同調率99%の少女(19) :報告
--- 8 報告
鎮守府に先に到着したのは川内たちだった。といっても時間はすでに4時を回っており、日の出まであと40~50分といった時間になっていた。
川内たちが出撃用水路を上って工廠内に入ると、水路に設置されたセンサーの表示を見たのか、明石が駆け足でその区画へと入ってきて出迎えをした。
「ただいま戻りました。」
「たっだいま~明石さん。」
「ただいまですぅ~」
「ただいまただいまー!」
「おかえりなさい、4人とも!無事でしたね?」
そう明石が言って近寄ると、その言葉がすぐに嘘になったことを自覚した。
「って!川内ちゃんその格好!やられてるじゃないの!大丈夫!?」
「アハハ……どうにかね。初陣のあたしが一番被害すごいってなんか納得いくようないかないような、なんか複雑っす~。」
「ホラホラふざけてないでこっちへ来てください!五十鈴ちゃんたちは無事?」
明石はブンブンと手招きをしてまず川内、そして五十鈴を陸への移動を促す。
「はい。私たちは3人ともなんともありません。」
明石は心底ホッとしたような様子で胸をなでおろした。
「それじゃあ五十鈴ちゃんたちは提督を呼びに行ってください。報告を聞きますので。」
「はい。そういえば那珂たちはいつごろ戻ってくるか分かりますか?」
「数分前に連絡がありましたよ。あと10分くらいって言ってましたから、そろそろ戻ってくるはずです。」
明石の言葉を聞いて五十鈴は頷いて本館へと戻っていった。村雨と夕立は那珂の艦隊にいる五月雨と不知火を出迎えるために、そのまま工廠にいることにした。
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川内たちから遅れること10分。那珂たちが到着したときには、空の暗闇の端に白色の絵の具を一滴垂らして水平線に沿って混ぜたような仄かな明けが、那珂たちの背中を押すように迫りつつあった。
あらかじめそろそろ到着しそうということを那珂は提督らに連絡していたため、湾に入って工廠内に入ると提督と明石・妙高はもちろんのこと、先に到着した川内たちも出撃用水路の側で出迎えしてくれた。
「おおぅ!?なんか勢揃いしてるし。ただいま、みんな!」
「おかえり那珂、五月雨、不知火、神通。」と提督。
「おかえりなさ~い!那珂さん!神通……って!!何!?どーしたの神通!?」
誰もがその異変にひと目で気づいていたが、それを真っ先に言及したのは同期である川内だった。それを受けて五十鈴や明石、提督も次々に口に出して目に見えて心配をし始める。ほぼ全員から心配の眼差しと言葉を投げかけられ、一身に注目を浴びてしまった神通は照れくさくなり、支えられていた不知火と五月雨の肩を引っ張り寄せてその後ろに顔を隠してしまう。
「実はね、神通ちゃん、深海棲艦の体当たり受けて足の艤装を壊しちゃったの。」
「えっ……神通もですか?」
「もって?まさかそっちも何かあったの?」
那珂の聞き返しを受けて川内はしゃべろうとしたが、その前に提督が遮った。
「とりあえず4人とも上がりなさい。地面に足つけて落ち着いて話したいだろう。」
那珂たち4人は出撃用水路から上がり、艤装を脱いで話を再開することにした。
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那珂は正直なところ非常に眠かったが、今回の緊急の出撃の内容を全て報告しないことには終わらない。報告して提督から承認を得るまでが出撃任務だと認識している。それは五十鈴も同じだ。
那珂と五十鈴が提督に説明をしている間、五月雨ら駆逐艦は互いに慰め合い言葉を交わし合っている。冷たいお茶を持ってやってきた妙高が渡して場に混ざり、まるで親子のような雰囲気を醸し出す。さながら学校での出来事を急きながら話す娘たちと、話半分で頷いて聞き流している母親という日常の構図のように。
一方で川内と神通はお互い地面にへたり込みながら見つめ合い、そして自身らに起きた状況を二人で語り合っていた。
「……というわけだったのよ、あたしのほうは。」
「……そう、ですか。私は足の艤装を壊されただけで済みましたけど、川内さんのほうが初めてにしては……忙しすぎでした、ね。」
川内は肩をすくめて説明する。神通は苦笑いを浮かべてそれを聞き、自分のことにも触れる。
「ハハ。ヘットヘトだよもう。死ぬかと思ったもん。」
「私も……です。艦娘にとって、移動を制限されるとどれほどの問題なのか、あっさり死ねるかもしれないことが分かった気がします。」
川内は神通が言った、地味だが艦娘の根源を突く命に関わる大事な問題を何度も頷いて噛みしめる。そしてそれまでより大きめの声で、工廠のその場にいた誰もがはっきり聞こえる声量で言った。
「うん。けどあたしたちは、こうして生きてる。」
「はい。お互い、初めての戦いでボロボロですけど……生きてるって、素晴らしいです。私、改めて自分がすごい体験をしてるって実感できました。」
二人の言葉に那珂、提督、そして五十鈴たちが気づいて振り向く。自身らも初陣のときの思い出がそれぞれにあるため、当時を懐かしむ表情を浮かべ合う。
那珂は言葉をかけたかったが、あえて二人に声をかけずにいた。提督の方に視線を送り直し、眉を下げた笑顔を投げかける。視線に気づいた提督は那珂の意図に気づいたのかお返しにとばかりにほんの少し鼻を鳴らして同じく笑顔を返す。那珂と提督の心の中の思いは一緒で、それが眼の色に表れていた。
その良い雰囲気の最中、那珂は出撃前をふと思い出した。外に出て戦いを経て帰ってきた今、完全にもやもやとした気持ちが取れたわけでもない。しかし提督と同じ気持を抱けているこの瞬間は艦娘那珂として、そして光主那美恵として満たされて心地よい。もしかしたらチマチマしたことで悩んでいたかもしれない。いや、大事な気持ちなのだろうけれど、今は目の前の、若干あごひげが伸びた顔で浮かべる凛々しくもどこか頼りなさ気な、自分だけに向けられた優しい笑みが見られただけでもいいやと思い返すのだった。
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その後那珂たちは気持よく寝るために朝風呂を堪能し、それぞれの布団のある和室に我先にと駆け込んでいき、布団の中で安眠を貪り始める。
布団に飛び込んですぐに寝静まったその姿を見て、大人勢の提督・明石・妙高は少女たちの頭を優しく撫でて(提督はさすがに遠慮して見るだけだが)就寝の挨拶をそうっとかけてから執務室へと戻っていった。
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