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同調率99%の少女(22) :体験入隊

# 3 体験入隊

 西脇提督が館山基地を後にし、提督代理として妙高が村瀬提督や海佐らとともに庁舎に残った。理沙は艦娘たる学生達を預かる保護者として那珂たちと行動をともにすることになった。
 一行は体験入隊監督官の亥角一尉の指示と案内のもと本部庁舎の正面玄関の前に出てきた。庁舎前道路の更に手前の芝生に移動して待っていると、ほどなくして庁舎前の道路にジープが数台停車した。

「これから我らの基地の各場所をご案内します。敷地は非常に広いので車を使います。乗車お願いします。」

 那珂たちは用意されたジープに乗り込んだ。ジープには数人、隣の鎮守府の艦娘が乗り込んだ。隣の鎮守府の顔見知りといえば天龍と龍田だが、運悪くその車中には二人とも乗り込んではこなかった。
 黙っているのが得意ではない那珂は話したくて仕方がなかった。ウズウズしている様に川内がすぐに気づく。
「どうしたんですか?トイレ?」
 小声で川内が尋ねると、那珂は手で口を隠して壁を作り川内に顔を寄せて言った。
「違う違うよ。あの人たちとおしゃべりしたくて。」
「すりゃいいじゃないですか。」
「タイミングを見てたのよ……ときに川内ちゃんは気になる子いる?」
 那珂の問いかけに川内は頭をブンブンと振って下を向いた。
 社交的で明るいとはいえ、完全にアウェイとなると川内の社交性は影を潜めてしまう。那珂は川内の様子を見て、ここは自分が音頭を取らなければと意気込む。
 那珂は意を決して声をかけた。

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「ねぇねぇ。あたしは千葉第二鎮守府の軽巡洋艦那珂っていいます。あなた方は何ていう艦娘なんですかぁ?」
「あ~、ど、どうも。先ほど最初に挨拶されましたよね?」
「は、はじめまして。」
 那珂が話しかけると、神奈川第一鎮守府の艦娘たちは顔を上げて一気に表情を明るくした。相手もタイミングを見計らっていたのかと那珂は想像し、自己紹介を促した。
 同じ車両に乗った神奈川第一の艦娘は、駆逐艦皐月、文月、長月、水無月、の四人だった。四人は同じ中学校の1年で、神奈川県の市立の学校から来ているとのこと。
 那珂たちがさらに質問をすると、次第に神奈川第一鎮守府の艦娘の運用の一部が明らかになってきた。

 神奈川第一では、提督の下に幹部たる艦娘がおり教育官を担当している。その数人が訓練のカリキュラムを作り、学校の授業ばりに時間と単元を決めて訓練スケジュールを厳密に決めているのだという。
 着任直後に行われる基本訓練は、艦ごとの内容はひとまとめに統合されて、一括して行われている。艦種ごとの独自内容は後で個々人あるいは姉妹艦でまとまって自主的にするか、先任の担当者または同艦種の現在の担当者に監督依頼を申し出、教育官たる幹部の艦娘らに許可もらってからやらなければいけない。
 そして基本訓練が終わり通常の訓練のスケジュールの枠組みにはめ込まれると、週一回、チーム分けして演習試合が行われる。

 彼女ら長月たちは今月の始めに基本訓練が終わってようやく一人前の艦娘として通常運用に入ったが、日々のあまりの訓練のつらさに辟易していた。一回の訓練あたり、学校の体育の比ではない運動量と精神力を浪費しているという。
 先程まで緊張で黙りこくっていたのがウソのように、長月らは饒舌になった。喋るというよりも鬱憤晴らしするために吐き出すというほうが正解に近い。
 那珂たちが逆に黙りこみ、口を挟む間もなく聞き続ける形になった。

 実は先月始めまでは別の人間が長月や水無月という艦を担当していたという。つまり、先月までの長月や水無月、皐月たる人物はやめて、先月の途中で今の目の前の少女たちが長月や文月、水無月になった。着任したてなのである。長月たちも聞いた話のため又聞きという形になるが、神奈川第一では艦娘の入れ替わりは多いのだった。

 他の鎮守府の一面を知った那珂たちは言葉が中々出せなかった。心に湧き上がった思いは、自分たちはまだまだ何も知らないという羞恥の念と自分たちは仲間に無念のリタイアをさせたくないという決意の芽だった。

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 重々しい空気が車内を包む。ふと我に返ったのか、長月が那珂たちに謝ってきた。
「す、すみません。よその鎮守府の人に愚痴をこぼすなんて、いけませんよね。でも……艦娘って、もうちょっとこう、一人ひとりが簡単に強くなれて、みんなで楽しく安全に戦えるって思ってました。あぁいや。実は私達、まだ実戦に出たことないんですが。」
「あの~、皆さんって、本物の深海棲艦と戦ったことあるんですか?」
 そう尋ねてきたのは、皐月と名乗る艦娘の少女だった。その問いに真っ先に口を開いて反応したのは夕立だ。
「うん!うちはみ~んな実戦に出たことあるよ!あたしとますみんはこの中でもキャリア長いんだよ。言ってみれば先輩っぽい? ていうか皐月ってうちのさみの本名っぽい。紛らわしい~。」
「ホラゆう!そんな内輪のこと言っても長月さん達にはわからないでしょ。あぁ、私は駆逐艦村雨ですぅ。この娘は駆逐艦夕立。こっちは駆逐艦時雨。あたしたち三人、うちに鎮守府では経験長いといえばそうなんだけど、私達より強くて頼りになるのは、こちらにいる那珂さんよ。」
 村雨の言葉に那珂はテヘヘと微笑みながら身体をくねらせる。
「やだな~村雨ちゃんってば~。照れるやろ~!? あたし後輩だよ~? 先輩にはまだまだ遠く及ばないっぽい~?」
「うあぁ~那珂さんってばぁ!あたしの口癖真似たぁ!!やめてよぅ~!」
「アハハ!」
 わざと真似た口癖、それに夕立は素早く反応して那珂にツッコんできた。普段ツッコまれる側だが珍しくツッコんだ瞬間である。
 那珂はケラケラと笑って流した。

「……というように、無駄に謙遜してちょっと砕けたところありますけど、こんな那珂さんをみんな頼って信頼してるのは確かです。」と時雨がやや呆れ混じりに言う。
「クスッ。みなさんとっても仲良さそ~。羨ましいなぁ~。」
 非常におっとりした口調で笑顔をたたえて羨望を口にしたのは文月と名乗る艦娘の少女だ。そんな文月に補足的に反応したのは川内だった。

