同調率99%の少女(9) :一応の収束
--- 8 一応の収束
隣の部屋から笑い声が聞こえてきたのに三千花は気づいた。どういう話の流れになったのかわからないが、きっと親友が内田流留と上手いこと打ち解けられたのだろうと直感した。
しばらくして生徒会室と資料室の間の扉がキぃっと音を立てる。3人が生徒会室に再び姿を表した。三千花はその3人の顔・表情を見て、その直感が確信に変わった。
最初に一声あげたのは流留だった。
「ふぅ~~~!あ~スッキリした~!」
肩をコキコキ回したり首をクルクル回して動かしてストレッチ混じりに声を出す。
「も~三戸くんったら激しいんだからぁ~。あたしも内田さんもヘトヘトだよぉ~」
「ちょ!!なに人聞きの悪いこと言ってんすかぁ!?」
両頬に手を当ててウソの照れをする那美恵のシモネタ気味な冗談に手を振って全力で否定しつつ慌てる三戸。そんな三戸をジト目で三千花と和子が睨みつけた。
「いやいや!二人が頭に思い描いてることなんてしてないから!!ホントにあったらそりゃ嬉しいけど!」
そんなのわかってるわよと三千花たちは三戸の弁解を一蹴し、今回の問題たる那美恵と流留に視線と声を向ける。
「そのスッキリした様子だと、内田さんの本当のことは聞き出せたみたいね。」
「うん。バッチリ。それに内田さんはあたしのこと信じてくれるって言ってくれたんだよぉ。」
「そ。じゃあ私達にも情報共有してもらえるのかな?」
「うーん。それはどうだろー? 一応内田さんのプライバシーもあってぇ~」
那美恵がもったいぶらせて話さないでいると、流留は那美恵に向かってコクリと頷いて言った。
「会長、もう別にいいですよ。」
彼女のその表情はにこやかさが完全に復活していた。
「そぉ? じゃあみっちゃんたちにも話しちゃうよ。それとも自分の口から言う?」
「あたしから言います。」
流留はシャキッと答える。
そして流留の口から、先ほどと同じ内容がその場にいた全員に向けて語られることとなった。その内容は、三千花と和子、そして生徒会顧問の先生を安心させ、またそれと同時に噂や投稿の張本人に対し改めて憎しみを抱かせる内容だった。
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「わかったわ。内田さん、相当つらかったでしょうね……。周りからそんな風に思われて揶揄されて無視されたら、私だったら絶対耐えられずにどうにかしてたと思う。あなたよく爆発したりせずに平静を装っていられたわね。はっきり言ってすごい。その度胸羨ましい。」
「いやぁーそんな褒められると、照れます。」
まさか三千花から評価されるとは思っておらず、照れを隠さない流留は横髪を指でクルクルかき回す。
「そんなあなたに朗報があるの。ねぇ内田さん。犯人探しして、徹底的に解決してみる気、ない?」
「えっ!?犯人わかるんですか?」
流留は生徒会室の中央の机に身を乗り出してその意志を表した。
「えぇ。あなたと吉崎くんを盗み見たっていう人はわからないけど、噂というか、SNSのほうは元の投稿者を今運営会社の人に調べてもらってるから、きっと犯人がわかると思う。」
三千花から提案をされて流留は、しばし首をかしげたり俯いたりして考え込んだが、やがて答えを出した。
「うーん。ま、いいです。どうせ時間が経てばみんな忘れるし、生徒会のほうで覚えてもらえればそれで十分です。」
まだ逃げるつもりの姿勢でいるのかと三千花は流留に対して感じ、言葉強く言い返す。
「けどね内田さん。一度犯人をきちんと突き止めて処罰しないと、また同じことの繰り返し起きるよ?無視すれば解決するって思うのと、泣き寝入りはまったく別物なんだから。」
「あたしは……あたしを信じてくれる人が一人でもいればそれでいいんですよ。あとはどうでもいい。言わせたいやつには言わせておけばいいんです。」
「でも……」
三千花は食い下がるが、その言葉を遮って流留は続ける。
「それに今回は敬大くんっていう相手が悪かったんですよ。好きって娘多いみたいだから、多分ヤキモチ焼かれてハメられたんです。もう敬大くんとはお互い話さない関わらないって決めたから、そのグループの娘たちもそのうちコロッと忘れると思うんです。どのみちあたし、もう無視されてますけどね、ヘヘッ!」
普段の明るくハツラツな様子で鼻息粗めに皮肉を込めて笑う流留。
