見出し画像

死を覚悟した柿喰い娘の話

柿を拾って一口、口に入れてしまった。
あまりにも喉が乾き、お腹が減っていた。 
これは高校1年のうら若き女学生が空腹と欲望に負けて道路に落ちていた柿を拾って食べた話。

自転車で30分程の公立高校に通っていた私。
クラブは硬式女子テニス部。 ガチガチの体育会系だった。
朝練から始まり放課後は毎日の筋トレ、走り込み、ボール拾い、素振り。

あまりに先輩が厳しかったので高校入学してすぐに入部した頃は20人以上いた1年生部員はあっという間に3人になってしまった。
2年と3年の先輩は全員で15人いた。

先輩達の為に毎日お茶の準備、お茶くみ、コート整備等、たったの3人でよくもまあ、あんなに頑張ったと思う。

とにかく厳しい先輩達を怒らせないようにと必死で頭と体を動かし、それでも明るくクラブ活動をこなす16歳の少女でした。


当時の私は食べ盛りの高校生。
いつもお腹が空いていた記憶がある。
加えてクラブ活動中はろくに水分をとらせてもらえない。
クラブ活動が終わってから水道水に口を吸い付けて直飲みをする。
いくら水を飲んでも飲んでも喉の乾きが収まらない。
思い出すのはそんなシーンだ。

そんな中、いつもの帰り道で古民家と古民家の細い通路を一人自転車で通っていた。
秋が深まり陽が沈むのも早くなってた頃で辺りは既に薄暗い。

古民家の前の道には急勾配の坂がある。
元気がある日には一気に自転車を立ちこぎして過ぎ去るのだがその日はそんな力は残っていなかった。

急な坂が始まる前から自転車を降りて歩き始めた。

「お腹空いたな」
「せめて水でも飲みたいけど水筒の中、もう空っぽだしな」

ふと立ち止まり上空を見上げると、なんとも熟れて美味しそうな柿に目が止まった。
大きな柿がずっしりとなり、しなっている枝をしばし眺めていた。
もし、その皮に手を触れたら「ずるり」と向けてしまいそうに熟れている。
私は昔から柿が大好きだ。
特にじゅくじゅくに熟れた感じの柿が大好きなのである。

そう。
まさにそれは「超絶好みのタイプの柿」だったのだ。

そんな熟れた柿を見上げて「ぐぅ〜〜」と、私のお腹が大きく反応した。


そして、私は見つけてしまった。
自分の少し斜め下あたり、塀の下の方。
比較的きれいな場所に柿が3つ程落ちていた。
もう私はそこから目をそらすことができなかった。

進みを完全に止め、自転車を置いた。
それから私は一つ柿を手に取り、薄暗い周りを見渡した。

「誰も見てない。 この美味しそうな柿を食べたらどんな感じだろう」
私の脳内イメージで、手の中にある柿がどんどん魅力的に思えてくる。

嗚呼、美しい柿。
出会ってしまった私達。
あなたを一口、私の体内に入れたなら。
甘い甘いあなたが私の口内を豊かに満たすだろう。
そこには脳天を突き抜ける様な幸福感が待っているだろう。

今思い出しても薄暗闇の中、落ちてた柿を手に一人恍惚としている自分を思い出すと笑えてくるのだが。

そして、私はついに行動に出た。
タオルでちょこっと皮を拭き、その熟れた実を口に入れたのだ。

「小さく一口」と思っていたのに、欲望が勝り「がぶり」と大きくかぶりついてしまった。

「美味しい〜っ。 神様、ありがとう。 美味しい柿との出会いにマジ感謝!!」

とか言って自転車に乗ってご機嫌で帰路につくはずだった。
が、実際には全く予想していない事が起きた。

がぶりとかじった瞬間、今まで体験したことの無い違和感を感じた。
舌から喉の奥に痺れが一瞬で伝わった。

「え? 何? これ。 
え、ちょっと・・・・・・待って」

さっきまで美味しい柿を予想して高揚していた私の顔から血の気がサ〜っと引いていくのを感じる。

完全に頭の中はパニック。
とりあえずその場にしゃがみ込み、食べた柿を溝に吐き出した。
吐いても吐いても口の中が麻痺したままなのだ。

自然と涙が出た。
そして「ハッ!」とひらめいた。

「これは、毒に違いない。
柿の木の持ち主がカラス除けにきっと柿の中に毒を仕込んだんだ」と。
頭の中が真っ白になった。


一人で「ぺっぺっ、おぇ〜〜!!!」
を繰り返しながら
「まだ飲み込む前だったからきっとなんとかなる。 水でうがいがしたい」と、震える手で水筒をひっくり返して数滴口の中にお茶を含み、また、ぺっと吐き出してみる。

「どうか誰もこの小さい道を通らないでください」
心の中でそんなこと祈り、タオルを口に突っ込んで口の中を拭きあげる。

「私はこのまま死ぬのだろうか?」
大げさでなく泣きながら本当にそう考えていた。 

「女子高生、毒入り柿を知らずに拾って食べて死亡」と書かれた新聞記事が頭によぎる。
学校で「落ちてる物を拾って食べないように」とか担任の先生が皆に注意する所も想像した。

毒死するのか、私。
いや、毒死じゃない。
拾い食い死とでも言われるのか。
16歳にもなって道に落ちてる物を食べたりしたからだ。
カラスでさえ食べない物を拾って食べたりなんかするからだ。
父と母の残念そうな顔が頭をよぎる。

恥ずかしい、恥ずかしい、無念過ぎる。
そんな思いで10分程その場で自分なりの応急処置を施した。

一瞬は死を覚悟したけども、ちゃんと意識もある。
徐々にそれに口の麻痺がマシになっていく。

「ふ〜」っと大きく深呼吸。
冷静になってきた。
そして、自分が口にした柿を見上げて

「もしかして、これが、、、、渋柿?」と我に返った。

もちろん人生で渋柿を食べた経験などなく、帰り道も本当にただの渋柿だったのか害鳥除けの毒が入っていたのか(多分あり得ないが)わからない。

念の為、家に帰って親に言おうかどうか迷ったが空腹に負けて落ちてる柿を食べたとはどうしても言えなかった。

が、翌日この話をクラスメイトにすると皆、机をバンバン叩きお腹を抱えて笑い転げるではないか。

「こんなに皆、涙を流して笑ってくれてるやん。 これで昨日の事件は昇華されたと思おう」
笑い転げる友達を横目にそう思った私だった。

そんな柿喰い娘が今は1児の母になり、口をすっぱくして子供に言ってる言葉がある。

それは「落ちてる物は絶対に食べたらあかんのやで」と。

11歳の息子は、シラけた顔で私を見上げ、こう答える。
「落ちてる物を食べる人なんかおるわけないやん。 第一、衛生的に無理」と。


<終わり>




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?