「まぁうちは人少ないし、出来てからまだ一年経ってないそうだしね。みんなで揃って考えて行動しないとダメなんだよ。だからできる人がその部分をやる。ぶっちゃけ先輩後輩って意識はみんな薄いかな。だからあたしは時には那珂さんの言うことを聞いて日々修行したり、新人の様子見に行ってアドバイスしたり、自由にやらせてもらってるよ。」
「川内ちゃんの修行っていうと、待機室で寝っ転がってゲームしてるあれも修行の一環になるのかなぁ~?」
 偉そうに達観した雰囲気で言を口にする川内をからかいたくなった那珂のツッコミが炸裂し、川内は途端に顔を羞恥で赤らめる。
「ちょおおおっと那珂さぁん! 見ず知らずの人にそういうことバラすの禁止でしょ!!」
 手をバタバタさせて慌てる川内を見て那珂だけでなく、時雨たちもこらえきれずクスクスアハハと笑い始める。さらにつられて長月たちも笑みを漏らす。

 ひとしきり笑いが収まると、長月たちは顔を見合わせて今度は羨望と悲しみを込めて失笑して言った。
「本当、楽しそう。」と長月。
「うんうん。な~んか絶対うちの鎮守府より過ごしやすそ~。羨ましいなぁ。」と皐月。
「あたし、そっちの鎮守府に入りたかったなぁ。毎日厳しいの嫌~。」と文月。
 水無月も口こそ開かないが三人の意見に激しく首を振って同意を示していた。

 愚痴を漏らす四人に対し、那珂は時間を気にしつつ、真面目に声を掛けた。
「よそが羨ましいってのは気持ちはわかるけどね。でも自分の鎮守府をもうちょっとよく見たほうがいいなぁ。だって着任してまだ一ヶ月くらいしか経ってないんでしょ? まだまだ見るべきものたっくさんあるでしょ~、ね?」
 長月たちが無言で頷く。
「あたしからするとね、学校の時間割みたいにスケジュール組んでそういう仕組や運用をきちんと考えられる人がいて、それを信じてみんなで守って運用してる。そっちのほうが羨ましいって思うの。艦娘の集団って、別に何かが強制ってわけでもないから、結局烏合の衆だって思うの。だからみんなで決めた運用を、それがたとえガチガチに厳しくて忙しいものでも、なんだかんだで守ってるのは、それはお互いを信じて、そして敷いては提督を信じてる証拠だって思うの。うちの鎮守府はまだまだ経験が足りなすぎるから余計にそう思うの……ね? ところで、そちらの村瀬提督ってどんな感じのお人?」

 那珂の前半の言葉に黙って頷いて真剣に聞いていた長月たちは、提督の話題になると四人ともやや恥ずかしそうに、しかし満面の笑みで語りだした。
「忙しそーだけど、訓練終わりに時々僕たちのこと見に来て、ご苦労様って声かけてくれるよ。時々教官の目を盗んでお小遣いくれるの。これでジュースとお菓子でも買っておいでって。」
「優しいよねぇ~。パパって感じで、あたし提督のこと好き~。」
「そうそう。私達に提督は怒鳴ったり厳しいこと言わないし。怖いのは教官や先輩たちだけだよ……。」
 皐月に続き、文月そして長月も口々に提督の評価を明かす。

 那珂たちにとって、まずはたった四人の声とはいえ、よその鎮守府の貴重な声だった。

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 引き続きの会話の主導権は川内や村雨に任せ、次に那珂は理沙に話しかけることにした。他校の教師だが、どんな形にせよ自分たちを保護してくれる存在だ。チラリとまず視線を向けると、理沙はこれまでの那珂たちのおしゃべりを眺めて微笑んでいるようだった。
「あの~黒崎先生。」
「は、はい! なんでしょう?」若干うわずった声で反応する理沙。
「今回、先生が参加してくださって、安心しました。うちの四ツ原先生は都合悪くて来られなくって。」
「あ……そうですね。伺ってますよ。」
「先生方って夏休みでも出勤なさってるんですね。あたし知らなかったです。」
「一応お給料もらって働いてますからね。学校にもよると思いますけどね。学外の活動も一応教職員としては恰好の研修の場なので、こうしてお話があれば、むしろ教頭先生や学年主任の先生から率先して行くよう指示があったりします。だから私も参加できたんです。それに……あの娘たちがちょっと心配というのもあって。」
 そう言って理沙は心配げだが穏やかで優しい目つきで時雨たちに視線を向けた。
 その仕草から醸し出される優しさ・気遣いに那珂はウットリとした。気弱そうだが、人当たりは良さそう。
 何回か那珂は垣間見たが、この理沙という教師に接する時雨たちの態度は非常に親しげで信頼しきっている感がある。なんとなくわかる気がした。
 対して阿賀奈はどうだろう。そう那珂は考えた。比較するなんてあまり良くないと思いつつもどうしても比べてしまう。

「先生見てるとなんか安心するなぁ~。」
 そう口に出していた。すると理沙は見るからに照れて反応を返す。
「え、えぇ!? よその生徒さんに言われるとなんだか恥ずかしいです……。」
「うちの四ツ原先生はなぁ~。私はあの先生に直接教わることはないからわからなかったけど、あの先生結構慌ただしいって評判で。」
「(クスッ)そうなんですか? それでもあなた達の学校の艦娘部の顧問の先生なのですし、安心して頼っていいんじゃないですか?」
「はい。もしいたらさすがに普通に頼ると思います。こういう学外の知り合いがいない場だと、知ってる大人がいてくれるとなんだかんだで安心しますし。」

「本当のこと言うと私も不安だったり緊張していたりするんです。だからおねえ……妙子姉さんがいてああして西脇さんの代理として代表をしてくれていると安心できます。仮にも教師の私がこんなでは本当はいけないんでしょうけどね。」
「アハハ。あまり気にしなくていいと思いますけどね~。まだ艦娘として着任前ですし、でも艦娘制度に足を踏み入れた立派な資格保有者っていう色々オトクな立場ですし。」
「そうは言っても……私ももっとこういう場に出て経験を積まないといけないです。おね……妙子姉さんにいつまでも頼っているようでは、艦娘になってみなさんと同じ立場になったら笑われて置いてかれそうです。」
 誰かさんに似たネガティブさだなぁと那珂はモヤッと心に感じた。しかし注意深く見ていると、その暗さは心の底からではなさそうとも感じた。自分を卑下してはいるが、やんわりと微笑むその表情に強い意思がほのかに見え隠れしているのだ。このあたりの振る舞いは、重ねた年齢がなせる技なのだろうか?
 雰囲気や口調や態度がなんとなく似ている、あの後輩は数年後こういう女性になっているのだろうか?
 妄想すると楽しい。那珂は理沙との会話を楽しむ思考の端で、そのように妄想して楽しんでもいた。