流留のその様子を目の当たりにした三千花は那美恵の側に寄り腕を掴んで部屋の隅に引っ張っていき、彼女に耳打ちした。
「ねぇなみえ。あなた内田さんを説得出来たんじゃないの?本当のこと話してくれたのはいいけど、今回のいじめに対する態度というか考え方があんな感じだと、根本からの解決にならなくない?」
三千花の指摘を受けて、んーと唸ったのち那美恵は三千花に言い返す。
「あたしも一回は確認してみたんだけどね。彼女がそれでいいって言って真剣に見つめてくるからさ、あたし根負けしちゃった。」
「なみえが先に視線をそらすって……内田さんって、噂に違わず気が強い娘なのね。」
「でも内田さんはね、周りの人と仲が悪くなるのを怖がってるんだと思う。恨みを買いたくないんだと思う。デリケートな面もあるんだよきっと。」
「でもだからってこのまま上辺だけの対応みたいで終わるのは私たちとしても気まずくない?」
「みっちゃんはちょっと忘れかけてるかもしれないけど、あたしたちがやるのは彼女からお願いされたこと。生徒会として風紀を乱さないよう注意を呼びかける対策をするのと彼女のお願いが大体一致してるからそれをするわけでさ。犯人探しは一理あるけど、それやったら無視・気にしないを決め込んでてもどうしても気になっちゃうのが人間だよ。悪い感情残しちゃう気がするから、あたしはそこまではやらないほうがいいと思う。あくまでこちらからの提案ってだけにしとこ?」
「そんな……それじゃ再発を防げないじゃない……。」
「今回はそれでいいとしてさ、彼女が今以上のことをお願いしてきた時に、何かしてあげよ?」
那美恵の言葉に納得の行かない様子を見せる三千花だったが、一つため息をついて気持ちを切り替えた。
「……わかった。けどなにか起きてから次の対応っていうのは後手であってあまり良くないよ。だから最初の投稿者だけはあたしたちでしっかり情報保管しておきましょう。次に同じ問題が起きそうな噂が漂ったらそれを切り札にするのよ。それをどうするかはなみえに任せるわ。」
「サラリと重大な情報預けようとするねぇ~みっちゃん。ま、いいや。内田さんを守るためだからね。あたしにお任せあれ。」
那美恵は拳を胸に添えて張りながら言った。
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ふたりが部屋の真ん中の机の側に戻ってくると、三戸がどうしたのかと尋ねた。
「ううん。ちょっとね。みっちゃんと今後のことについて確認し合っただけ。」
那美恵は頭を振って三戸に回答した。
そして那美恵は三千花の顔をチラリと見た後、まばたきだけで頷いてから流留に視線を向けて口を開いた。
「内田さん、じゃああたし達の提案は今回はやらないということで、いいのかな?」
「はい。ありがたいけどそれはそれで。あたしが望むのは最初に言ったことと、早く鎮守府に連れて行って下さいってことだけでよろしくです。」
「おっけぃ。じゃあそれ以上はあたしも何も言わない。内田さんとの話はこれまで!」
那美恵は流留の方から三千花、三戸、和子のほうに視線を戻して言う。
「みんな、掲載の準備はできてるよね?あとはSNSの運営会社からの連絡待ち。投稿データの証拠がもらえるならきっちりもらっておいて、その後全部消してもらう。それで、内田さんからの依頼作業は完了。」
「えぇ。」
「了解っす。」
「わかりました。」
その後生徒会顧問の先生と和子は掲示用の文章をコピー機で刷ってきた。時間にして17時を過ぎた頃。校内にはほとんど人の影はない。貼り付けに行くには人に見られず、集中できていい頃だ。
「会長、校内の掲示板はこれだけあるので、4人でやればすぐ終わると思います。」
と和子は数を数えながら言った。
「先生も手伝いますから、5人ですよ。」
「あの!あたしも手伝いますよ!」
流留も声を揚げた。それに対して三千花が断りを入れる。
「いや、内田さんは別にいいのよ。あなたに関係あるとはいえ、これはあくまで生徒会としての仕事だから。」
「いえいえ。張り紙くらいは手伝わせて下さいよ!今はなんだか、少しでも動きたくてしょうがなくって。」
ポジティブな方面で食い下がる流留の勢いに負け、三千花は那美恵がコクリと彼女が頷いたのを確認すると、流留の参加を承諾した。
「わかったわ。じゃあ内田さん。貼り付けるの手伝ってください。」
「はい!」
