそ親友たる名取への言い回しや態度が気になったのだ。それが本性とか素だとか言われても乱暴な物言いは好きではない。ただ冷静に捉えると、五十鈴の思いとやらを理解しないで、本性の五十鈴を受け入れられない自分が悪いのかもしれない。
 そして五十鈴が訓練の進め方で悩んでいたのは理解できた。提督の一声で変わったかもしれないというのもわかる。わかるが、訓練の進め方に悩んで、結果として自分を頼ってくれたなら、なぜそれを自分に言ってくれないのだ。那珂より自分を選んでくれたのなら、信頼してくれてもいいのに。

 そうやって考えを巡らせるうち、五十鈴への憤りの矛先が変わってきた。
 神通の怒りは、本性とされる五十鈴の乱暴な物言いよりも、悩みがあったならなぜ自分に相談してくれなかったのだという、怠惰な態度にシフトしつつあった。

 神通と名取は提督に挨拶をして別れた。提督はプール設備の外を本館の方向に歩いて消えていった。神通は名取に合わせ、プールサイドから屋内施設、そして道路と水路を使わず、艤装を装着したまま歩いて工廠に戻ることにした。神通と名取が工廠に戻り、技師に確認したところ、五十鈴と長良は先に本館へ戻っていったという。それを確認し、神通はホッと胸をなでおろして、名取を連れてゆっくり歩いて本館へと戻ることにした。

 しかし昼食を取るために待機室に戻ると、いると思われた五十鈴と長良の姿は見当たらない。
「いない……ですね。二人とも。」
「りんちゃん……りょうちゃんまで。お昼一緒にいこうと思ってたのにぃ。」
 素直に残念がる名取をよそに、神通は五十鈴の気持ちを察してみた。
 もし自分が先に戻ってきたとしても、気まずくて先に出かけるかもしれない。考えることは同じということか。だとしてもこれ以上をわざと追う必要はないだろう。どのみち午後の訓練が始まれば、話す機会がある。
 神通はそう楽観視して、名取とともにお昼ご飯を買いに本館を後にした。

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