 ジープが最初の目的につく頃には、那珂たちだけでなく、神奈川第一鎮守府の艦娘ふくめ、和やかで親しげな雰囲気がそのジープ内にできあがっていた。

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 基地敷地内の案内は自衛隊堤防のある、敷地の北東側から始まった。今回、艦娘の艤装は自衛隊堤防に近い敷地の建物の中にしまわれることになっている。建物の側には見知ったトラックが停車し、数人の隊員とともに明石、そして神奈川第一の技師と思われる人物が、艤装の取り扱いについて引き継ぎをしあっている。
 作業中のため那珂たちは明石に声をかける事はせず、ただ視線があったあとは手を振って存在と知らせるのみにした。

「こちらに皆さんの艤装を仕舞っておきます。」
「はい!なんでここなんですか? ヘリコプターとか置いてある倉庫とかじゃダメなんですか?」
 亥角一尉が簡単に紹介して明石・技師らの作業をしばらく観察させていると、多くの艦娘の中で率先して手を挙げて質問したのは川内だった。
 想定内の質問だったのか、亥角一尉は得意げな笑みを浮かべて答えた。
「いい質問です。ヘリコプターの格納庫と発着場は、さきほど皆さんがいた本部庁舎から少し西に行ったところにあります。そこは基地のほとんどど真ん中を締めると言っても言い過ぎではありません。我々のように空に向かって任務を果たすのであれば任務に必要な機材が内陸で問題無いですが、あなた方は海を行く人達です。あなた方が任務で使用する機材はなるべく海に近い場所にあったほうが、出動もスムーズですよね。」
「そういう配慮っていうことなんですね?」
 那珂が確認の意味を込めて尋ねると、亥角一尉はコクリと頷いた。周りの艦娘らは静かに感心を示す。

「さて、それでは当基地の港湾施設へ行きましょうか。」
 そう言って亥角一尉は目の前の建物から離れて、近くの門へと向かった。那珂たちもその行動に従う。那珂たちがくぐった正門とは異なり、その門は金網だけで構成されたシンプルなものである。しかし厳重に施錠され、外には駐車禁止のポールが置かれている。
 門が開かれると、亥角一尉は数人の隊員に指示を出し、道路を挟んでその先にある船艇地区の門を開けさせた。
 施設の敷地に入り、今現在停泊している数隻の船舶を眺め見る那珂たち。一通り見させた後、亥角一尉は説明を再開した。
「自衛隊堤防といいまして、海上自衛隊の所有する敷地と設備です。この敷地外にも港湾設備はありますが、ほかは海上保安庁であったり民間の所有です。あなた方にはここを使って海上に出ていただきます。外の設備はそのまま民間船舶の停泊用に繋がってる所もありますので、利用する際は間違えないよう注意して下さい。」
 那珂たちや神奈川第一の艦娘たちは語られた注意事項に真面目に返事をしてしかと心に留めた。

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 基地の敷地内に戻った那珂たちは再びジープに乗り込み、次なる施設・設備へと案内された。その後30分ほどかけて基地内のほとんどを見学した那珂たちは最後に第21航空群のメインであるヘリコプターのあるヘリポートと関連設備にたどり着いた。

「この後、体験入隊の皆様と観艦式参加の皆様は分かれて作業にとりかかってもらいます。体験入隊の方々ではヘリの試乗体験もありますので楽しみにしていてください。」
 亥角一尉の目の前にいる艦娘たちは思い思いの声をあげてこれからの体験に対して沸き立つ。那珂はというと、本気半分冗談半分で川内たちに向かって歯ぎしりして羨望と嫉妬の感情をぶつけた。

「ちっくしょ~。いいなぁ~川内ちゃんたちは。あたしもヘリ乗りたいぞー。」
「いやいや!那珂さんが全部決めたんじゃないですかぁ!あたしたちは指示に従って楽しm……ゴホンゴホン、体験入隊頑張るだけですよ。」
「うわ~い!ヘリコプター乗るの楽しみっぽーーい!」
 川内がうっかり本音をポロリを漏らしかける。いつもの流れで川内に乗れとばかりに夕立がその本音を自身のも交えてハッキリと口にする。それに川内が表向きには真面目を取り繕いたかったのか、慌てて夕立を押しとどめつつも那珂に言い訳をしたが、そんな上辺だけの対応は夕立には通用しなかった。
 そんな光景を見ていた村雨と時雨は呆れながらもクスリと微笑んだ。
「もう。相変わらずなんだから、二人とも。ヘリに乗るのも訓練の一つなんでしょ。浮ついてたら怒られるわよ~。ね、時雨?」
「えっ? ……えと、あの~。実は僕も……ヘリ乗るの楽しみ、なんだ。ゴメンますみちゃん。今回ばかりはゆうと川内さんの味方!」
 そう言うと時雨は両手のひらを合わせて村雨に謝って彼女を呆れさせた。
「あ~時雨が落ちたっぽい~~。」
「うん。堕ちたね、時雨ちゃんも。」
「……今の川内さんのイントネーションになんか違和感があるんですが……。」
 夕立と川内の声を揃えたツッコミに時雨はただ現状の表現をするに留める。そんな光景に那珂と村雨はケラケラと笑いあっていた。

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 ヘリコプターと関連設備の説明が終わり、那珂たち観艦式の練習に参加する組は再びジープに乗るよう指示を受けた。
 一方で体験入隊組の川内達はその場に残り、これから始まるカリキュラムの説明を受けるべく待機となった。

「それじゃあここで一旦お別れだね。お互い終わったら多分、庁舎にいる妙高さんのところに集まれるはずだから、それまではそっちはそっちでよろしくね。」
「うん。那珂さんも、頑張って。」
「那珂さ~ん頑張れっぽーーい!」
「那珂さん。頑張ってください。」
「頑張ってくださいねぇ、那珂さぁん。」
「頑張ってくださいね、那珂さん。」

「アハハ。黒崎先生にまでエールを送られるとなんか力湧いてきますねぇ~。皆の期待を受けて那珂ちゃん、全力でヤってきますぜ~!」
 四人から声色鳥どりの激励を受けて疼いた那珂は軽い調子でガッツポーズをして川内たちから離れていった。