6人で行なった校内の掲示板への貼り付けは、それなりに大きい校舎2棟あるにもかかわらず10分もかからずに終わった。そして那美恵質6人は再び生徒会室へ戻ってきて、作業の完了を報告し合った。
掲示がどれほどの効果があるかは流留は想像つかない。しかしやっと信じられる人ができた、壊れた日常の代わりになりうる生活が目の前に迫ってきているという安心感と期待感が、彼女にもとのハツラツさと元気を取り戻させつつあった。
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翌日・翌々日になったが、校内の空気はそれほど変わっていなかった。ほのめかした程度の内容では効果が望めないと那美恵たちの誰もが感じたが、SNSの方に目を向けると、空気が一変していた。
やはり流留には回ってこなかったが、それらの投稿を見たという彼女に味方する数少ない男友達、彼らにつながる数人の女子生徒たちから人づてで話を知ることになる。
「あの掲示板ヤバくない?先生たちにこのSNS見られたかな?」
「あの投稿消さないとまずくない?」
「心配することないっしょ。単なる脅しっしょ。それにウチラだって回ってきたの再共有しただけだし。それにしても誰やったんだろ?」
「流留と吉崎くんが相談しに行ったんじゃないの? でも敬大くんは先生たちからも評価いいしチクるなんてしない人だし。きっとあの内田流留がしたんだよ。男子とばっかいて態度でかくて成績悪いやつ。マジうぜぇ」
「でもそんなやつがいじめられてますなんて言ったって誰が信じるのよ?問題ないって。」
「そーそー。それに全員がマジで処罰されるなんて現実的にありえない。」
「そもそもこの写真だれが最初に投稿したの?何組のやつ?」
「そいつだけ処罰受けるだけっしょ。あたしたちにはかんけーないよね~」
「どのみち内田流留ネタ、もー飽きたからどうでもいい。どのみちあんな変人無視するに限るわ~」
「・・・でも○○くんにも手を出してたようならあたしは絶対許さない。追い詰めまくってやる。」
「まぁその時はその時でいーんじゃない?またどこかからいいネタ写真流れてくればサイコーだよね~。」
「ね~」
「ね~」
様々な反応はあれど、確実に掲示は人々の心に影響を与えていた。そしてこの手のいじめをかつて中学時代に受けたことがある流留の経験則は、ある意味当っていた。
さらに翌日になると、実際の学校生活の雰囲気でも、もはや流留の写真ネタに関することはすでに遠い昔のような、古いネタ扱いになっていた。流留がふんだように、もともとが吉崎敬大の取り巻きによる行為だったために、流留と吉崎敬大の関係がまったく話題にあがらなくなると、流留へのいわれなき誹謗中傷もあっというまに鳴りを潜めることとなる。ただしそれは完全に無関係の一般生徒の話であり、流留に想い人を盗られたと信じて疑わない一部の女子生徒からは引き続き静かに恨みを持たれることになる。
わずか数日程度とはいえ、一度根付いた当事者への印象はなかなか拭い去れない。もともとが同性との交流がほとんどなく男子生徒とばかり接していた変わり者の流留である。ただの生徒の誹謗中傷よりも印象付けが強い。そのためしばらくは同性たる女子たちからの誤解が完全に解けることはなかった。
誤解が完全に解けるまでは女子たちはもちろん、流留の取り巻きだった男子、密かに想いを寄せていた男子たちからも、噂や投稿による流留の印象は根強く残り続け、流留はなんとなく避けられる日々が続く。
流留はこの日以来(三戸以外の)男子生徒と話すのを控え、普段は誰とも話さない孤立した存在となっていく。ただ変わらないのは、変わり者の美少女であること。態度の一変した彼女に興味を抱く者も少なからず出てくるが、先の噂話の影響もあって、彼女に直接コンタクトを取ろうとする者はいない。
そして変わったのは、新たに彼女の心の拠り所となった、光主那美恵と艦娘部の存在である。かつて流留が小さい頃から追い求めてきた安心できる・依存できる従兄弟たちの影、その代わりにと求めて作ってきた日常は、彼女の変化とともにゼロクリアされた。それでも原点である従兄弟たちの影を捨てきれない彼女は、新たな拠り所として1年年上の光主那美恵と艦娘部、そしてまだ見ぬ艦娘の基地、鎮守府に希望を託すのだった。
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