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 那珂たちの乗るジープの駆動音が聞こえ、音が次第に遠ざかっていく。川内たちは後ろを振り向かず、目の前で小声で話をする亥角一尉と数人の隊員たちを眺めて待っていた。
 やがて小打ち合わせを終えたと思われる亥角一尉が振り向き、口を開いた。
「それでは体験入隊の皆さんには、これから今日半日と明日午前中掛けて、我が基地の隊員が行っている活動を実際に体験していただきます。同じ国民を守る立場として、我々が140年近くかけて培ってきた規律と集団行動の技術を学んで帰って下さい。」
「はい!」
 艦娘たちが返事をする。
「やる内容は次の通りです。はじめに……」

 亥角一尉からこれから行う内容が発表された。一般向けに行われる体験入隊の内容とは若干構成が変わっていると川内たちは断りを聞いた。一般向けの内容がそもそもわからないのでその場にいた艦娘たちは感想も批判も何も言えないでいる。その作業量が多いのか少ないのかすらわからない。
 艦娘たちの顔色が不安げな様子を見せていることを感じ取った亥角一尉が補足した。
「あなた方は海の上を自由に移動し活動する、いわば我々に近い立場ですので、ここではより実用的な内容という意味で、一般向けよりも踏み込んだ内容にします。艦娘としての基本活動にプラスして、より密度の高い海上活動が行えるよう、技術的なバックアップつまりサポートをさせていただきます。ですので今回は走りこみや基地内の掃除や食事準備、整列などの集団行動の基本訓練は行いません。我々はあなた方がすでにそういうことはできているという想定で行っていきます。」
 そう言うと亥角一尉は艦娘を見渡す。
「見たところ……艦娘とおっしゃっても中学生くらいのお年から上は大学生でしょうか。ちなみに社会人の方は……いらっしゃいますか?」
 すると理沙の他、神奈川第一の艦娘の中から一人だけ手を挙げた人物がいた。
 その人物は教育コンサルティングの会社に勤めており、練習巡洋艦鹿島を担当する26歳の女性だった。今回は神奈川第一からの参加艦娘の引率としての参加だ。

 物腰非常に穏やかでおっとりした雰囲気、艦娘の制服がパツンパツンに張った胸元などの着こなし、彼女の発言に亥角一尉は先程まで醸し出そうとしていた威厳や迫力の様がやや崩れた……ように川内たちは感じた。
 ただはっきりいって他人事なので、川内を始めとして鎮守府Aの艦娘たちはどうでもよくその光景を眺めるだけだ。
 しばらく眺めていると、亥角一尉はコホンと咳払いをして気を取り直す。

「え~、い、引率のお二方ですね。各団体の責任者の方がいらっしゃるなら我々としてもスムーズに事を運べます。ただ出来ない時は出来ないとハッキリ伝えるように。現場では連絡に手間取ると、そのわずか数刻が命取りになりかねません。あなた方のうち誰かが出来なかった分は別の人でできるよう、連携体制を整えておくことが重要です。我々が求めるのは人命を救助できたという結果であって、達成できなかったけど私・僕は頑張ったんだよという個人的感情は無意味です。それを念頭に置くようにお願いします。さてここまでで何か質問等はございますか?」
 そうっと手を挙げた人物がいた。理沙である。まだ艦娘でないのにこのままレベルの高い体験入隊に混ざることに不安を覚えた彼女はその不安を解消するため白状することにした。
「あの、私は一応この娘たちの引率ということになっていますが、まだ艦娘ではないのでその……高度な訓練についていくことができないと……思います。」
「そうですか。それでしたら普通に見学なさっていて結構です。」
 割りとアッサリと比較的冷たく言う亥角一尉。言われてやや悄気げる理沙に助け舟を出したのは、神奈川第一の鹿島だった。
「あの~、よろしければ私と一緒に行動しませんか?同じ引率の者同士、一緒にいたほうが子供達や隊員さん方両方のサポートに回れると思うので。いかがですか、亥角さん?」
「え、あ~そうですね。そうしましたら、我々の救護班のサポートにまわっていただけると助かります。各訓練はあくまでも学生の艦娘の皆さん対象ということで応対させていただきます。」

 直前の説明が終わり最初の訓練が始まるまでのわずかな時間、川内たちは理沙とこの後の行動について話し合った。
「先生訓練受けないんだ~~でも一緒にいてくれてうれしーー!」
 真っ先にアクションしてきたのは夕立だ。素直に感情をぶつける。
「ハ、ハハ……。だって先生まだ艦娘じゃないですもん。きっと皆さんの動きについていけないから足手まといになりますよ。」
「あれ、でも先生、重巡羽黒の資格持ってるんじゃなかったでしたっけ?」
「そうそう。先生職業艦娘になれるんですよねぇ?」
 時雨の指摘に村雨が乗る。二人の生徒の追撃を受けて理沙は一瞬言葉に詰まるがすぐに切り返す。

「まだ持ってるだけですよ。いずれ着任できたときに皆さんと一緒に……ね。先生はあちらの鹿島さんと一緒にみなさんの万が一のときのために準備して見守っていますからね。それから川内さんでしたっけ。一番のお姉さんとしてこの娘たちを間近で見ておいていただけますでしょうか?」
「ふぇっ!? あ、はい。任せてくださいっす。」
 なんとなく理沙と時雨たちの輪に入れず疎外感を抱いて黙っていた川内だったが、急に理沙から話を振られて慌てる。
 教師というだけでもあまり好ましく感じないのに、他校しかも中学校教師という自分に関係なさ過ぎる関係性のためうまく受け答えできない川内。とはいえ、夕立たちを守りたい(中学生相手にリーダー張りたい)思いはあったので、素直な意気込みで返事をした。

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 その後川内たちは指示に従い、格納庫の一角に置いて救護訓練を開始した。その内容は防災訓練で行われるたぐいのものだが、教える側がプロなだけあって、手際のよさに川内たちは感心と放心続きである。とはいえ自分たちも真面目に取り組まないと、救護訓練開始直後におしゃべりしてふざけていた神奈川第一の数人の艦娘らのように、ドスの利いた声で別の海尉から叱られるハメになる。
 元の立場や組織がどうであれ、体験“入隊”した以上は今の上司は提督ではなく、目の間の監督官たる隊員なのだ。そして厳しさの一端は十分に理解したので、普段騒がしい川内も夕立も大人しく慎みを持った。
 ちなみに怒られた数人の艦娘はその後も半べそをかいていたため、引率である鹿島に慰められていた。

 訓練用の人形を使い、川内たちは二人一組になって真面目に人工呼吸と脈拍確認を行っていく。今まで高校生活はもちろん、中学生活でもしたことがない、初めての体験に川内も夕立たちも個人的な感心も相まって真剣に取り組んでいく。
 その後救護訓練は患部の応急処置の手順、非常時の臨時救護施設の設営の仕方などが説明そして実演されていき、参加している艦娘の知識を増やし、その身を持って技術が伝授されていった。

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 全員が一通りこなせるようになり、時間が来ると亥角一尉は合図を出した。
「それでは救護訓練はここまでです。このあとヒトフタサンマルより第二格納庫にあるミーティングルームに移動して昼食です。」
 お昼ごはんと聞き、艦娘たちは黄色い声でワイワイと沸き立つ。それを亥角一尉は手をパンパンと打ち鳴らして注意を引き説明を続ける。
「今回は一般市民の方には珍しい食事を用意いたしました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、戦闘糧食、いわゆるミリ飯です。普段口にすることがないと思いますので、これも貴重な経験としてぜひ堪能していってください。」

 那珂たちと別れてからかれこれ1時間以上経っていた。そして気づくと腹の虫も騒ぎ出す頃合いだった。指示に従い艦娘たちは隊員たちの後に付いて移動し始める。
「お~~ミリ飯楽しみだなぁ!あたし一度でいいから食べてみたかったんだよね!」
「ミリ飯ってなぁに?あたしよくわかってないっぽい。」
「僕も……わからないです。非常食みたいなもの?」
 夕立も時雨も素直に頭に?を浮かべる。村雨は何故か大きくため息をついている。
「おぉ?村雨ちゃんどうした?ミリ飯なにか気になるの?」
 そう川内が尋ねると村雨は言葉を重々しくひねり出して答えた。
「パパが何かの体験でもらってきたので知ってるんですけどぉ、私ああいう食べ物苦手です……。まんま非常食ですよねぇ?」
「何言ってんの村雨ちゃん。水を入れるだけでいつでもどこでも食べられる、そういうのがいいんじゃん!腹が減っては戦はできぬって言うよ? それに最近のは美味しいって聞くし。」
 川内の説得にも苦々しい表情を崩さない村雨に、時雨が気づいた。
「あぁ……ますみちゃん、インスタントラーメンとかも苦手だったっけ。」
「えぇ。食事は落ち着いた環境でちゃんと調理されたものが食べたいわ。」
「くぅ~~~。村雨ちゃんってば我儘だなぁ~!美味しけりゃなんでもいいじゃん!」
「そうだそうだ~!ますみんわがままっぽい!」
 側でわざとらしくブーブー非難の声を浴びせてくる川内と夕立に若干苛立ちを覚えた村雨はピシャリと言い放った。
「あ~もううるさい。苦手なものは苦手なのよぉ。先生助けてくださぁ~い!」
「村木さん、好き嫌いはその……ね?せっかくの良い経験なのですし。」と真面目に返す理沙。
「ブー、先生私の味方してくれないんですかぁ~~そーですかぁ~~~。」

 その後、ミーティングルームで最新の戦闘糧食の実物を見た川内たちはワイワイ楽しく食事を始めた。一人気乗りしなかった村雨も食を進めるにつれて表から苦い表情は消え楽しく食を進めたが、普段以下の少量ずつの口運びだった。そんな彼女は楽しいおしゃべりとその雰囲気でどうにか食事をこなした。
 食べ終えて次の訓練の場所に向かう際に川内が感想を尋ねると、モジモジと恥ずかしそうに身をよじらせて俯いて
「……美味しかったですけどぉ。」
という感想が口から飛び出し、川内を始め夕立・時雨にニンマリと不敵な笑みをこぼさせるのだった。

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 その後川内たちの訓練は基地内に作られた人工丘陵を足場の悪い災害現場に見立てた救助訓練、そして海上での救助活動の訓練となった。
 海上でのそれはヘリコプターに乗って上空から向かうチームと、艦娘ならでは、海上を海自の小型艇と一緒に進むチームに分かれて取り組むことになった。
 20年程前の海自の訓練の手順書によれば、海上に身を落として実際の遭難者に見立てた役も割り当てるのだが、深海棲艦が出没するようになって以後、その役割には人形あるいは小型艇にすでに引き上げたという前提で担当の人間にしてもらうという手順に更新されていた。

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 実際の深海棲艦で主勢力とされているのは、従来の海洋生物の異常奇形タイプであり、世界でもっとも多く海をのさばっている。事実上殲滅・完全な駆除が不可能な数だ。このタイプは元々が海洋生物の延長線上であるためか、生息地域がハッキリしている。しかしその生態は異常なほど攻撃的、凶暴性が増しており、身体の一部あるいは全体が肥大化し、元の生物としての原型をとどめていない個体もざらにいる。一般の海洋生物などだけでなく、人間など他の生物をも襲う。
 一方で従来の海洋生物の系統に分類できない、系統不明の謎の生物とされた深海棲艦は異常奇形タイプより数は少ないとされる。しかし生物ならば生理的嫌悪感を抱くほどの形容しがたい形状かつその凶暴性は生物史を塗り替えるレベルの生態であり、あらゆる能力が前者のタイプの比ではない。このタイプが個体によっては虫や鳥、異常奇形タイプの深海棲艦たる海洋生物を使役したり新種が出るたびに想像つかぬ攻撃方法で人などの生物だけでなく船舶そして沿岸地域を襲う。研究者の調査では、豚やイルカ程度の知能レベルかそれ以上を誇るという。さしずめ深海棲艦の上位カーストと認知されている深海棲艦の勢力である。

 館山湾では、幸いにも後者のタイプは滅多に遭遇せず、被害事例は少ないものの前者タイプの深海棲艦がいることが確認されて久しい。
 海上自衛隊の基地があるという戦略的環境上、横須賀基地・神奈川第一の深海棲艦対策局の支援を得て、湾内に深海棲艦が入っていないよう、海中探知機と対深海棲艦用の金網が敷設された。完璧ではないものの、おかげで館山では、日本ではほとんどできなくなった海水浴も行えるほどの改善と好例になった。その海域は比較的安全な海域となった。それは沖ノ島海水浴場とそこから北に4kmほど行った船形漁港の近くを結ぶ限られたエリアのみの恩恵である。そして機器や金網の設置の関係上、船舶の交通量が少なく漁船等への影響が少ない海域に限った高防御性能である。

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 安全を一定水準確保できているとはいえ、危険性を考慮して訓練を行わなければいけない。海上での救助訓練に携わるサポート役の隊員たちは遭難役の人形やブイ、ボートなどの準備をし始めた。
 ヘリコプターに乗るメンバーは十数人の艦娘のうち、4人が選ばれた。選ばれた後、川内達4人はただひたすら頭を垂れて悔しがる。特に時雨は通夜か葬式かとツッコミたくなるほどの落ち込みっぷりを見せている。
「あ、あのさ時雨ちゃん。ま、また次があるさ。そんなに落ち込まないでよ。ね?」

 一応年長者でもあってここは自分が動くべきと察した川内は時雨の背中にそっと手を添えて声を優しくかけた。そんな励ましを受けた当の本人は空元気の笑顔で返してきた。その後時雨は気分を切り替えたのかいつもの冷静さを取り戻し行動を再開した。
 結局普段通りの海上を駆ける艦娘の立場として、川内たちは、海上チームとなった。二組構成のうち、一組に鎮守府Aのメンバー全員でまとまった。プラス神奈川第一より二人加わって計6人で訓練を最後まで行うことになった。
 なお、理沙は神奈川第一の鹿島、亥角一尉とともにボートに乗っての間接的な参加だ。

 自分たちの艤装を装着して午前中に案内された自衛隊堤防から次々に海に飛び込む艦娘たち。当然川内たちも後に続けとばかりに勢い良く飛び込む。
 そんな次々に海に飛び込み、沈まずに海上をスゥーッと進んでいく少女たちの様を見た隊員たちは目を見開いて驚愕の表情をする。一方で亥角一尉や数人の海尉たちは、至って平然と落ち着き放った様子で見ている。その違いは、艦娘らと任務を共にするか見るかなどの経験の差である。さすがに海尉ともなると、艦娘と一緒に任務を果たした経験があって、見慣れた光景なのである。

 川内たちが海に飛び込んでしばらくして、上空でバララララ……と空気を掻き切って浮かぶヘリコプターがそこにあった。数人の隊員と神奈川第一より四人の艦娘が乗り込んだヘリである。川内たち(特に時雨)は空を駆けて自分らをあっという間に飛び越えていくその物体を見てまゆをひそめたり下唇を強めに噛んで羨望の眼差しを向け合った。
 しかしいつまでも羨ましがっていても仕方がない。怒られる前に、自分たちのチームの任務を果たさなければいけない。
 川内たちは遅れて海上に現れた小型艇を取り囲むように陣形をとり、指定のポイントまで進んだ。

 川内たちが指定のポイントまで海上を進むと、遠く離れた位置で数人の艦娘たちが海上を駆け巡って何かをしているのを視界の端に収めた。あの集団の中でひときわ目立ったことをしでかしている人物が誰であるか、川内達は容易に想像がついた。あえて名前を出すのもバカバカしく思えたため互いに顔を見合わせ、呆れ顔で感想をこぼすのみだ。
「なんかまーたすんごいことしてらぁ、あの人。あのまま爆走してくれたほうが見てて楽しいわ。なんか明日が楽しみ~。」
 川内が最大限に期待を込めて言を口にすると、続いて夕立たちも思い思いに言い合うのだった。

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 彼女らのことは安心してほうっておき、川内たちはその後海上での人命救助訓練を始めた。
 深海棲艦が侵入してこないよう守られた海域とはいえ、その効果は完全ではない。そのため体験入隊組とは別の、哨戒任務につく予定の神奈川第一の艦娘の数人が海中の防御金網に沿って海上に並び立ち、注意深く監視している。同じ艦娘とはいえ体験入隊組は武装していないし、深海棲艦に対して無力な海自の隊員もいるからだ。
 そして海自の隊員の乗った小型艇の一隻は、艦娘たちへの指示と通信役として金網の内側で待機している。

 訓練の手順と役割はもとより想定されているためか、ヘリコプターに乗り込んだ担当者、小型艇と周囲に浮かぶ艦娘ら海上の担当者の行動は隅々まで決められていた。川内たちは遭難者(役の人形)を直接助ける役割ではなく、遭難者発見時の周囲の哨戒や直接救助を担当する小型艇そしてヘリコプターが来て空送する際の海上からの行動のサポートである。
 役割をもらい、全力で動きに動いて遭難者を助けることができるのかと期待に胸膨らませていたところ、大幅に肩すかしを食らう役どころで実際の動きも直接の救助を担当する艦娘たちをただ見ているだった。
 心の内どころか表情的にも川内は不満を隠せない。それは夕立も同様だ。そんな二人を時雨と村雨は、態度の悪さが海尉らに怒鳴られるレベルで標的とならないか、キモを冷やして二人を必死になだめた。

 そうして救助訓練が一段落すると、亥角一尉から追加の説明が発せられた。
「それでは今度はそれぞれの役割を変更して同じ訓練を行います。一旦基地内に戻りますので我々に続いて上陸してください。」

「よっし。今度こそガッツリ動ける役がいいなぁ~!」
「うんうん!」
 勢いいさむ川内と夕立は善は急げとばかりに速度を挙げて自衛隊堤防まで真っ先に戻り、まだ数十m離れた海上にいる時雨・村雨の二人に手招きして急かした。
 その後全員が指示された場所に戻って点呼がとられると、役割のシャッフルが行われた。
 鎮守府Aの四人は今度はヘリコプターに乗って救助を担当することになった。川内たちは艤装を外して明石のもとに預け、改めてヘリコプターの機長と搭乗する人見と名乗る二尉と乗り込む準備をし始めた。

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 その最中、真面目な準備作業にもかかわらず目に見えて喜びを醸しだしたのは、他でもない時雨だった。普段の彼女らしからぬ感情の溢れ出し具合に親友の夕立も村雨も笑いを堪えるのに必死だ。
 中学生組の友人関係の度合いなぞ知らぬ川内はその様子をハッキリ触れてのけた。
「今度はついにヘリコプターに乗れるのかぁ。……って、時雨ちゃん顔!顔!ニヤケ顔で溶けちゃってるよ!そんなに嬉しいの!?」
「(プークスクス)時雨ってば、ホントは思いっきりはしゃぎたいっぽい~?」
「う、うるさいなぁ! ゆうこそいつもみたいに馬鹿騒ぎしてよね。これじゃあまるで僕のほうが子どもみたいじゃないか……。」
「ん~~~、今回は時雨に譲るね。だから代わりにはしゃいでいいよ~。」
「そんなことするわけないじゃないか。ほ、ホラ。人見さんの指示をちゃんと聞かないとダメなんだからね!」
 普段と感情の出し方の立場が逆転してしまった時雨は顔を真っ赤にしながらも普段の冷静さを努めて取り繕って言い返した。

 軽い喧しさとはいえ、訓練中のおしゃべりとふざけ。一人完全に冷静だった村雨は三人の様を見て、これは怒られる!?と危惧したが、人見二尉は怒りを湧き上がらせるどころか、むしろ苦笑い(というよりも破顔)して時雨たちを見つめている。
 村雨はその笑顔が薄ら怖く、今回は一人で肝を冷やしていた。年上だがこういう時基本頼れない川内、実は乗り物好きで落ち着きをなくしている時雨。適度に頼りたかった二人の牙城が崩れたので、村雨は妙な使命感を湧き上がらせて三人を叱る意味で睨みつけ、そして搭乗する海曹に視線を戻して謝る意味で言葉なくお辞儀をした。
 すると村雨に人見二尉は優しく軽い声で話しかけてきた。

「ハハ。艦娘っておっしゃっても普通の女の子なんですね。」
「す、すみません~。うちの時雨と夕立がふざけてしまってぇ……。」
「構いませんよ。俺、艦娘の方と仕事するの初めてなんですよ。俺達海自の人間が勝てない相手と戦っているから、小さい女の子でも相当屈強で厳しくて偏屈な人ばかりなのかと思ってたんです。だからなんだか安心しました。」
「私たちだって未だに信じられないですよぉ。ただの学生の私達が化物と戦えてるだなんて。」
「……怖くはないんですか?」
 人見二尉が何気なく尋ねた疑問。それは艦娘になる少女たちにとって根源たるものだ。しかしすでに慣れてしまっていた村雨はしれっと答える。
「ううん。怖くありませんよぉ。っていうか、いざ出撃すると、怖いのはどっかに消えてしまいますし。そこまで含めて、艦娘って不思議だと思いますぅ。」
「ハハ。すごいな。艦娘になれるあなた方を尊敬しますよ。」
「や、やめてください~~。恥ずかしいですよぉ。」

 普段慣れている男性である提督・家族・友達以外からの男性から賞賛の言葉をかけられて、村雨は頬に熱が溜まっていく感覚を覚えた。片手の平でパタパタと顔を仰ぐが当然、その程度の手団扇で熱が取れるはずもない。
 人見二尉と(傍から見て楽しそうに)おしゃべりする村雨の姿を見た川内たち残りの三人は、彼女に意味ありげなにやけ顔を向けて暗黙の茶化しをするのだった。

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 人見二尉が合図をしたのでおしゃべりもほどほどに、川内たちは艦娘の制服の上に航空隊用のジャケットとヘルメットを受け取って装備し、颯爽とヘリコプターに乗り込んだ。最後に人見二尉が乗り込んで扉を締める。
 川内たちを載せたヘリコプターは空気を掻き分けるプロペラ音を立ててあっという間に基地の北東部分が小さく見えるほどの高度に達した。

「うわぁ~~!すっごいすごい!高い! 楽しいっぽい!!」
「夕立ちゃん、落ち着け。あたしもすっげぇうれし楽しいんだけど、時雨ちゃんには負けるんだ。ね、夕立ちゃんもでしょ?」
 そう言って川内が前の列にいる夕立に手招きと指し指で示した先には、静かにしかし後ろから見ても目を爛々としているとわかるオーラをビシビシと発揮して外を見ている時雨の姿があった。
 時雨は左舷でヒソヒソ呟く声の存在に気づいていたが、それよりも自身の心の喜びのほうが優っていた。夕立の茶化しもツッコミ返さないほど窓の外に釘付け状態である。そんな親友の姿を見て面白くないと悟ったのか、夕立の意識はすぐに川内に泣きつくように向かった。
 川内も珍しくからかえそうな相手が煽り耐性が強そうなのを悟ると、すぐに興味と意識を切り替えた。

 ヘリコプターはすぐに訓練現場に到着せず、ヘリコプター搭乗員となった艦娘たちに乗り心地を味わってもらうためのデモンストレーションとして数分間は基地の北東周辺をホバリングしていた。
 訓練現場に向かうその前に、川内はどうしても尋ねたいことが人見二尉にあった。
「ねぇねぇ人見さん。このヘリってあれでしょ。米軍のあの機体がベースでしょ?」
 人見二尉は目を見張った。まさか女子中学生が知っているなんてと内心驚きに驚いたが、至って落ち着いてにこやかに答える。
「この機体はUH-102J救難機。米国S社のSH-102シーホーク、LAMPSヘリコプターを元に海上自衛隊向けに改良された機体です。この機体のシリーズの運用は80年以上前からの伝統ですよ。中学生なのにもしかして知ってたりするのかい?」
「あの~、あたし高校生ですよ。時雨ちゃんたちとは学年も学校も違います!しっつれいですよ、レディに。」
「あぁ!これはゴメンなさい!川内さんでしたっけ。えぇと、君はこのヘリのこと知ってるのかい?」
 川内は自身の見た目と年齢の測り違いにやや憤りを感じたのか、口をつぼめて片頬を膨らませた。ストレートにイラッときたのは本当だが相手は完全に他人。そのためちょっとだけ見栄を張って女の子らしさをアピールするため、普段使わない表現を交えてみた。言ってみて自分で恥ずかしくなり顔がやや赤らんだ川内だが、相手はそれを別の感情と捉えた。
 人見二尉は相手が感情的になったのを慌てて取り繕った。話題そらしのため質問をするのも忘れない。川内も変に自身の女子面にツッコまれても対応できないため、頭をすぐに切り替えて人見二尉からの質問に返事をした。
「はい。この機体のモデルのヘリって、○○っていうゲームに出てきましたもん。これって元のSH-102も哨戒用でしたっけ?」
「えぇそうです。俺はそれプレイしたことないからわからないけど、川内さんみたいにゲームを通じて知ってるって子は多いのかな?」
「あたしはゲーマーなんで。あと適当に色々かじってます。だからゲームや漫画で出てきて知ってる乗り物に乗れるのって、結構ガチで嬉しいんですよ。人見さんってゲームしますかぁ?」
「ハハ。もちろんするよ。女の子ってこういう乗り物やゲーム興味ないかと思っていましたが、君みたいな子がいてよかったですよ。」
「あ~、まぁあたし昔から男子趣味多かったから、変わり者っちゃあ変わり者です。人見さんと趣味合うなら、もっとお話したいなぁ~~。」
「ハハ。任務ないときなら、俺で良ければ。」
「やったぁ!鎮守府で趣味合う人ってとっても少ないんですよぉ。だから人見さんがいてくれて嬉しいなぁ~。」
 川内の素直な気持ちは若干の甘えた声で発せられた。本人的にはあくまで趣味の合う合わないの判定から来る喜の感情の溢出にすぎない。ただ、相手がどう思ってしまったかは別であり、川内は自身のアクションがどう思われるか気にしないし気がつけない性分だ。それは過去もそうだが、今この時もそうだった。
 最前列の座席にいて、直接川内の顔を見られなかった人見二尉は若干声の調子を狂わせつつも平静を取り繕って言葉をかけ返した。

「さてと、ヘリコプターは堪能しましたか?それではそろそろ訓練再開です。海上で皆さん待っていますからね。」
「「「「はい。」」」」

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 川内たちが訓練現場の上空に到着すると、人見二尉は二列目、真ん中の列に移動し、座っていた夕立と時雨を端に詰めさせて反対側のドアのロックを解除した。
 ガチリ、と重々しい機械音が響く。
 次に人見二尉は転落防止のための扉前のゴムロープの留め金を回しロックを外した。

「それでは皆さん、ジャケットと一緒につけてもらったベルトにこのコードのフックを付けて下さい。ここから先は扉を空けて作業を行うので、不意に落下しないよう、細心の注意を払ってください。」
「「「はい。」」」
「あの~人見さん。質問です。」
「はい、なんでしょうか?」
 川内は思ったことがあり、手を挙げて尋ね始める。
「普通に隊員の人がロープ無しで飛び降りるってことあるんですか?」
「えぇ。任務によってはそうすることもあります。専用の訓練を受けた部隊もいますよ。艦上や陸上にもロープ無しで降りる局面も想定しています。」
「へぇ~~。あたしたちはそういうのやったらダメなんですか?」
「……申し訳ないが、その質問には答えられません。亥角一尉および担当部隊に確認が必要です。」
 先ほどまでの軽い雰囲気で答えてくれると思っていた川内は、すでに思考の切り替えができていた人見二尉に真面目に返されて戸惑っておののき、ぼそっとつぶやくのみでおとなしく引くことにした。
「でも、あたしたち艦娘は洋上なら飛び降りても問題ないと思うんだけどなぁ……。」
 川内のつぶやきを誰も気にせず、全員飛び降りるための準備が整えられた。

 先陣を切ったのは時雨だった。時雨は人見二尉によってジャケット付属のベルトの金具にロープを接続され、その半身を外に乗り出した。時雨は指示通りに縄梯子を外に投げ出し、海上ですでに引き上げられていた遭難役の人形を縄梯子に引っ掛けた。
 動かない人形のため、勝手に登ることはない。あくまで救助時のシミュレーションのため、梯子を登らせる仕草を洋上とヘリコプター上の担当が行う。そしてその後は人形をヘリコプター上の時雨が引き取ってつかみ取り、引き上げた。ヘリコプター上に乗った人形は時雨の手から人見二尉の手に渡り、そして介抱を担当することになっていた夕立と村雨が人形を触り、午前中の介護の手順に従って介抱していく。

 一人余った川内は、何もしない担当というわけではない。川内は二巡目として、時雨の代わりにヘリコプターから身を乗り出して海上の担当者から遭難役の人形を受け取る役目を担う。
 人見二尉の指示で救助作業の二巡目に入った。
 川内は指示通りに半身を外に出し、海上にいる担当者から人形を受け取って引き上げ、そして機内にいる村雨たちに介抱を引き継いだ。
 当たり障りなくスムーズに終始した救護訓練の内容に川内は不満タラタラだった。その原因は見栄え良く激しく動ける行為ができないからだ。せめてこのヘリコプターからさっそうと飛び降りて海上に降り立って遭難者を助けるようなことができれば、違うだろうが。
 しかし大人に、男性に怒られるようなことはしたくない。見放されるようなことはもってのほかだ。
 川内はかつての親しい人との思い出と今現在の理性、そして今この場にいない先輩に迷惑をかけたくないために行動を留まらせていた。

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 海上での救護訓練が数巡し、艦娘たちにうっすらと疲れが見え始めた。
 海上では浮かび自在に進むため、艤装の主機へ念じるための精神力、そして立ち居振る舞うための体力が艦娘にとって必要である。その疲れは海自の隊員が想定するよりも著しい。それは今この場の艦娘の大半が基本訓練終えてまもない成り立てであることも原因の一つである。

 初日の体験入隊は夕方16時をもって締め切られた。亥角一尉が艦娘たちをヘリポートの一角に集め、先頭に立って演説ばりに声をかけた。
「これにて初日の体験入隊のメニューを終了します。通常の体験入隊であれば、この後宿舎にて体験宿泊もしていただくのですが、あなた方にはそれぞれの鎮守府からご予定を承っておりますので、この後はそれぞれの提督または引率の方のご指示に従って行動してください。なお、この後の詳細な予定は本部庁舎に戻った後、連絡致します。」
 亥角一尉から初日の訓練終了の言葉を聞き、艦娘たちは様々な声色を立ててワイワイと騒ぎあう。やっと休めるという安堵感が艦娘たちを素の少女たちに戻させていた。
「はぁーあっと!終わった終わった。なんとなく物足りない感じがあるけどなぁ~。」と川内。
「皆さんお疲れ様でした。妙子ね……妙高姉さんのところに戻りましょうか。」
 理沙が主に中学生組に声をかけると、彼女らは口々に甘えだした。
「エヘヘ~なんだかんだであたし疲れたっぽい~! あたし頑張ったんだよ先生。ほめてほめて~!」
「僕も今日は誘惑に耐えて頑張りました。」
「フフ、はいはい。皆頑張っていたの先生、遠くからですがちゃんと見ていましたからね。」
 誘惑という言葉の指すところがわかっていた川内と村雨は含みのある笑顔を時雨に向け、彼女を慌てさせる。そんな掛け合いを見て理沙は優しく微笑むのだった。

「そういえばさみと不知火さんはもう来てるのかな?」
「私達は体験入隊でずーっと訓練してたから、どこにいるのかわからないわねぇ。」
 気を取り直した時雨が誰へともなしに問いかけると、村雨が相槌を打ちながら言った。

 時間にして17時近く、川内たちは本部庁舎の鎮守府A向けに割り当てられた小会議室で妙高そして不知火と再会した。いると思われてた五月雨は、川内達が会議室に入った数分後、那珂とともに姿を現した。半日ぶりの再会を喜び合う一同はこの日の体験談を尽きることなく歓談し合う。その楽しいおしゃべりはこの日宿泊する宿への道すがらも続けられ、お互いの体験を羨望し、茶化し合うのだった。

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